普通は記録があるとは思わない
雑音に混ざって微かに男子生徒の声がした。
"「スオウ、あちらの準備はできたぞ」"
"「悪いな、シュウ。せっかく用意してもらったが、使わなくてもすみそうだ。思いの外、簡単にケリが付いたよ」"
集音したマイクの近くにいるのか、2人目の声は明瞭に聞こえた。
"「念のためだ。5、6発撃ち込んでおけ」"
"「呪術弾を一度にそんなに撃ち込んだら、急性魔力欠乏でショック状態になりますよ」"
"「かまわん。少しは大人しくなるだろう」"
会議室の大人達の顔色が変わった。
"「やめろぉ…おらぁっ」"
叫び声の主は、声質からおそらく先程から冷静に説明をしている生徒だろうと推測できた。焦った数人の声に、複数のモデルガンの発射音が重なった。
静まりかえった会議室で、再生を停止した御形は「俺が今、ここでこうしていられるのは、応急処理をしてくれた友人のお陰です」と結んだ。
「信じがたいな……」
思わず父兄の間から呟きがこぼれた。
「そうとも。このような不明瞭な音声データ、到底、信用できん」
海棠氏は、わざと曲解して音声データには信憑性がないと主張してきた。この状況で音声が録音されているのは不自然だし、今の技術ならこの程度いくらでも偽装できるという主張は、この事態を正視したくない大人達の賛同を集めた。
「これは、俺が負傷したので、治療の手配を頼むために通信した先の相手が、保存していたものです。通信が入りっぱなしだったので、まだなにか連絡があるかと聞いていたら、聞こえてきた内容が、ただならぬ雰囲気だったので、録音したということでした」
「君、負傷したというが、元気そうじゃないか」
「友人と養護教諭の榊先生の処置が適切だったお陰で大事にいたりませんでした」
人々の視線が、白衣を着て隅に座っている養護教諭に集まった。
「榊先生とおっしゃるのは?」
「私です」
ヴァレリアが片手を上げて応えた。
「御形君の治療を行いました。当日は勤務担当日だったので、保健室で待機していましたが、手当ての必要な生徒がいると知らされて、多目的室……共用棟3階のバリケード内の部屋に向かいました。そこで負傷している生徒の応急処置と簡単な治療を行いました。御形君は応急処置は受けていましたが、肩の脱臼と脇腹の打撲傷がひどかったので、その場で可能な範囲での治癒魔術を使用しました」
地味な服装の若い保健医は、淡々と事実を並べたあと、1つため息をついた。
「お母様、ご子息に重症を負ったら無理に動くのは止めるよう指導お願いします。魔術による強化でごまかして無理をするのは、よくありません。機械的暴力で肩だのあばら骨だのがひどく壊れているのを、無理やり魔力で支えているときに、魔力欠乏に陥ったということは、非常に危険な状態だったということですから」
御形は顔をしかめた。
「機械的暴力…というのは?」
父兄の1人がおずおずと尋ねた。質問しておきながらも、これ以上のとんでもない事態の答えは聞きたくないといった雰囲気である。
「文字通りです。パワーアシスト機能のついた機械装置を装着した相手に負わされた傷ですね。装甲付きのグローブの痕が付いていました」
「妙に具体的だが、根拠は?普通、そんなものは流通していないし、学校内ならなおさらだ」
眼鏡をかけた地味な女養護教諭は、不信の声にわずかに不満そうな顔をしたが、「着ていた側の治療もしたので」と端的に答えた。
「するとなにか?強化装甲装備を付けた不審者が校内にいて生徒を傷つけたとでも言うのかね!」
「そのような事件性のある事態があったとは説明されていないぞ!」
一気に騒がしくなった父兄席と、その中央で苦々しい顔をして黙っている海棠氏を、榊養護教諭は一瞥した。
「どういうことか説明したまえ!」
「正確には私が見たときには、装備の大半は脱がされておりましたし、暴力が振るわれた現場は見ておりませんので、詳細はわかりかねます。それにその場には魔力欠乏症状の要救護者がたくさんおりましたから、私はそちらの対応にまわりました。くだんの相手は気を失っていたので、負担になる装備品を外したうえで、ストレッチャーで保健室に運ばせました。その後はそちらにいた先生の指示で車が手配されて病院に運ばれたと聞いています」
一部の教師陣の顔色が悪い。
対応を聞く限り、校内に侵入した部外者というわけでは無さそうだった。そこにいた大半のものが、臭いものの蓋を開けてしまったような顔をしていた。
「だいぶ話が逸れたようだ。もともと海棠さんのご子息が怪我をされたというお話だったのではなかったかな。むしろそちらの詳細を確認しようじゃないか」
父兄の1人が話を強引に転換しようとした。
「榊先生、海棠さんの息子さんの容態もみられたのかな?」
察しの悪い男が悪手の質問をした。
「……はい。全身各所の打撲と、頚椎のむち打ち症、それからスタンガンによるショック症状でした」
「スタンガン?そんなもの校内に持ち込むのは禁じられているのではないかね」
「なんということだ」
それまで完全に無視されていた川畑に非難の視線が集まった。
「伊吹、その時の状況は何か記録はないの?」
「あるにはあるが……これはちょっとどうかと……」
「出しなさい」
御形夫人に促され、彼は気が進まなさそうにタブレットを操作した。
"「避けたか」"
再生されたのは先程と同種の音声データだった。話しているのも、先程発砲を命じていたのと同じ声の主だ。
"「バカ野郎!そんなものこんな至近距離で撃つな。当たりどころが悪けりゃ死ぬぞ」"
"「ならばこちらはどうだ」"
ガス式の発射音が響いた。
"「短針ワイヤー式電撃銃!?正気か。学校だぞ」"
"「非殺傷式銃だ。問題ないだろ」"
"「低・殺傷式銃だ。問題だらけだ」"
"「ならば銃ではない状態で使ってやろう」"
御形は音声を停止した。
「ここは映像もあります」
写し出されたのは、窓の外から撮ったらしい映像だった。
赤い装甲を付けた男子生徒がいびつな形の銃らしきものを構えている。その横顔はどう見てもポスターやプロモーション画像で写っていた海棠家の子息だった。銃口が向いている先の相手は、床に座り込んでいるか、倒れているようで、窓からは姿が見えない。
赤い男は大口径の銃を1発撃つと、別の銃らしきものを取り出した。彼が切り替えスイッチのようなものを操作すると、その機器から火花が飛んだ。
赤い男はその機器を構えて踏み出し……いびつな加速をして無様にスッ転んだ。
装甲の男が窓から見える範囲から消えて、ほどなく室内に何人かの生徒が入ってきた。
「彼は、自分で転んで床と壁に体をひどくぶつけて怪我をしました。何かのマシントラブルだったと思います。感電に関しては、転んだときに自分で持っていたスタンガンに触ってしまったんではないでしょうか。電極がむき出しの構造だったので」
言いづらそうにそれだけ言うと、御形は口を閉じた。御形夫人は剣呑な目付きのまま、御形と川畑を見据えた。
「では、川畑君は彼の怪我には関わっていないのね」
「こいつは、ずっと負傷した俺を抱えて支えていてくれました。全く身動きできなかったのは俺が一番よく知っています」
嫌な沈黙が会議室を満たした。
画像提供:木村君




