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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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縛りプレイとは面倒な

どこ?

堪らなく欲しいのに見つからない。

飢餓感と焦燥感に炙られる。

手を伸ばし、触れるものすべてを喰らっても飢えは満たされない。本当に欲しいものは1つだけなのに、それが手に入れられない。

捕まえた!と思っても、拒絶され、あっという間に逃げられてしまった。

暗い。何もわからない。

明かりが見えた気がして、辺りを見たいと思ったら、光はぼんやり見えたが、視界がぐるぐる回った。視点が定まらないし、焦点がぼやける。

天も地も定まらない渦の中で、1つだけがはっきり見えた。


見つけた!


歓喜と共にその傍らに降り立つ。

ああそうだ。これこそが私の目的だ。

あなたと共に立ち、手を差しのべ……すべて喰らってしまいたい?

自らの内に湧く欲望に混乱する。

あなたは私を見ずに、また別の女の子を助けに行く。

叫びたくなる。もう叫んでいるのかも知れない。自分の気持ちも行動も何もかもわからない。

すぐ近くにいるのに、一番そばにいるのに、手に入らない。私の気持ちが一番遠い。

あなたは他の子の心配をして、別の誰かに笑いかける。

焦れば焦るほど心も体も空回りする。どうすればいいのだろう?

肉を裂き、骨を砕く?

正解がわからない。

内なる衝動が叫ぶ。喰ってやる!

それで合ってる?

膝を付き、立ち上がり、見失い、また見つけ、転ばされ、邪魔をされ、小突き回され、何もかも思うようにならず、苛立つ。

なぜダメなの?

(わかってる。彼は私のものじゃないんだ)

胸の奥が痛んだが、自分の胸がどこにあるのかは、よくわからなかった。




風紀委員長は流石に転入生の川畑よりも、多くの生徒の特技や性格を心得ていた。居合わせた面々に的確に指示を出して、あっという間に防衛と捕獲作戦のフォーメーションを組み上げていく。

川畑は、怪物にダメージが通りすぎないように気を使いながら、囮役として時間を稼いだ。


「(あれ?ヴァレさん)」

ふと川畑は、3階の多目的室の窓から保険医の榊先生(ヴァレリア)がこちらを観ているのに気づいた。

目があったと思ったタイミングで、ピンバッチ型端末経由のメッセージが届く。

"どう?お前好みにアレンジしてみた"

川畑は視野外に表示されたメッセージを読んで、口をへの字にした。思った通り、御形の着けていたアレはヴァレリアの仕業だったようだ。

"なにやってんだ"

"急患だって私を引っ張り出したのお前じゃないのか?その子、お前、気にいってんだろう。治すついでにお前に付き合えるように強化してやった。好きだろ?そういうタイプ"

川畑は御形の姿をちらりと見た。シンプルなモノクロの機械パーツが、きっちりした制服姿の御形の体にそって、いい塩梅に付けられている。正体バレした強化サイボーグみたいで、琴線(センスオブワンダー)に響くものはあった。

"たしかにすごく好きだけど……危なくないか?あの半端アーマー"

"見える部品点数は削ったけど、制御ソフトも補助魔法もアップデートしたから大丈夫。元のフル装備状態より性能が上がっていることは保証する"

"魔改造か。オーパーツ作んなよ"

"終わったら誰かに回収される前に壊してくれよ"

"面倒なことを"


川畑は、怪物の爪をいなしながら、御形をまたちらりと見た。準備OKらしい。強引な男だけに、こういうとき仕切らせると強い。

"素材がいいからさまになる"

川畑は思った通りをヴァレリアに言われて、憮然とした。

"いつも冴えない素材で仕事させて悪かったな"

怪物の意識を引き付けたまま、指定された位置へ誘導する。

"そう拗ねるな。お前みたいなのが好きな奴もいる"

怪物は逃げ回る川畑に苛立ち、周囲の捕り手には注意を向けないまま、包囲の輪の中に入った。


川畑は怪物とにらみ合いながら、ゆっくり身構えた。

"ところでヴァレさん、やたらとレスポンスいいけど、端末なに使ってんの?"

