もうちょっと見ていよう
白地に赤の縞模様……に見えて、実は赤い呪文がみっちり書かれた巨大ミサイルが、黒い怪獣目掛けて投下された。空中で点火したミサイルは怪獣に向かって加速した。
怪獣はその人とも獣ともつかない腕を振り上げると、弾頭の正面に手をかざした。鉤爪が金属の殻を割き、ミサイルがひしゃげた。
【緩衝空隙】
御形は咄嗟に魔術で防壁を展開すると、隣の川畑を物陰に押し倒した。
バナナの皮のように裂けたミサイルの前半分が怪獣の片腕を包み込むように爆発し、火を吹く後ろ半分の破片が斜めに加速して、校庭に突き刺さってから爆発した。激しい爆風と熱が押し寄せ、巻き上げられた大量の土や金属片が周囲に降り注いだ。
「大丈夫か」
「伊吹、そうやって無理に俺を庇おうとするな。……ちょっ、どけって」
川畑は覆い被さっている御形の下で、もがいた。
「生意気言ってると絞めるぞ。そこは"ありがとうございます"だろうが」
「絞めるぞって、絞めながら言うな」
「いい感じに寝技をかけやすい体勢なんで、つい」
「つい、で落とされてたまるか。名残惜しそうに親指で頸動脈撫でるのをよせ」
「喉を鳴らしてもいいんだぞ」
「俺はネコじゃねぇ」
「ちっ。このまま落として、持ち帰った方が楽かな」
「肩を壊してサポーターもどきつけてるくせに、俺を抱えあげようとするの止めろ」
「サポーターもどきってお前……。こいつのパワーアシスト、超強力なんだけど。やっぱり見栄え変か」
「……カッコいいけどさ」
眉を寄せた川畑は、ふと体育館に続く小道の方を向いた。
「木村!そんなところでなにしてる」
カメラを構えていた木村は、もう一度シャッターを切ってから、顔を上げた。
「川畑を探しに行ったまま、御形先輩が帰ってこないから心配だと橘に言われて様子を見に来た」
「うん。お前は全然心配していないのはわかった」
「ここは危険だ。早く体育館に戻れ。俺達もこれから戻るところだ」
「じゃあ、会わなかったことにしてください。面白い絵が狙えそうなので、もうちょっとこの辺りで"先輩を探す"ことにます」
木村はカメラを校庭に向けた。
巨大な怪獣の半身はグズグズに崩れ、泡立っている。派手なカラーリングの機体は、怪獣の様子を確認するように、ゆっくり旋回していた。
やっぱり怪獣を撮るならローアングルからが巨大感が出ていいとか、できれば手前に物を入れたいとか、業の深い会話をしだした木村と川畑は、御形に襟首を捕まれた。
「撤収!さっさと体育館に戻るぞ。奴め、再生を始めた。ミサイル側の呪紋が破壊されて、召喚核まで攻撃が通っていない」
たしかに御形の言うとおり、崩れていた怪獣の体が盛り上がって元の形に戻っていく。
「あれ?四つ足は脚切り飛ばしても再生しなかったのに」
「お前が使ってたナイフは魔力付与してただろう。単なる爆発とは違う」
「桐生財団の秘密兵器よりも、御形先輩の魔術付与したゴムのオモチャの方が有効って、いったい……」
当たり前のように会話に混ざってきたのは、ひょろりと背の高い2年生だった。
「ジャグラー、お前まで来てたのか」
「木村が抜け出すのを見かけたからついてきた。非常時の行動はツーマンセル以上が基本だろう?単独で出るとかアホすぎる」
サバゲも嗜むらしいジャグリング部に呆れた目を向けられて、単独行動大好きな男達は恐縮した。
「とにかく、川畑も確保したことだし全員帰るぞ」
「あっ、待って。もう一枚」
「桐生重工製VB-Ⅴ型が仕掛けるぞ」
「ジャグラー、詳しいなぁ。解説頼む」
「観戦する気満々かっ」
「御形先輩、どうせ今から体育館に帰っても先生に怒られるだけです。実習棟とどっちに避難してるかわかりゃしないんだから、もうここでしばらく様子を見ましょう」
気絶させて無理やり運ぶにしても3人は多いなと、御形は憮然とした。
VB-Ⅴの装甲の一部が開いて、ガトリングの砲口っぽいものが現れた。発射炎が瞬いたと思ったら発射音と共に、怪獣の体から着弾を示す黒い瘴気が上がった。
「やったか」
「核以外に撃ち込んでも意味がない。てか、学校があるのに貫通力の高い弾を撃つなよ。危ねえな」
4人は、卒業記念品の庭石の影から旋回する大きな戦闘機を見上げた。
「もう一度アタックする気だ」
回り込んできたVB-Ⅴに向かって威嚇するように怪獣が口を開けた。軋むような鳴き声が発せられる。
「あれ?この角度って不味くないか」
戦闘機を狙う怪獣は、川畑達がいる場所や体育館の方を向いていた。鳴き声が低音から高音にシフトしていく。耳をつんざく叫びはついに可聴域を越えて聞こえなくなった。
「ちょっ、なんか口の前の空気歪んでない?」
「伏せろ!」
【気層遮断】
御形の魔術による防壁が展開される。怪獣の発した衝撃波は魔法的な空気の断層によって止められて、川畑達には届かなかったが、街路灯や体育館の2階の窓のガラスは軒並み砕け散った。
姿勢制御が崩れて失速しかけた機体は、不用意に怪獣に突っ込んで行く。怪獣は再生した前肢を振り上げた。
「危ない!」
怪獣がVB-Ⅴを叩き落とそうとしたとき、そいつは突如として現れた。
「なんだあれは!?」
御形は目を剥いた。
怪獣とVB-Ⅴの間に割って入るように、上空から降ってきたそいつは、土煙を上げて着地すると、怪獣の前に立ち塞がった。
「黒い…巨人……?」
どこからともなくわいてでたとしか思えないそれは、怪獣と同じように真っ黒だったが、明らかに人の形をしていた。




