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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第3章 実践!精霊魔法入門

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妖精王

天井の高い大伽藍。扉の中は宗教建築に似た空間だった。円筒形の石柱が並ぶ薄暗い堂内には、飾り窓からの光が斜めに差している。

床は磨かれた石のモザイクで、さざ波のような紋様が浮かんでいた。

静寂に満ちた列柱の間を歩いていくと、両脇に下がった銀の燈籠に一斉に明かりが灯った。

「招かれてもいない客が随分我が物顔じゃないか。余の城になんのようだ」

声と共に火球が飛んできた。

川畑はなんとか火球をよけて目を凝らした。


奥にいたのは輝くばかりの金髪の白皙の美丈夫だった。裾の長い黒い服には、銀糸の細かい刺繍とラメが入っている。腕や足腰がやけに身体にぴったりした素材で、高い襟こそ着いているものの胸元は臍近くまで大きく開いていた。両肩から足元へと広がるマントは、なんと黒地に虹色のラメ入りの総レースだった。


この派手なのが妖精王か。


思った瞬間、今度は周囲から氷の蔦が伸びた。妖精女王の宮殿で見た奴だ。檻が完成する前に、蔦をへし折って包囲を逃れる。

妖精王はちょっと驚いたように、長い前髪を払った。


川畑は眉根を寄せた。

そこそこ良い年齢に見えるけど、あの格好、恥ずかしくないんだろうか?と一瞬思ったが、すぐに、相手は年齢も服飾文化の基準も違う存在だということを思い出した。


妖精王が風の刃を連続で打ち出す。

面倒な。

なんとか精霊力の流れを見切って避けながら、近づいていく。

「お前のところの三下がやらかしてくれたんでな。ちょっとツラ貸してもらおうか」

苛立ちで必要以上に口調が荒くなった。


「酷い言い様だな」

足元のモザイクの石が急に細い石柱となって伸びた。

まったくだ。

川畑は、石を蹴って背後に飛び降りた。

妖精王がしてやったりと笑う。


これ大聖堂の中で、中二病にかかった中年ロックスターと、ヤクザのチンピラが揉めている、という酷い絵面じゃなかろうか?という冷静な客観視をしてしまいそうになった。が、ここでうっかり素に戻ると、王城にカチコミなんて、馬鹿げたことが続けられなくなりそうだったので、心を鬼にして良識を全力で無視した。


妖精王と川畑の間に、等間隔で次々伸びた細い石柱は、白くモヤモヤとした固まりになったかと思うと、そのまま石でできた人形に姿を変えた。

「なんのことやら身に覚えがないのでもう少し説明をしてもらいたいものだがね」

石人形は、一斉に襲いかかってきた。

一斉にといっても、個々の動きは鈍い。

川畑は先頭の1体の初撃をかわして、膝裏を蹴り付けた。意外に脆い。突っ込んでくる2体目の脇を潜って、振り上げられた石の腕を掴んで重心をずらし、転倒しかけていた1体目に突っ込ませた。3体目はバカ正直に直線で突進しようとして、1体目と2体目の転倒に巻き込まれる。

