表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

241/484

お膳立て

攻撃を仕掛けた怪物が、脚をもつれさせて転倒する。

「いまだ!」

「ダメだ。巻き込まれないように、待機」

援護に入ろうと中庭に出てきた者達を、川畑は止めた。押さえ込む隙もなく、怪物は巨体を俊敏に跳ねあげて起き上がった。

「この黒いのに触ると、魔力を持っていかれるぞ。前衛は魔法防御系強化。敵への攻撃魔術と能力低下術式(デバフ)は影響がわからないからまだ止めてくれ。攻撃の余波や破片に注意。窓際に防御結界展開。できなきゃ窓ガラス外せ」

川畑は怪物の攻撃を紙一重で避けながら、中庭の青布部隊や、校舎の窓から観ている者達に矢継ぎ早に指示を出した。

「直接触らなくても取り押さえられるような物があれば用意してくれ。長い棒とか縄や網でもいい」

「体育倉庫のネット取ってくる」

数人が駆け出していく。


川畑は1階の窓際に見知った顔を見つけた。

「古竹さん!バンブーお願いします」

「わかった!」

ハッとしたバンブーダンス部長は、きれいなジャンプで窓を乗り越えて中庭に出ると、ミュージカル役者な声量で、部員に集合の号令をかけた。

「旧バンブーダンス部ピロティ脇倉庫前に集合!遅れた奴は後から来い」

中庭を挟んだあちこちの窓から了解の声が上がる。


窓を見上げた視界にドローンが入った。川畑はインカムをオンにして、竹本を呼び出した。

「竹本、ドローンをあまり寄せると叩き落とされるぞ」

"「それくらい避けるさ」"

「状況は?」

"「赤も青もほぼ停戦。みんなお前を観てる。おい!避け……れるのかよ。後ろに目でもついてんのか、お前」"

「避けてるだけでは、決め手にかける。使われている術式の詳細が知りたい。山桜桃(ゆすらうめ)に通信替わってくれ」

"「了解。ちょっと待て」"

ほとんどタイムラグなしに、山桜桃の声が川畑のインカムに飛び込んできた。

"「川畑くん!怪我してない?早く逃げて」"

「アン、教えてくれ。あの黒いのは呪術系の猟犬の術式らしい。発動時に植木そっくりの何かを取り込んでた。あの黒いのを攻撃したとき、植木本体にダメージが出るかどうかわかるか?」

"「待って、植木くんそっくりの何かって?」"

「報道部の奴がそいつは植木のコピーだって言ってた。意識はないようで、横たわっていたが、姿はそっくりで、魔力も放出していた」

"「ええっと……」"

川畑は横っ飛びで怪物の爪を避けた。倒木を蹴りあげて追撃を防ぎつつ、広い方に回り込む。山桜桃に考える時間を与えなければならない。


折れた木の枝を、顔に向けて投げつけると嫌って避ける。が、後ろからだと避けきれない。よって視力は眼球あるいはその周囲依存。視角は前方中心。体のバランスは見た目ほど悪くないが、動きはぎこちない。敏捷性は獣並みだが制御する頭がおそらく自分の動きについていっていない。理性が飛んで暴走したら厄介になるタイプだろう。


黒い人狼の様子を伺いつつ時間を稼いでいると、山桜桃から返事があった。

"「川畑くん。たぶんそのコピーは、"御前に捧げた如く"で作られたんだと思う」"

「"如く"構文。実習のときに言ってた奴か!」

"「人への適用例は知らないけれど、姿のコピーはそれでされたはず。でも、精神の完全コピーなんて高度な術式は聞いたことがない。中身もコピーしているなら、別の術式で内面の衝動や原始的な欲望を誇張して写し取っている程度だと思う。もし高度な知性があったら気をつけて。本来の猟犬術式に知性はないの。追跡と破壊衝動の塊に贄でターゲットを設定するだけだから。贄の特性として知性が付与されていたら、贄に使われた複製体と本体の間に精神的リンクが作られている可能性が高いわ」"

「つまり、奴に知性があったら、奴への攻撃は植木を傷つけるということだな」

"「絶対ではないからね」"

山桜桃の声は泣き出しそうに震えていた。

「本体が怪物を制御してる場合は、攻撃をやめさせられるんじゃないのか?」

"「呪術系の術式を正気で操作するには相当強い精神が必要だっていうから、無理だと思う。きっと今も猟犬の狂気に引きずられちゃってるのよ」"

「わかった。ありがとう」

"「術者か術の発動場所はわかってるの?もっと詳しいことがわかるかも」"

「共用棟3階Bホールに魔方陣があった。術者はわからん。Sプロ3年の眼鏡が仕切ってた」

"「私、見てくる」"

「あっ、おい!」

川畑は2Bの教室の窓を振り仰いだ。

窓の向こうで、山桜桃が微笑んで手を降った。

「梅田ぁっ!山桜桃に護衛つけてくれっ」

あわてて叫んだ川畑に、2Bのクラス委員長は笑って了解のハンドサインを送った。


攻撃をすべてかわしながら、自分の教室を心配そうに見上げる川畑の前で、怪物は苛立ったように倒れた木を掴んで振り上げた。そのまま真横に振られた木は、2Bの教室の窓を直撃するかに見えた。


緩衝空隙(エアクッション)


でかい布団叩きで布団を叩いたような音がして、黒い怪物が振った木は校舎の手前で止まった。

「伊吹先輩!ありがとうございます」

怪物の膝裏にハイキックを叩き込みながら、川畑は少し弾んだ声で礼を言った。

「手間かけさせんな」

中庭に降りてきた御形(ごぎょう)は、しかめっ面だった。

負傷した方の肩と胴を保護するように例のアーマーのパーツを着せられている。赤色の外殻装甲は剥がされており、保護用の白いプラスチックと鈍い光沢の金属部品がワイヤーと黒いベルトで固定されている状態だ。腰から脚にかけてもパーツを装着しているところを見ると、単なる怪我の保護以上の意味もあるのだろう。

後ろで副長が笑顔でOKサインを出していた。

川畑は大体何があったか状況を察した。


「無傷で捕獲します。イニシアティブ取ってください」

片膝をついた怪物の手から、木を蹴り飛ばしながら、川畑は当たり前のように要求した。

「簡単に言うな」

「得意でしょう?」

「まあな」

御形はまんざらでもなさそうに答えた。


竹竿(ポール)持ってきたぞ」

「ネットお待たせ!」

「なんかトラロープあったから借りてきた」

ちょうどいいタイミングで、用具を取りに行っていた奴らが次々帰って来た。

川畑は、怪物を挟んで御形の対角に下がった。

「道具は各種ご用意しました。先生、お願いします」

「任せろ」

御形はニヤリと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