やっぱり最後は光線技
巨人は大地を踏みしめて、真っ直ぐに立った。
もぎ取られた腕の傷口が虹色に光り、青黒い触手が絡み合うようにヌルリと生えて、あっという間に元通りの腕を形成する。巨人は感触を確かめるように、再生した手を握ったり開いたりした。
巨人が両手をぐっと握りしめ、顎を引くと、その両手首に螺旋状に輝きが走り、分厚い胸の中央に光が集まった。
【氷雪の祝福】
御形は、遠距離から巨大対象への類似強化術式の重ね掛けという、消費魔力量を一切考えない馬鹿げた術式行使を実行した。
漆黒の巨人が足元から白銀に変わっていく。手首の周りで渦を巻いていた青い輝きは、白い氷晶の籠手に取り込まれ、青白いエッジになった。
背筋を上っていく氷晶は浅い背鰭を形成し、頭頂部で古代の重装歩兵の兜飾りのように張りだした。氷晶は無貌の顔の上半分をも覆う。
白銀に覆われた体躯に沿って、膝から腰、肩から胸に青いラインが走る。胸の中央で大きな輝きが青信号のように灯った。
白銀の巨人は、半歩引いて半身に構えると、先ほどまでとはまるで違う鋭い動きで、怪獣に向かって踏み込んだ。
「セイッ」、「ゼャアッ」と奇妙な掛け声を発しながら、巨人は圧倒的な強さで連続攻撃を行った。
籠手のエッジが青い軌跡を残す度に、怪獣の尾の先や、体表から突き出した棘が切り払われて、黒い瘴気となって消えていく。
巨人は怪獣の尾の残った部分を掴むと恐ろしい膂力で、その巨体を振り回してぶん投げた。
怪獣は中央が半壊していた中等部校舎に突っ込んで、比較的無事だった西側半分を無惨に破壊した。
「ひゃ~、あっぶねぇ!」
ジャグラーはあまり緊迫感のない悲鳴を上げて飛び退いた。
「木村、逃げないか?」
「黙ってそっち撮れ。クライマックスだ」
それはそうだけど……と、ジャグラーは木村に死守を厳命されたカメラを構え直した。彼の予備のカメラとのことだが、性能がえぐい。
「(放射魔力光が映るって、いくらするんだ、これ)」
弁償しろと言われても払えそうにないので、両手で大事に構える。
フレームの中で、川畑に支えられてかろうじて立っている御形は、全身を青い炎に包まれていた。ほぼトランス状態で、眼だけをギラつかせた彼は、長い呪文をブツブツと詠唱しながら、両手を大きく上に掲げた。
【下降気流】
手を振り下ろすのに合わせて、"マイクロ"の条件設定修飾句が付かない広域上級術式が発動する。
中等部校舎から身を起こして、巨人に向かって突進しかけていた怪獣は、気象上の現象とも異なる魔術的な下降気流に押し潰された。気流の外縁では、押し退けられた空気の渦のために、校舎の瓦礫や校庭の砂ぼこりが、激しく舞い上がった。
渦巻く砂塵の中で、自分達の周りだけが半球状に守られている光景に、ジャグラーは唖然とした。
「視界通して!被写体が見えない」
木村の魂の叫びに応えるように、彼らの目の前で砂塵が真っ二つに割れた。
「モーゼか……」
ジャグラーは思わず呟いた。晴れた視界の先には、白銀の巨人と、風に押さえつけられて身動きの取れない怪獣の姿がある。そして川畑に支えられた御行は、その両者にかけた魔術を制御しつつ、さらに追加で何かを発動しようとしていた。
割れた砂塵は両側から校庭外縁部をぐるりと廻る形で渦巻き、巨人の背後、校庭の南端で上空に吹き上がった。どこまでが砂ぼこりだかわからない黒雲が上空に広がる。激しく渦巻く黒雲の中には小さな放電光が無数に走っていた。
「な…んだ…あれ?」
ジャグラーは雷雲の中に、矢尻型の巨大な人工物の先端が出現しつつあるのを見た。
白銀の巨人は砂塵の動きに合わせて、大きく広げてから上に掲げた両手を、一気に振り下ろして胸の前で構えた。
【雷撃竜巻】
魔術による嵐の回廊を、プラズマの奔流が走る。
強烈な光が命中した怪獣は、校庭の真ん中でド派手に爆発した。
怪獣の消滅を確認した巨人は、満足そうに1つうなずいた。そしてなんとなく上を見上げてから、「ディワッ」と謎の掛け声をかけて、両手を振り上げ、真っ直ぐ上にジャンプした。
気がつくと、巨人も、黒雲も、矢尻型の空中戦艦っぽい何かも、何もかもすっかり消えて、スッキリとした青空が広がっていた。
「ふぅ……やりきった」
静まり返った中で、川畑が息をついた。
「けど、さすがに限界だ」
川畑は御形を抱えたまま、その場に座り込んだ。御形は目を閉じてぐったりしている。
「おい、大丈夫か?」
ジャグラーは川畑の顔を覗き込んだ。
「伊吹先輩は生きてるけど、気を失ったみたいだ。……重い」
「お前は動けるか?」
「俺もちょっと休憩したい。そっち二人は今のうちに体育館に帰れよ」
「肩、貸そうか」
「俺と伊吹先輩の二人を、お前と木村で運ぶのは無理だ。伊吹先輩のこのサポーターもかなり重い。パワーアシスト機構で本人が動くならともかく、単なるウエイトとしては負荷が高すぎる」
「そうか。なら、助けを呼んでくるよ」
「うーん、どうするかな。避難せずに怪獣退治に手を出してたの知られると、先生に叱られそうだしな……ややこしいことになると面倒なので、誰も呼ばなくていいぞ。というか、むしろ内緒にしてくれ」
「お前もだぞ」と言われて、カメラをチェックしていた木村は、「うぅん」とか「あぁ」とか、同意したのかどうかひどく曖昧な返事をした。
川畑は大きなため息をついて、ジャグラーを見上げた。
「このサポーターを外したら、伊吹先輩は俺が運べると思う。休憩がてらここで外してるよ」
「そうか。んじゃ、俺はとりあえずこいつと戻る。んで、くっそ心配してそうな奴にこっそりお前は無事だって言っとくが、それくらいはいいんだろ?」
「あー、そうだな。それは頼む。風紀の副長さんを見かけたら、伊吹先輩は後で保健室……は壊れてそうだな…生徒会室につれていくって伝えてくれ」
「了解。そら、木村。行くぞ。三脚たため」
ジャグラーが木村を引っ張って立ち去った後で、川畑は御形の着ているオーパーツの証拠隠滅に取りかかった。




