はじめよう精霊魔法
「そりゃあ、妻が若い男を引っ張り混んでいたら、腹が立つものだろう?余にはつんけんするのに、デレデレとしおって!」
「ああ……うん……」
川畑はげんなりと生返事をした。
「そのくせ、ちょっと余が妖精達と遊んでやっておると、嫌~な顔をして浮気だなんだと嫌味をいうのだ。可愛い娘達と戯れるのは、癒しであって浮気ではないわい!」
「あー、それは……いや……」
なにやらブーメランの気配を感じて、川畑はコメントを差し控えた。
お互いに情報交換をした結果、二人はテーブルを挟んで飲み物を飲める程度には落ち着いた。
渡された杯のトロリとした中身には、翻訳さんの注釈表示が付いている。
「(警告じゃなくてワーニングで"短時間で大量に摂取すると、あなたの健康を損なう可能性があります"って表示出すのユーモアなのかなぁ……)」
いささかなげやりな気持ちで杯を傾けていると、やっと妖精王の愚痴が一段落した。
何杯目かの手酌の杯をグッと空けて、妖精王は上機嫌で言った。
「うん、うん。君はけっこう話せる男じゃないか。何か困ったことがあったら言いなさい。協力してあげよう。精霊魔法を教えてやっても良いぞ」
こちらの言い分をほぼ聞いていないのが丸分かりであった。
「……あの燃えちゃった花って、あいつみたいに復活しないのか?」
小部屋の隅では、先ほど消し炭にされたはずの小妖精が、何事もなかったような顔で、落ち込んでうずくまっている黒髪の美青年をからかっていた。
「う~ん。妖精は精霊力さえあれば、体などいくらでも復活するが、"七色の花"は丹精込めねば美しく咲かんからなぁ」
「じゃぁ、どこか他に咲いているところを知らないか?呪いが解けないと困るんだ。どうしても助けたいんだよ」
「その、なんとかという娘だったか?」
妖精王は眉をひそめた。
「"七色の花"の露の効果は厄介だが、ずっと続く訳じゃない。つかの間の狂乱だぞ」
効果時間は、せいぜい目覚めた後、数時間か長くて丸1日程度で、呪われたものは、ひとしきり暴れた後、もう一度気絶して、起きたときには自分がやったことをすっかり忘れているという。
「眠り花粉で眠らせて来たのだろう。なら、起こしてやって、やりたいようにさせてやればすぐに治まるさ」
下手に止めたり拘束したりすると、治るまでに時間がかかるらしい。
治ると聞いて安堵していた川畑は、妖精王から、薬箱を土産にやろうかと言われて、ぎょっとした。
「そんなに暴れるのか?」
「個人差はあるが……起こすときは他に誰もいない部屋のが良いぞ。正気に戻ると本人の記憶はなくなるが、本人以外は覚えておるし、体に跡が残るようなことをすれば、人間は薬で治してやらんと治らないのだろう?滅多にあることでもないが、こんなことで若い娘が傷物になったら目覚めたとき悲しむだろうなぁ」
狂乱したノリコが打ち身でアザを作ったり、物を壊したはずみに切り傷を負うところを想像する。
まったく許容できなかった。
「よく効く薬なのか?治りが早いとか、痕が残りにくいとか」
「そりゃあ、妖精王の薬は人間の作る薬よりもよく効くぞ。死んでさえいなけりゃ、どんな傷でもたちどころに治る」
「ありがたい。それならもしも彼女を傷つけてしまうようなことがあっても、彼女が正気に戻って目を覚ます前に治せる」
礼を言うと、妖精王は満足そうにうなずいた。
「でだ。そんな良い傷薬や他にもいろいろ便利な薬のあれこれを欲しければ、余と一戦戦ってもらおう」
「は?」
「薬箱は土産にやると言ったが、中身の薬まではただではやらん」
「なっ……」
絶句した川畑に妖精王は、嬉々として条件を突きつけた。
お互いに相手を殺すような攻撃はしない。
どちらかまたは双方が戦闘不能になったら終わり。残った方が勝ち。
降参したら負け。
川畑が勝ったら、妖精王はその健闘に応じて薬を渡す。
川畑が負傷した分は妖精王は戦闘の完了時にちゃんと治す。
川畑は刀を鞘から抜かない。
蹴ったり殴ったりといった野蛮な体術は禁止。頭突きもなし。
精霊魔法有り。
「清々しいくらいお前に有利な条件だな」
「余が勝ったら、その宝剣を元に戻してもらうぞ」
それが目的か。
意外に根に持ってやがったな。とは思ったが、万が一のことを思うと、傷薬は欲しい。やむを得ず勝負を受けることにした。
「しかし、さすがに魔法メインでは勝負にならんぞ。俺はまともに使ったことがないからな」
「では簡単に教えてやろう。宝剣をこんなことにしたほどの精霊力があるなら大丈夫」
こだわるな。
ぐだぐだ言ってても仕方がないので、教えとやらを受けることにした。
「ぅおほん。では、この妖精王自ら、精霊魔法の使い方を伝授してやろう」
妖精王は立ち上がって胸をはった。
「まず、この世界は精霊力でできておる。それが、自らの力なら自分の意思を働きかけてやれば、思った通りになる。……以上だ」
「簡略化しすぎだ!ヨハン・シュトラウスん家のネコのピアノレッスンだって、もうちょっとステップ踏むぞ!」
川畑はテーブルを叩いて抗議したが、妖精どもが説明下手なのはわかったので、教えられた内容を自分なりに補足して理解することにした。
どうやら"この世界"では万物の根源は精霊力と定義されているらしい。
古代ギリシャ風の精霊なそれは、クォークだのレプトンだの電磁力だのではなく、もっと大雑把な"元素"だ。デモクリテスだかプラトンだかが言ってた地水火風などの属性を持ち、属性の組み合わせで発現する事象が決まる奴だ。
精霊魔法のマジックユーザーはこの精霊力の流れを制御し、属性を変換するのだろう。
妖精王が火球や風の刃を飛ばしていたのを思い出す。手の平の上に精霊力を少し出し、その属性が変えられるか試してみる。
微かに光っただけで散ってしまった。
妖精王は面白そうに黙ってこっちを観ている。
やはり「火」や「風」が、元素扱いというのは、イメージしにくい。「水」で試してみる。
手汗をかいた感じで終わってしまった。
「うまくいかんようだな」
「……質量保存則を破るのに罪悪感がありすぎる」
「お前が何にとらわれているのかわからんが、余が聞き取れないということは、この世界の住人が知ってはいかん異界の禁忌なのではないか?精霊の心に沿わねば精霊魔法は使えぬぞ」
郷に入れば郷に従え。
この世界では、物質であるかエネルギーであるかの敷居は恐ろしく低い。石人形達は元の床石の量を越えて現れ、妖精は肉体を復元する。質量や重力の定義すら精霊力の属性にされてしまっているのかもしれない。
氷の蔦を思い出す。
蔦の造形は難しいので、霜柱が成長するイメージだ。
テーブルの上と、伏せた手の平の間に小さな霜柱が立った。
「なるほど。こんな感じか」
「よし!では、始めようか」
「ええっ!?」
あわててテーブルに付いた手から、氷結が拡がる。
洒落たデザインの木製のテーブルが、一気に霜と氷に変換された。
「おいコラ、これは余のお気に入りの……」
「すまん!すぐに元に戻して……あれ?木って属性の組み合わせなんだ?まず加熱か?……おおっ」
氷のテーブルは炎と化して爆散した。
妖精王は黙ってこっちを観た。
「……すまん」
「許さん。表に出ろ。こてんぱんにしてやる」




