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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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中庭騒乱

木村は、西渡り廊下で望遠カメラを構えていた。共用棟の室内の様子を撮るなら、ここから中庭に面した窓を狙うのが確実だ。


先ほどBホールの窓からちらりと同僚(たちばな)の姿が見えたが、すぐに引っ込んだ。小会議室はカーテンは引かれているので様子がわからないが、多目的室側からなら逃げられる。一度は人が大勢入ってきた多目的室側も今はすっかり人気(ひとけ)がなくなっていた。


「(そうそう。戦場レポーターなんかやんないで逃げた方がいいぞ。あれはヤバい)」

どうやら廊下に出た怪物の特大サイズ版が出現しているらしい。

正直、陣取りゲームをやっている場合ではないというか。ただの陣取りゲームになに持ち出してんだ、という感じである。

「(撮影する分には面白いけど)」

動画用の方のカメラのズームを調節したところで、Bホールの窓ガラスが割れた。




窓から放り出された人影は、川畑らしい。彼はその大きな体躯に似合わぬ敏捷さで、自分を押し出した何かを蹴って、宙返りした。窓を突き破って出てきた大きな黒い手は、空振って宙を掴んだ。割れた窓ガラスと、壊れた窓枠が落下していく。


上昇気流(サーマル)

風紀委員長のでかい声がした。

川畑の体に絡んでいた黒い布の切れ端が不自然に風をはらみ、大柄な体の落下速度が落ちた。


「(川畑も委員長も反射速度おかしいだろ)」

あの状態でとっさにあのアクションができるのも、的確な魔術行使ができるのも非常識だ。

木村はズームとピントを調整しながら、被写体を追った。


落ちる川畑の周囲に、細かい銀光が散る。ダンスパーティー騒ぎの時に白騎士が跳躍する度に光っていた粉だ。画像に残りにくいので、後からエフェクトを強調する画像処理をかけないと目で見た記憶通りにならないというカメラマン泣かせの代物だ。彼のオリジナル魔術か何からしいが、予備行動なしで急に発動するのは、カメラの調整が間に合わないので止めて欲しい。

最後にもう一段階、これまた予備行動なしで別の減速がかかった。中庭で土埃が円形に広かり、川畑は吹き払われたその円の中央に着地した。

「(特撮かっ)」

机の上ぐらいの高さから跳んだのならまだしも、校舎の3階から落ちて、あのポーズで着地できるというのは、おかしい。


ここはアオリから、ナメてパンしたい。

立ち上がる川畑を撮影しながら、木村は切実に思った。

「(俺のカメラ2台じゃ足らない)」

別アングルが欲しい。

木村は日頃出さない大声で助けを求めた。

「竹本!外、外!!グリフォン出せ!」

竹本のいる2Bの教室は西渡り廊下のすぐ脇だ。開いた窓から姿の見えるドローンマスターは、木村の声に反応して、振り返った。

「木村?なんで渡りの屋根に!?危ないぞ」

「こっちはどうでもいいから、あっち!」

「わ!なんだあれ!?」


黒い怪物は川畑を追うように、共用棟3階の窓からずるずると体を押し出していた。捕り逃した川畑を探すように、細長く伸ばされた部分が、宙をまさぐる。

窓からはみ出た一部が頭部のように持ち上がった。その表面に1ヶ所、細い筋が入ったかと思うと、内側がら丸く盛り上がるように開いて、目が現れた。目は不規則にせわしく動いて辺りを見回した。

もう1ヶ所スリットが開いて第2の目が開いた。歪な位置関係の2つの目はバラバラに動いていたが、不意に揃って動きを止めた。


ミツケタ


教室や廊下の窓から、その異形の怪物を見上げていた生徒達は皆、怪物の視線が獲物を捕らえたことを察した。

「川畑、逃げろ!」

黒い不定形の怪物は、窓だった部分を破壊しながら、一気に中庭に雪崩落ちた。

一度ぐちゃりとひしゃげて塊になった体から、再び目の付いた頭部や肢が盛り上がる。歪だった2つの目は大きさと形を変えながら、うごめく頭部で配置を変えていった。

突き出た4本の肢は人間の手足のような形になって伸び、ぶよぶよしていた本体も肩や腰を形成し始めた。

怪物は()()を付いた状態からゆっくりと()()()()()()




「何あれ……」

赤松ランは、中等部1階の廊下から中庭を見て、呆然と呟いた。1A教室前で争っていた青布部隊も敵も、全員廊下の窓から怪物を見上げていた。

立ち上がった怪物は大きかった。彼女の位置からでは、全身が見えないほどだ。ランは窓際に駆け寄って身を乗り出した。

怪物の長い手足はほっそりとしていて滑らかだった。肩から腰周りも中性的で、まるで黒いマネキンのようだ。だがその頭部は、剛毛に覆われた獣のそれだった。真っ黒い毛皮は前は胸元、後ろはたてがみのように首筋から背中を覆い尻尾まで続いていた。

「半人の呪術系召喚獣……?」

ランの隣で黒木ユリがポツリと漏らした。


怪物の、確実に意思を持った目が、目の前の獲物(ターゲット)を見据えた。最後まで形が定まらなかった顔では、鼻面が狼のように突き出し、切れ込みが入るように口が形成された。

黒い人狼は牙の並ぶ凶悪な口を開いた。

ランとユリには、怪物が嗤ったように見えた。


「青布部隊!中庭に展開。川畑くんを援護する」

「ちょっとユリ!援護ってどうするのあんなもの」

「ほっといたら目の前でクラスメイトが死ぬわよ!」

「ああ、もう」


日頃、ランのことを直情傾向だの、考えなしだの言うくせに、こういう土壇場ではユリの方がよっぽど過激な行動に出る。

ランはその度に親友のために体をはってきたので、今度もまた腹をくくった。全身を魔力強化して、窓から中庭に出る。

「(こっち側からなら挟撃……までは行けなくても気を逸らすぐらいは)」

共用棟沿いに、怪物の背後に回り込もうとしたところで、怪物がランに気づいたのか、半歩引いて振り返った。

大きな手が共用棟2階の窓を殴り付け、大量の窓ガラスが落下した。

「赤松!」

「きゃあぁっ」

あっと思った時には、ランの視界は暗くなっていた。黒い布を被せられたと気がついたときには、がっしりした腕に抱えれていた。

「危ないからここに入ってろ」

乱暴に引き戸を開ける音がして、狭い入り口から屋内に詰め込まれた。にじり口から茶室に入れられたらしい。あわてて外を見ると、ミラータイプのサングラスのようなものを、投げ込まれた。

「借り物なんだ。預かってて」

「ち、ちょっと!」

「畳汚すなよ」

返事をする隙もなく、相手はその場を離れた。怒りをはらんだ獣の遠吠えが空気を震わせた。


「ランのバカ~!要救助者に庇われてなにやってんの~!!」

中等部の方からユリの叫び声が聞こえた。

「(いや、身体強化かけてる私がなにも反応できなかったってヤバない?)」

正直、落ちてきたガラス片には対応できたと思うが、怪物の足元を抜けて突進してきた川畑にはなすすべもなかった。

「みんなー!迂闊に前に出ちゃダメ。川畑くんの指示聞いて!」

これは下手なことをすると足を引っ張るだけだと思ったランは、中庭に出てこようとしていた青布部隊を止めようと、にじり口から外を見た。


中庭では、黒い怪物の一撃が、立木をへし折って吹き飛ばしているところだった。

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