"眼鏡。視線と思考で入力。網膜投影"

"ギリギリアウトくさいオーバーテクノロジー"

"これでも気を使っているんだぞ"

"是非はさておき、それなら移動中でも連絡できるな。情報量上げられる通信帯とフォーマット指定してくれ。頼みがある"


御形の合図で、川畑は怪物の足の間を一気にすり抜けて背後に回った。

不意をつかれて、急いで振り返ろうとした怪物の脚の間に、古竹が竹竿を投げ込んだ。怪物は竿に脚をとられてバランスを崩した。そこに、バンブーダンス部の仲間が息のあった動きで、四方から複雑に竹竿を突き出し、さらに混乱させる。

それでも獣の俊敏さで持ち直そうとした怪物を、左右から御形と川畑が襲った。竹竿の間を、まるでそんな障害がないみたいにすり抜けて、同時にジャンプする。

踏ん張りの効かない位置と方向に的確に突きと蹴りを入れられて、怪物はあっけなく体勢を崩した。

魔法防御と身体強化をかけた運動部と青布部隊の選抜メンバーが駆け寄った。

転倒した怪物に、身軽な者達がネットをかけて、パワー系のメンバーが押さえ込む。

トラロープを持った御形が、意気揚々と怪物をふん縛りにかかった。


"事情は把握したが、また面倒なことを"

"ここのルールの範囲で穏便に解決したい"

"安全が最優先じゃないのかい?"

"もちろん植木の安全は最優先だ。でも現状では、ここでの本人の目的を全部反故にするほどの事態かどうかがわからない。俺が大騒ぎしすぎて、正体バレや失格になれば、ここまで頑張っている彼女に悪い"

"ややこしい気の使い方をして"

"俺はいつだってのりこファーストだ。植木の安否確認を頼む"

"自分で探せばいいじゃないか"

"立場上、まずいんだよ。植木は相手側の総大将だ。俺が見つけて触ると、それで勝負が決着する"

"もう、さっさと終わらせれば?"

"のりこが望んだことを、俺が力ずくで潰したくない"

"しょうのない坊やだねぇ"


ヴァレリアはBホールから中庭を見下ろした。川畑は網にかかった怪物の首元に後ろから馬乗りになって、頭を抱えるように取り押さえている。

"それは、力ずくで潰してないか?"

"呪いでおかしくなってるのを押さえているだけだ。早く植木とこいつとのリンクを解除してくれ。無駄な苦痛は与えたくない"


御形が輪にしたロープを怪物の口にかけて縛ろうと奮闘している。

手際はいいがあんなものであの手の魔法生物が押さえておけるとは、ヴァレリアには思えなかった。

今のところ中庭で怪我人は出ていないが、取り押さえ役の生徒達の魔法防御の維持もそうは持たないだろう。魔力を吸われれば、力関係は容易に逆転する。そうなれば大惨事だ。


「榊先生、こちらお願いします」

Bホールは魔力欠乏で倒れた生徒だらけだった。救護を手伝ってくれている生徒に呼ばれて、ヴァレリアは症状の重い生徒のところに行った。

容態を確認しながら、床の魔方陣の跡をちらりと見る。ここに残っているのは獣の召喚陣だけで、複製術式は見当たらない。

"使用された術式がわからない。ここのローカルルールは詳しくないから、力ずくがダメなら解除するとしても多少時間がかかるぞ。それに私も立場上、要救護者がこれほど多い状況では自由に動けん"

"山桜桃がそちらにいっているはずだ。彼女はここの魔術(ルール)に詳しいし、よく気がつく"

ヴァレリアは返そうとした一言を飲み込んだ。それを言っても川畑は自覚しないだろう。

「(まったく、面倒な……)」

ヴァレリアは雑な応急処置を施しながら、ため息をついた。

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