こいつどうすればいいの?
「川畑さん、何をやったんですか?」
ふわりと川畑の隣にやって来た帽子の男の姿も声も周囲には認識されていない。川畑は急いで帽子の男に指示を出した。
『植木の偽体を女子形態にチェンジした。お前は急いで彼女のところに行って、女の子の状態で誰かに見つかるのを防いでくれ。人避けはできるんだろう?』
「はい。お任せください。事情はよくわかりませんが、いって参ります」
帽子の男は甚だ頼りない返事を返して、姿を消した。
川畑は平行して、もっと頼りになる方の大人に連絡を取った。
"ヴァレさん、植木と怪物のリンク解除に成功した。もう怪物を倒してもいいか?解呪は?"
"まだだ。リンクの有無に関係なくまだそいつを倒せば反動が植木に入る"
"多少強引な手段でもいい。反動が入る先を書き換えられないか?"
"発動時の第一術者よりも大量の魔力を供給すれば、反動先の優先順位が変更される。単に怪物に魔力を吸われるだけじゃダメだぞ。召喚核内に規定の波形式で供給する必要がある"
ヴァレリアから方法の詳細データが送られてくる。こういう時、非常識通信手段を駆使できる相手はありがたい。単位時間辺りの情報共有効率がとても良いのだ。
川畑は資料を高速で確認しながら、怪物の中の召喚核の位置を把握した。
本人はマルチタスクであれこれやってはいるものの、普通に回りから見た限りでは、川畑は怪物の背に半分以上取り込まれた危険な状態のままだ。
「川畑!今、助ける」
深刻な表情でこちらを見上げながら駆け寄って来た御形に、川畑は竹竿を振ってみせた。
「大丈夫だ、伊吹。エンチャントくれ」
【祝福の息吹】
頼んだとたん、ノータイムできた。よほど発動が上手いのか、術式の展開が早くて、効果の発現までが一瞬である。ここの学生としても速いのだろう。周囲で魔術支援を行っていたメンバーがぎょっとして、引いている。
竹竿だけにかけてもらうつもりだったのに、効果が自分の全身も及んで、川畑は驚いた。しかも、さんざんチャージしたせいで、御形の魔力が自分の魔力と親和性が高く……というか、ほとんど混ざりあって半分以上自分自身の力そのものになっている。
「(いいけど……後で謝ろう)」
内心で苦笑しながら、川畑は御形の付与術式に沿って自分の魔力を追加した。
ただの竹竿が蒼く輝く。
彼を呑み込みながら、ぐずぐずと形を崩して歪に変容し始めている怪物に、川畑は振り上げた光の槍を突き立てた。
「(そういえば、発動時の第一術者よりも大量の魔力……って、どれくらいの量を供給すればいいんだろう?)」
召喚核に魔力を入れる段になって、川畑は、判断基準に困った。
「(ま、多めに入れとけばいっか)」
足りなくて順位が変わらないと大変なので、川畑は確実に大丈夫そうな量を一気に投入した。
崩れたとはいえ、まだ人がましいシルエットをしていた怪物の体が、ボコボコと不規則に膨らんだ。全身の表面が沸き立ち流動化する。
怪物の背から解放された川畑は、一回転して着地した。
「川畑、無事か」
「俺は大丈夫。奴から注意を逸らさないで。どうなるかわからない」
気遣って支えようとしてくれた御形を止めて、川畑は怪物を見上げた。
「何をしたんだ」
「召喚核内の一部を術式の発動時とは異なる魔力で飽和させた」
「発動済みの呪術召喚術式を書き換えたのか?」
「作動ロジックの書き換えはしてない。参照先の選択肢に強制的にダミーを突っ込んだだけだよ」
「お前、とんでもないこと言ってる自覚あるか?」
「あれ?コレやっぱりまずい手法なのか。すまん。じゃぁ、オフレコで」
「おいおい」
ぼそぼそ小声で話している二人が見上げる先で、怪物はどんどん膨らみ続けていた。
二人は黙ってそれを見上げた。
怪物はどんどん大きくなった。
「で……結局、何をやらかしたんだ?」
「魔力喰ってでかくなる奴に、魔力突っ込んじまった」
「どれくらい?」
「入らなくなるまで」
「こんバカたれが!!」
御形は川畑の頭を張り倒した。
「これまで言わずにいたけど、お前のその供給量おかしいだろう。そもそも俺自体がそんなに容量小さい訳じゃないんだぞ。それをジャブジャブと何度もチャージしたあげく、なんだその入らなくなるまでって!」
「いや……一気に入れたら壊れそうになったのでそこまでにしたんだけど」
「雑か!」
怪物の体高は、校舎よりも高くなり、その体表は剛毛というよりも、トゲか尖った鱗に近い硬質ななにかで覆われていった。
「これは……」
「怪物というよりも、もはや怪獣だな」
気がつけばそれは、二足で直立し、獣の耳やたてがみのシルエットを残しながらも、人でも獣でもないゴツゴツした印象の巨大ななにかに変貌していた。
「どうすんだ。これ」
呆然と上を見上げる御形の隣で、川畑は、彼に話そびれていた件があったのを思い出した。
「そういえば、生徒会長さんが先生方に一時休戦と怪物退治をお願いしに行ってくれてるってさ。警備会社の人が来るかもって言ってた」
「コレの退治は警備会社じゃなくて、もはや警備隊の仕事じゃないのか?」
この手の巨大生物に対応できる専門組織がある世界観なのか、と川畑は変なところで感心した。




