資料提供者は隣で黙って立っている
「これはこれは。随分とご子息を信頼していらっしゃるようで、うらやましいですな。だが過保護が過ぎるのでは?」
御形夫人は海棠氏の嫌み程度で揺らぐ人ではなかった。
「子供の発言を裏もとらずに信用するほど甘いわけではありません」
夫人は教員に生徒会の議事録を開示するよう要求した。
「一昨日の朝は挨拶運動の活動日で、会合当日に提案のあったスペシャルプロジェクトの挨拶運動への参加は責任者の辞退で見送られたと、残件処置一覧に記載があるわね」
御形夫人はプロジェクターで表示された生徒会の議事録データを読み上げた。
「こちら、担当教諭の電子検印があるので、正規に提出されたものですね」
「……はい」
教師の返事にうなずくと、御形夫人はたっぷり間を置いてから、海棠氏に視線を向けた。
「海棠さん、挨拶運動への参加の誘いを"粛清"と表現なさるのは、いささか不穏当だと思われますが」
「そんなもの、どうとだってかける!」
海棠氏の顔色が、怒りで紫色に染まった。
「伊吹、他に提示できる補足資料は出せる?」
「挨拶運動は学校ホームページの生徒会の年間行事としても記載されています。それからこちらは……」
御形は自分のタブレットを取り出すとプロジェクターに接続した。
「風紀委員全体に当日の集合時間や分担を連絡した文面です。送信日時を見ていただければ、後付けの偽装ではないとご確認いただけると思います。それからこちらは次号の生徒会便りに掲載するために撮影していた当日の活動の様子の写真です」
美人の生徒会長が登校中の生徒に挨拶している写真は、学校案内のパンフレットにも使えそうな爽やかさだった。御形は写真データの撮影日時の情報を表示して、この直後に海棠の立てこもりの報が届いたと説明した。
「"立てこもり"というのは、どういうこと?」
「文字通りだ。Sプロのメンバーが共用棟3階の一角にバリケードを作って、立てこもった」
母親の問いに無愛想に応えた御形は、よく理解できないという顔をしたその他の父兄の視線に気付いて、タブレットを操作した。
机や椅子を積み上げて、角材やベニヤ板まで使って作られた本格的なバリケードの写真が表示される。
"生徒会の横暴を許すな!"とか、"FREEDOM"とかそれっぽい書き文字が雰囲気を出している。
「これは知らせを受けて様子を見に行った時に撮影した写真です」
御形はこの写真データの撮影日時も表示した。確かに先ほどの写真の少しあとだ。
「準備自体は先週末からしていたようです。リコール要求後に校内に張られたポスターや、プロモーション画像がこちらです」
王様コスプレをした海棠のアップの写真を使ったポスターと、キラキラのエフェクトで盛った映像にヒロイックな音楽を付けた動画が抜粋で数カットながされた。
教室の中高生を煽るために作られたコンテンツは、会議室の中高年向きではなかった。
「これはまた……随分と楽しそうね」
ノリノリでマントをひるがえす海棠の画像で停止した画面から、海棠氏の方に向き直った御形夫人は、ニコリともせずに、これは貴方の息子かと確認した。
海棠氏は苦虫を噛み潰した顔で「そうだ」と答えた。
「伊吹、お前風紀委員長でしょう。これを放置していたの?」
バリケードと、ポスターと、プロモ映像の画面が重なって表示されたままのプロジェクターの映像を親指で指差しながら、御形夫人は眉をひそめた。息子を"これ"呼ばわりされた海棠氏は顔をひきつらせたが、御形親子は全く気にしない様子だった。御形は品行方正かつ冷静に淡々と状況を説明した。
「すみません。先週末は友人の看護のために学校を離れていたので、発見が遅れました。立てこもりの知らせを受けてすぐに現場に向かい、解散して授業を受けるように説得しましたが、モデルガンなどで武装しており危険だったため、先生方の判断を仰ぎました」
「まぁ妥当な判断かしらね。それでモデルガンとういうのは?」
「同じタイプのものが相当数揃えられていました。詳しい生徒に確認したところかなり威力のある、あまり一般的でないモデルだそうです。使用している生徒もモデルガンを使いなれていない素人が大半のようでした。後で確認したところ、今回のために大量に購入したものが、呪術加工した弾薬とセットでSプロメンバーに配られたそうです」
呪術加工した弾薬と聞いて、保護者や教員の一部が息を飲む。オモチャの銀玉鉄砲程度を考えていたのなら、衝撃的な単語には違いない。
「呪術加工の効果は?」
「体内魔力の放出」
「でっち上げだ!」と海棠氏が叫んだ。
御形は険しい目付きで、だがあくまで冷静に説明を続けた。
「威力は相当高いものでした。数発撃ち込めは急性魔力欠乏でショック状態になると言っていました」
会議室の大人達がざわつく。
「君、バカを言うのもいい加減にしたまえ。数発程度で魔力欠乏症状を起こさせるほどの魔力放出呪術となると、ほぼ殺傷兵器じゃないか。高校生が大量に入手して、気軽に使用するものではない」
父兄の1人が困惑を滲ませて、発言した。ここにいる大半の大人はそう思っているらしい。何人かが同意するように頷いた。
「はい。そうですね。しかし、実際に俺自身が近距離で呪術弾を複数発撃ち込まれて、急性魔力欠乏症になりかけました」
「まさか、学校でそんなことが……」
「そうお思いになるのも、当然だと思います」
「信じがたいな。証拠はあるのかね?」
横柄な口調の声が飛ぶ。
御形はわずかに躊躇した様子を見せた後で、「あまりクリアな音質ではありませんが」と前置きして、音声データを再生した。




