無貌の巨人
中庭で人狼形態だった怪物の人の部分は、華奢な少年か少女のような姿だったが、新たに現れた巨人はがっしりとした筋肉質な成年男性の体型だった。
「呪術式の人造生物がもう一体?」
「バカな!どうして!?」
怪獣が振り下ろした前肢を、巨人は腕をクロスして止めた。
VB-Ⅴはぎりぎりで両者を避けて、ふらつきながら校庭から遠ざかっっていく。
怪獣をはね除けた巨人は、やや猫背ぎみに体を屈めて、ゆっくりと構えをとった。
「おい、川畑!あれはなんだ」
「伊吹先輩、そんなこと俺に聞かれても困ります。ジャグラー、お前わかるか?」
「いや、学校側や桐生財団が邪法の産物を投入するはずがないし、こんなものをこのタイミングで用意できる組織も個人もさっぱりわからん。といっても俺が知っているのは、公開情報とメジャーな漏洩情報までだから」
黙って連写している木村をちらりと見てから御形は唸った。
巨人は「ゼアッ」と聞こえる掛け声めいた声を上げて、怪獣に組み付くと、「ダァッ」と叫んで、その剛腕で怪獣の巨体を掴んで転がした。
「妙な声だな」
「味方……っぽいっんですかね?単に敵の敵な可能性もあるけど」
「両方真っ黒ってのがなんだけど、スケール感はいい感じだな」
胴回りや脚は怪獣の方が随分ずんぐりしているが、身長は似たようなものだ。
サッカーゴールを潰し、校庭の南端の倉庫を半壊させながら、怪獣と巨人はあまりスマートではない格闘戦を始めた。
「あいつ、顔がないな」
「ホントだ。のっぺらぼうだ」
ツルリとした卵形の頭部には目鼻の凹凸すらない。
「ビジュアルは不気味だけど、動きが時々、妙に人間くさい」
木村は、動画のがいいかな?と呟いてバックから別のカメラと三脚を取り出した。
「あっ!そこだ。行け!」
「よし。もう一発」
なんだかんだいいながら、巨大生物同士の格闘戦に熱中し始めた御形と、その隣でたぶん無意識に拳を握っている川畑を見て、ジャグラーはほほえましい気持ちになった。
「ああ、くそ。外した。なにやってんだ」
「御形さん。そこは大きな声で応援が大事です」
「は?」
「大きな声で"がんばれー"っていうんです」
ジャグラーは御形に向かって、大真面目に、観覧のマナーを説いた。
「いや?それは……化け物の応援は変じゃね?」
戸惑ってジャグラーの方を振り向いた御形の背後で、巨人が突然、何かショックを受けたように硬直した。隙を晒した巨人は、易々と怪獣に捕まり、打ち倒された。
「あっ、バカ。なにやってんだ。立て!」
巨人が倒れた地響きに、何事かと振り返った御形は、聞こえるはずもない距離の相手に叫んだ。
倒れた巨人の上にのし掛かった怪獣は、巨人の腕を捻り挙げると、肩口に噛みついた。
巨人の口から苦悶の声が漏れた。
「"がんばれー"」
御形の後ろで、ジャグラーが声援を発した。飄々とした彼の声は、いささか心のこもっていなさそうな感じではあったが、妙な同調圧力があった。
「こういう時は、周囲の声援が重要です。はい。ご一緒に」
「が…がんばれー」
「がんばれー!こんちくしょう」
御形はやけくそ気味に叫んだ。
巨人は怪獣の拘束から逃れようともがいたが、怪獣を引き剥がすことはできなかった。怪獣の鋭い牙が巨人の肩に食い込み、腕が食いちぎられた。
「バカ野郎!」
御形が絶叫し、川畑が奥歯をギリッと噛み締めた。
もがれた腕は黒い瘴気になったが、散って消える代わりに、怪物に吸い込まれた。怪物の体がボコボコと沸き立ち、その尾部の先端が鋭くとがり、長く延びた。身をよじる巨人の脇腹に鋭い尾が打ち込まれる。巨大な体が生々しく跳ねた。
「畜生、見てられっか、こんなもん。川畑!これより無貌の巨人を全力で魔術支援する。魔力連結。てめぇの余ってる魔力ありったけ寄越せ!!」
「伊吹!?そりゃ無茶だ」
「無理・無茶・無謀上等!」
御形は庭石の影から立ち上がって、憎々しげに怪獣を睨み付けた。
「あんな奴に目の前で好き勝手食われてたまるか」
「ああ、もう。しょうがねぇなぁ」
川畑は御形の後ろに立つと、彼の両手首を後ろから握った。御形は手首を掴まれたまま、両手を重ねて真っ直ぐ前に伸ばし、校庭の向こうの端の巨体に向けた。
「まずはあの獣野郎を吹き飛ばす。風だけじゃ威力が足りねぇ。氷結魔術重ねるぞ」
「あんたが術者だ。俺は魔力タンクだと思って好きにやってくれ」
「すっからかんになるまで搾り取ってやる」
「体に悪いから止めろ」
御形は川畑の心配を鼻で笑って、口の端をつり上げた。
御形の全身がうっすらと青い魔力光を発し始めた。突き出した手の先で白と青の光条が複雑な図形を描く。
【青嵐】
校庭直上に青白く輝く光の槍が出現した。その一本一本が人の身長を越えるサイズの氷の槍は、螺旋状に展開しながら、轟風と共に怪獣に直撃した。
巨人の体を押さえつけて、何度も尾で突き刺しながら、貪り食っていた怪獣は、飛来する氷の槍に吹き飛ばされた。
怪獣の拘束から抜け出した無貌の巨人は、よろめきながらいったん怪獣から距離を取って体勢を立て直した。巨人はその何もない顔を一瞬だけ、御形の方に向けた。
「受けとれ……」
【祝福の息吹】
御形の両手が青い炎のような魔力光に包まれた。御形の手首を握る川畑にも、光が伝わっていく。
無貌の巨人の足元から光が立ちのぼった。
御形さんの名前を"御行"と書くミス再び。
遡って誤字修正しました。
こんなに頑張っているのに、作者に名前をちゃんと覚えられていないとは、なんて不憫な……。




