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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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専門家より製造元のが適切に対処できそう

「ヴァレさん、お願いします」

屋上に出た川畑は、ノリコを抱えてヴァレリアの元に駆け寄った。

「診せろ」

ヴァレリアは、震えながらうわ言を呟くノリコの額に手を当てた。

「目を覚ます前後の症状はさっき送った通りです」

「これは呪術返しを喰らってるな」

「あいつの召喚術式の前からの症状では?」

川畑は校庭の怪獣を指した。

「あいつじゃない。あれはまだピンピンしてるだろう。あいつの分の"返し"は発動してないからな。これはその前の四つ足どもの分だろう」

「俺が倒したあれか。あれものりこが発動していたのか?」

「召喚術式を自力で組んだとは考えにくいが、発動時の魔力供給に同意したんだろう」

川畑は自分を排除するための術式に彼女が同意したという事実に胸が痛んだ。だが、だからと言って彼女を助けないという選択肢はない。


「解呪はできますか?」

「できなくもないが、コレは偽体だろう?しかもかなり高度で特殊な代物だ。そちらの構造に影響を出さないように解呪するのは、かなり難しいぞ」

ヴァレリアと川畑が深刻な表情で、打開策を検討している隣で、帽子の男が軽い調子で「そういうことなら」と提案した。

時空監査局(うち)の偽体メンテナンス係さんにリセットしてもらいますか?」

ヴァレリアは宙に浮かぶ男の存在に気づいてぎょっとした顔をした。

「なんだこいつは」

「あ、どうも。私……」

「無駄な自己紹介はせんでいい!ヴァレさん、こいつは時空監査局員で俺の協力者だ。今回ののりこの偽体は、こいつが提供者だ」

「正確には所属部門も指揮系統も違いますけどね」

「そういう細かい内部情報は今は必要ない。お前、ヴァレさんとは初対面だったっけ?」

「どうでしょう?私、印象薄いから覚えてないだけかも?」

ヴァレリアはのうのうとそう宣う帽子の男を見て唸った。魔女のヴァレリアから見ても異常に高度すぎる技術で成立している存在だ。こいつが本気になったら、ヴァレリアですら認識を阻害され、記憶を改竄されるだろう。


「お願いできるなら、正規の製造元でメンテナンスしてもらうのが一番安全だ。その男の提案に乗るのがいいだろう」

川畑は若干不安そうに帽子の男を眺めた。

「リセットって、それ、本体ののりこに悪影響は?」

「ありません。今朝の時点の情報に戻すので、今日のここまでの植木君の記憶は飛んじゃいますが、向こうの世界のノリコさんご本人には影響はないですよ」

帽子の男は、川畑に抱えられたノリコを見た。

「むしろその、ずーっと川畑さんを舐めたり齧ったりしている今の記憶がフィードバックされない方が、ご本人の精神にとってはいいんじゃないでしょうかねぇ」

「うむ。おそらく呪術の猟犬に設定された食い殺せだのの志向がリンクの影響で混ざっているんだろうが、若い娘が人前で男にこんなことをしているのは、あまり良い記憶とは思えんな。たとえ分身がやったこととはいえ、正気の娘には知らせん方が親切だろう」

「川畑さん、よく平気ですね」

帽子の男とヴァレリアは揃って川畑の顔を見た。

「必死で意識をそこから逸らせているんで、わざわざ言及しないでくれ」

川畑は食い縛った歯の間から唸るように答えた。


植木のこちらの世界の実家として設定されたマンションは、学校の屋上から見えるところにあった。

「一度、行ったことがあるし、この距離なら目視で転移できる」

「じゃあ、そちらの部屋に彼女を寝かせてください。私は局に戻ってメンテナンスの依頼をしてきます」

「頼む」


帽子の男と一緒に消えた川畑は、ほどなく戻ってきた。

「なんだ、自分の部屋にも行ってきたのか」

「ああ。ちょっと寄ってきた」

川畑は白いシャツを着ていた。

「そのわりには早かったな。よくあの状態の娘が、お前を素直に離したものだ。無理やり引き剥がしてきたか」

「いや、一応、要望をきいて……」

川畑は何かを思い出したように口元を手で隠すと、視線を游がせて赤面した。

「……それなりに、満足…えーと、納得してもらって、寝かせてきた」

ヴァレリアは「ふーん」と色々言わないが言いたそうな返事をして、川畑をじろじろ見た。

「まあ、いいんじゃないか。消えるとはいえあれもお前にとっては"ノリコ"なんだろう。大事にしてやれて良かったな」

「……ああ、うん。ありがとう」

少し照れてうつむいたまま礼を言う川畑を見ながら、優しいが残酷な男だな、とヴァレリアは思った。




「さて、それで問題の怪物退治の方なんだがな」

ヴァレリアは校庭のデカブツを指差した。

「健在ですね」

「お前が言うところの専門家らしき奴らも来たんだが、あれはダメだ」

ヴァレリアは校庭の隅を顎で指した。見ればなにやらごてごてと張りぼてめいた装備がついたラッピングカーっぽいものが停まっている。車両の周りには、派手な配色の制服を着た大人が何人かいた。

「おー、これはまたなんというか。雨後の筍の末期類似品低予算枠企画みたいなパチくささがありますね。形骸化した様式美がアレンジミスで上滑りしてる」

オリジナルの肝をわかってないデザイナーがそれっぽさの上澄みだけ掬ってオリジナリティや今風を表現しようとしたデザインを、低予算で立体化するとああいう感じになるとかなんとか、よくわからないコメントをしながら、川畑は身を乗り出して、下の大人達の活動を観察した。

「怪物の封じ込めは学園自体の結界でできているようだが、どうにも攻め手が弱い」

川畑は特殊車両のボディに、海棠が着ていたボディアーマーに付いていたのと同じロゴがあるのに気づいた。

「たしかに有効打は望み薄いですね。あれ?撤収してる?」

「さっき放送が入ってな。どうやらあ奴らではなんともならんかったので、爆撃機がミサイルを投下しに来るらしい」

「学校にミサイル投下って、アホか!?」

「学校にあんなものがいること自体がアホな状況なので仕方あるまいが、お前の言いたいこともわかる」

「どうなってるんだ、この世界の倫理感は」

ヴァレリアは鼻で笑って、長い黒髪をかきあげた。

「当初の予定通り、我々で何とかするしかあるまい」

「準備はできていますか?」

「お前がイチャイチャしていた間にも、師匠の私はしっかり働いておったぞ」

ヴァレリアは屋上に描いた魔方陣を指差して、怪しい笑みを浮かべた。

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