4体目に飛び蹴りをかまし、5体目の腕を引き抜くほどの勢いで引っ張り、体重と遠心力でぶん回して、6体目に当てたところで、すべての石人形がバラバラになった。


「説明させる気ならパワーファイター束で寄越すな。こっちはバカンス明けでビーチサンダルなんだぞ」

ゴム草履を履き直しながらぼやく川畑に答えるように、妖精王は崩れた石人形の残骸の一部に、火球を飛ばした。

「これなら説明してくれるかな」


炎に包まれた石塊は輪郭を失い溶け合って、一頭の獅子の姿になった。

炎のたてがみをした金色の獅子は、威嚇するように一声吠えた。

「……妖精女王と、その客人の異邦人が貴様の小飼の妖精に襲われて、呪いを掛けられた。逃亡した奴を匿っているのなら、その素っ首渡して貰おうか」

素直に説明するだけというのもつまらないので、少し挑発する。

美貌の妖精王は、形の良い眉をひそめた。

「はてさて。妖精女王が囲い込んだ異邦人にちょっとばかり立場というものを思い知らせてやった覚えはあるが……」

「やはり貴様の差し金か」

金獅子が川畑に躍りかかった。

手近にあった石塊を牽制にと投げ付けるが、石は獅子の体を素通りした。

「それは炎の獅子だ。物では害せないぞ」

無理やり避けた勢いでたたらを踏む。やはりゴム草履は激しい運動には向かない。

「じゃぁ、その爪や牙も俺を素通りしてくれるのかな?」

川畑は獅子から距離を取った。

「試してみるかね?」

「試すなら、こっちだな」

川畑は腰のものに手をかけた。


再び飛びかかってきた獅子の牙を、身を低くして避けながら、刀を抜き放つ。浅く掠ったたてがみが散った。そのまま手首の返しで刃の向きを強引に変えて振り下ろす。

至近距離の猛獣相手に剣術だのなんだのいってられなかった。

獅子は易々と刃をかわして、1歩跳び下がった。

「これは避けたいらしいな」

「なんだ、その剣は!?」

獅子と妖精王の双方を警戒しつつ、両手で刀を握る。

「あっち側の洞窟の奥に刺さってたぞ。妖精王でも切れるらしいな」

王の顔色が明らかに変わった。陛下はポーカーは苦手なようだ。


「バカな。その剣なら美しいレイピアのはず。そんな武骨で禍々しい片刃剣では……」

機能美を解さん奴め。

「蔦と花が絡んだ素晴らしい銀飾りはどうした!?」

「アホか。洞窟に銀なんて放置したら錆びるだろ。支柱だけ残った朝顔の鉢みたいになってたぞ」

「ほぁっ」

妖精王は面白い顔になった。

「俺が根性入れ直してやったらこうなった」

波紋に乱れの少ない細身の直刃を見せつけてやる。自分では結構いいできだと思う。

「な、な、なんということを。宝剣を呪うとは、この異邦人め」

妖精王は肩を震わせた。王の怒りを代弁するように金の獅子が唸り声をあげ、襲いかかってくる。


「呪いをかけたのは貴様だろう!」

カウンターのタイミングで切る。浅い。獅子は回り込むように着地して吠えた。やはりそうそうチャンバラで猛獣に対抗できるものではない。

「無関係な異邦人を巻き込むな!」

だが、ここで引いてはノリコが救えない。力任せに刃を振り抜く。

「無関係なのはお前だろう」

晒した隙を獅子が襲う。

「呪われた異邦人は俺の大切な人だ!」

踏み込んで獅子を横薙ぎに断つ。

飛びかかりかけたところで、胴を両断された獅子は、炎になって消えた。

「花を返して、すぐに呪いを解け」


「待て……どうも話が……」

妖精王が怪訝な顔をした時、急に川畑の背後の扉が音をたてて開いた。

「陛下~っ!逃げちゃった馬が戻ってきてたから、捕まえましたよぉ!それからこれ。すごいでしょ、"七色の花"。これであの高慢ちきで浮気性の女王様もイチコロですぅ。目にもの見せてや~りましょうよぉ。アハハハハ」

入ってきたのは川畑の黒馬の首に縄をかけ、盗品の植木鉢を自慢げに捧げもった犯人だった。


「貴様ーっ」

「余計なことすなーっっ!!」

川畑の声に被さるように、妖精王の叫びが響いた。

かんにさわる声でバカ笑いをしていた小妖精を、真っ赤な火柱が包み込んだ。一瞬で消し炭になった小妖精は火柱が消えると同時に、ポタリと床に落ちた。


「あ、花」

「しまった」


黒馬が憤懣やる方なしといった様子で足蹴にしている消し炭の隣には、同じく燃え尽きた花の鉢が転がっていた。


「……証拠隠滅か。蜥蜴の尻尾切りで部下を抹殺とはむごい奴だな」

「待て、君!何か致命的な行き違いがあるぞ。一度、冷静に話し合おう」

「攻撃魔法ドカスカ撃って、猛獣けしかけといて、今さら話し合いとかふざけんな」

抜き身の刃が青黒く光った。

「待て待て待て!ではまず君の大切な人の呪いを解こうじゃないか。ほら」

妖精王の指先から、金色の煌めきが飛んで、黒馬を包み込んだ。


「……大切な人って、それほど私のことを」

金の輝きが薄れたとき、そこには、首から縄をぶら下げた浅黒い肌の美青年が感極まった様子で立っていた。


「誰だお前」


一度冷静になることに同意した川畑と妖精王は、別室で話し合うことにした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 妖精王と妖精女王が敵対してる設定珍しいな〜と思いながら読んでいましたが雲行きが怪しくなってきましたね? あいつさては。 王子は王子で、君さっきまで時折鞭入れられながら乗り回されてたでしょう…
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