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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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解除

"「川畑くん!複製魔方陣発見したわ。やっぱり如く構文の応用術式みたい」"

インカムを通して息を弾ませた山桜桃の声が聞こえた。

"「無理に怪物をやっつけようとしないで。この術式だと形状の相似に応じてリンク元にもダメージが入るし、植木くんの魔力で呪術召喚が発動したのなら、解呪の反動が植木くんに行くから。今、榊先生と解除方法を調べてる」"

山桜桃の説明と平行して、ヴァレリアから映像付きの分析データが送付されてきた。脚注で山桜桃がSプロの眼鏡男を締め上げて吐かせたとある。普段の彼女からは考えられないが、やるときにはやるタイプなのかも知れない。

「さすが師匠」

"「師匠は止めて」"


川畑は、暴れる怪物を取り押さえるために奮闘している仲間達に、無理は厳禁だと伝えた。

「今、魔法実習助手の榊先生が解呪にかかっている。なんとかもう少し維持してくれ」

「わかった。そう長くは無理だが、交代しながらどうにかしてみる」

「登山部からザイルとペグもらってきた。ネットの端をこれで固定しよう」


こうやってしのいでいれば、ヴァレリアがなんとかしてくれるか、と川畑が思ったとき、インカムに鈴城からの通信が入った。

"「川畑くん。生徒会から連絡が来て、あなたに伝えてって。今、生徒会長さんがその怪物の件を職員室に知らせて、停戦を申し出に行ったそうよ。すぐに先生方がなんとかしてくださるから無理しないで。結界を一時解除して警備会社の人を呼んでくれるかもしれないから」"

「……わかった。連絡ありがとう」

川畑は焦った。今は比較的穏便に済ませているが、警備員だかなんだかが来たら強行策に出られるかもしれない。


「川畑、ひととおり拘束完了だ。降りてきていいぞ」

うつ伏せの怪物に乗ったままの川畑に、御形から声がかかった。

「どうした?」

「ああ、ユズから連絡が……」

川畑が怪物から降りようとしたところで、それまで少しおとなしくなっていた怪物の様子が変わった。


怪物の口を縛り付けていたはずのロープが緩む。はっとした御形が怪物を見ると、その狼のような獣の顔が、みるみる溶け崩れていくところだった。

「なんだ!?」

長く突き出した鼻面が消失し、その顔は人間のものに変わりつつあった。

毛むくじゃらで爪の付きだしていた手もほっそりとした人の手に変わり、手を固定したロープが外れる。

「やばい!」

怪物は拘束が外れた手をついて、大きく上体を反らした。ネットやロープを固定していたベグが飛ぶ。

「みんな下がれ!」

御形は緩んだロープの端を引こうとしたが、怪物が起き上がる方が早かった。

「川畑!」

川畑は怪物の上に乗ったままだった。たてがみのように背筋に沿って生えていた剛毛がうねうねとざわめき、彼に絡み付いていた。

「脚が」

首元にまたがるようにしていた脚から腰にかけてが、うごめく体毛に取り込まれ、怪物の体に沈んでいく。

「ぐ……」

川畑は苦しげに呻いた。

怪物は人の形に整った美しい顔を仰け反らせて、獣ではない声で高く叫んだ。




「やぁ、川畑さん。ノリコさんを見つけましたよ」

空中に突然現れた帽子の男は、川畑の顔を覗き込みながら、「凄いでしょ」と胸を張った。

蠕動する黒い肉壁に脚を呑まれ、顔を真っ赤にして抵抗していた川畑は、歯を食い縛って悪態をつくのを耐えた。

「お取り込み中みたいですね。出直しましょうか?」

『どこだ……のりこは無事か……』

「はい。あっちの上の端っこの部屋で寝てました。誰もいない狭いところでしたよ。閉めきってあったし、物陰だったんで、私じゃなきゃ見つけられなかったでしょうね」

帽子の男は、自慢そうにわざわざ「えっへん」と口で言った。悪意がないのか、ものすごい悪意の塊なのかわからなくなるほど苛立たしい男だった。

「で、どうします?声をかけても起きなかったし、私じゃ揺り起こせないし、川畑さん……も今は動けなさそうですよね」

怪物に体を半分取り込まれ、うごめく体毛に胸元までびっしりと絡み付かれた状態で、川畑は必死に考えた。

形状の相似に応じてリンク元にもダメージが入る術式だというなら、現状のほぼ完全に人の形になった怪物に攻撃すれば、その痛みはノリコに直接入るだろう。傷を付ければ、植木の体にも影響が出るかもしれない。

そう思うと、自分が体を引き抜くことすらためらわれた。

召喚核になっている複製と、植木本人の形状の相似を崩してしまえば、リンクは解除できるが、複製を傷付ければ、その傷が植木にも入るだけで、相似は崩れずリンクも解除されない。密室で意識を失っている植木はどうにかする手段も時間もない。

「(待てよ。体に同種の衝撃が入るなら……)」

形状の相似を崩す方法はある。


立ち上がろうとする怪物の背で、川畑はそれ以上引き込まれまいと抗いながら、御形に助けを求めた。

「伊吹!こいつの胸の中央を叩け。合図で同時に攻撃する。俺には竹竿くれ」

「おう!」

「川畑くん、これを!」

古竹が怪物の背後から川畑に竹竿を投げた。

御形が身構えたところで、怪物が立ち上がった。胸の位置が高くなる。突くのも蹴るのも、難しい高さだ。

「そのベルトの脇に付いてる予備弾を使え。暴徒鎮圧用のゴム弾だ」

「これか」

御形は銃弾というイメージよりかなり大きいゴム弾を手に取った。銃はないが、御形には銃で打つより確実に的を狙える手段があった。

彼は怪物の正面に立ち、ゴム弾を持った手をその胸に向かってまっすぐ突き出した。青い光の筋が空中で魔方陣を描く。

川畑が大きく体を反らせて、両手で竿を振り上げた。怪物は仰け反って無防備に胸をさらした。

「撃て!」

風撃(ブラストショット)

御形の手元から発射された弾は、魔術による風の軌道に沿って飛び、真っ直ぐ怪物の胸の中央に当たった。

それと同時に川畑が振り下ろした竹竿が、怪物の尻尾の付け根を強打した。

怪物は甲高い悲鳴を上げた。

しかし悲鳴は途中で突然途切れ、怪物の人としての形がゆらりと歪んだ。


「やった」

川畑は不安定になった怪物の背で腕を振り上げた。

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