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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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後悔役に立たず

3階から落ちた時には、ちょっと焦ったが、伊吹先輩が風魔術をかけてくれたので、さほど不自然でもなく降りることができた。中庭は目撃者が多かったので、助かったとほっとする。

とはいえ、早めにアレを何とかしなければならない。(ろくでなし)は、中身は植木のコピーだと言っていたが、そのわりには魔力を噴き上げていた。単なる模造品の木偶人形ではなく本体と何かしらの繋がりがあるとみた方がいいだろう。本体の所在や状況も気になる。


川畑は左手首に同化したデバイスで、時空監査官の男を呼び出した。

『チャンネルDオープン』

「はいはーい。呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」

帽子の男は、いつの通りの能天気さで現れた。相変わらず半透明で脚から下は消えている。衆目に晒していい姿ではない。

『姿消せ。秘匿通話』

川畑は通常の発声ではない精霊語で男に念を押した。

「はいな。ここの世界に来るときは常時発動ですからご安心ください」

帽子の男は薄い胸をドンと叩くジェスチャーをしたが、安心感はまったくなかった。

「こんち、どーしました?」

『アレだ』

目の前に落ちてきた黒い怪物を視線で教えれば、帽子の男は目を瞬かせた。

「なんですか?この黒いの?」

『魔法生物だ。あの中にのりこの複製が入っているらしい。本体と複製の関係と、本人の安否を確認したい。お前、わかるか?』

「えー?さすがに初見で突然きかれても無理ですよ。ご本人の居場所がわかれば行って様子を視てくることはできますが、当人が呼んでくれないと居場所はわからないです」

『相変わらず役に立たんな』

それほど期待はしていなかったが、案の定のポンコツさが泣ける。

帽子の男は川畑の酷評を気にした様子もなく、半口開けて怪物を見上げた。

「うわぁ、なんか立ち上がりましたよ。……言われてみると、体型は微妙にノリコさんっぽいですね」

川畑は同じく怪物を見上げて、眉根を寄せた。

『のりこというよりは植木だろう。のりこはもっとウエストラインが女の子らしい』

「それ以上、上も下も詳しくコメントしないことをオススメします。これ、どうするんですか?」

『危険なんで、始末しなきゃいかんのだが、こいつや、この中に入っているコピーを害した場合、本体ののりこに影響が出ないか心配なんだ』

「そうですねぇ。私は魔法はさっぱりなので、そういうのはここの魔法に詳しい人に聞いた方がいいんじゃないですか?最悪、本体といってもこの世界にあるのは偽体なんで、肉体の障害はもちろん、精神的に有害なショックは実体にフィードバックされませんとしか……あ、顔はノリコさんじゃないんだ」

『俺は偽体の植木が苦しむのもやなんだよ』

川畑の険しい表情に気を使ったわけではないだろうが、帽子の男は軽くため息をついて帽子を直した。

「仕方ないですねぇ。それじゃぁ、ちょっとその辺り探して来ますけど、あまり期待しないでくださいよ」

川畑はいくつか指示を追加して、帽子の男を行かせた。頼りにならないおつかいだが、制限の多い現状では、少しでも何かの足しになってくれればありがたい。


すっかり姿を変えた怪物とにらみ合いながら、川畑は思案した。

廊下でやりあった獣は、問答無用で襲いかかってきたが、こいつは植木の意志がある程度、反映されているらしい。形態も人型っぽい。もし行動パターンに何らかの違いがあるならば、戦闘ではない方法で解決できる可能性があるのではないだろうか。

怪物の目を見つめても、何を考えているかは全然わからなかった。しかし、濃い殺意があるようには思えなかった。


ふと、視野の端に飛び出して来る人影に意識がいった。

見ればクラスメイトの赤松ランが、走って来るところだった。怪物の背後をとって川畑と挟撃する気らしい。

怪物の意識が赤松の方に逸れたのを感じた。

「(ダメだ。気付かれた)」

怪物が苛立ったように、振り向き様に背後の共用棟の校舎を殴り付けた。2階のAホールの窓が全損する。

「赤松!」

とっさに彼女の方にダッシュしていた川畑は、落下したガラス片を払いつつ、校舎の中に彼女を押し込んだ。消灯や魔力欠乏は川畑でも回復できるが、負傷は治せない。前衛型の攻撃手段しかない彼女が出てくるのは危険過ぎた。

「(人損、物損はなしの方向でっと)」

赤松の無事を確認してから振り替えると、怪物が咆哮をあげていた。

「(怒ってる?)」

殺意がないと思ったのは気のせいだったらしい。あるいは、怪物が変形直後で本調子ではなかっただけかもしれない。明らかな怒りを込めて、巨大な漆黒の人狼は、川畑を攻撃してきた。

「(これ、のりこの意志が反映されてんのか……)」

これまでできるだけ考えないようにしてきたが、ここまで直接的に彼女から、"排除すべき敵"として扱われると非常につらかった。


思えば、男と同室で生活というのは彼女にとってかなり負担だったに違いない。それなのに自分はすっかり舞い上がって、かなり過干渉だったように思う。それでいて無神経なポカも多く、ついうっかり風呂あがりにうろんな格好で過ごしていて悲鳴をあげられたのも、一度や二度ではない。無駄なトラブルには巻き込むし、学業や対人面でのサポートを厚かましくお願いするし、鬱陶しく思われてもしょうがないと思えるネタは、いくらでもあった。


「(一人部屋の空きが出たとたんに、黙って引っ越すぐらいぶちギレてたんだもんな……そりゃ、これぐらい攻撃されるか)」

カギ爪の生えた獣のような形に変化した手が、大きく振られる。川畑の背後にあった木が折れて、弾き飛ばされた。

「(そんなに嫌なら嫌って言ってくれれば……って、ダメだこれ。加害者定番の言い訳だ。嫌と言えない弱い立場の相手が被害者であることが多いんだよ。それに俺、のりこの言う"ヤだ"と"ヤメテ"は、けっこうまだOKの意味だと勝手に解釈していた節が……)」

川畑は煩悩に忠実すぎた己の諸々を反省しつつ、怪物の攻撃をかわした。

「(ここは一発もらっとくと、相手の溜飲も下がるかなぁ?)」

中庭の立木がもう一本吹っ飛んだ。

「(止めておこう。これを食らって生きてると、流石に不自然だ)」


攻撃が当たりそうになる度に、両側の校舎から悲鳴が上がっている。どうも陣取りゲームそっちのけで、観ているギャラリーが多いようだ。

ということは、少なくとも見た目には、この世界の手段の範囲で対処しないとまずいし、周囲に被害が出る方法もNGだ。


「(つらいなぁ)」

泣きたい気分で、川畑は怪物の片足を払った。

実は、かまいすぎたことではなく、彼女と一緒のときに他の女の子を見たり、彼女をほっておいてそっちを助けに行ったりしていることの方が、不興の原因なんですが、そんなことに気付ける訳もなく……。

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