邪法
「副長さん、伊吹先輩の治療お願いします。こちら側の肩と脇腹です」
「まったく、ちょっと目を離した隙に、またこんな怪我を……」
傍らに駆けつけた副長に、御形はいいわけがましい目付きで、鼻を鳴らした。
「別にたいした怪我じゃない。もう痛くないし、大騒ぎするな」
「痛くないのは興奮しているからです。治療しておいてもらわないと、落ち着いたら相当痛みますよ」
副長の治療術式に魔力を供給しながら、川畑は御形をたしなめた。
「大人しく言うことをきかないと、このまま抱えて無理やりベッドに運びますからね」
「待て!それは止めろ。今、俺とお前が二人とも前線を抜けるのはまずい。……そうだ!あの変な子機ロボットどもが心配だ。生徒会室が危ないだろ。お前だけでも先に行け!」
焦る御形を川畑は押さえつけた。
「あいつらは心配ありません。マスター機器からの通信が届かないようにしたので、通信エラーで停止しているでしょう」
「あん?」
川畑は、救急搬送用のキャスターに載せられている最中の海棠の方を指差した。重い装備は外されて、床に置かれている。
「親機の通信アンテナを最初に折りました。ほら、ベルトの通信ボックスのLEDが赤になってるでしょう」
アンテナを折っただけではなく念のためジャミングもかけていたが、それは説明しにくいので言わない。
「でも、AI搭載の自立型だと言っていたぞ」
「たぶんそれ、階段や曲がり角は判断できるというレベルの奴でしょう。マスター機器の承認なしで対人戦闘が始められる自走AI機器が、この国の民間企業で開発されて、安全確認なしで学生に貸し出されていたら大問題です」
「お、おう。そうだな。……そりゃ、そうか」
御形はちょっと冷静に考え直してみたようで、一拍おいてうなずいた。
「なんなら、念のため確認しておきましょうか……ユズ、聞こえてるか?生徒会室の方は防衛問題ないか?」
御形は川畑がインカムを着けているのに今さら気づいた。
「ん?それどこと繋がってるんだ?ユズってあのカフェで一緒だった演劇部の子だろう?」
「はい。元々は竹本との通信用なんですが、今は2Fの通信係の鈴城とも通話できて……そうか、生徒会室は問題ないか。ありがとう。え?生徒会の豊野香さんが通話の音声データを欲しがっている?別にいいけど?データあるのか?……わかった。ついでに藤村にも回してくれって言っといて…OK。そう言えばわかる」
川畑は通話を終了して首を捻った。女子同士はどこでどうつながっているのかよく分からない。
「藤村って、元数学部の2年生か。さっきから時々ドローンがうろちょろしていたが、お前、また裏でなんかやってるのか?」
「いいえ?特に何もやってないですよ」
御形は、疑わしそうな目付きで川畑を見た。御形は川畑という男を信用はしていたが、彼の"特に何もやっていない"は甚だ信用ならないということは、経験上分かりつつあった。
御形がもう少し川畑を問い詰めておこうと思ったとき、多目的室の奥の扉の方に向かった奴らの叫び声が聞こえた。
「わ!何をしているんだ!?」
「止めろーっ!」
激しく争う声と物音がする。
川畑は治療が完了していない御形を副長に任せて立ち上がった。
「行ってきます」
「すぐに追う……痛てててて」
「御形さん、じっとしててください」
「あれ?急に痛みが。何で?……ったたた」
「治るまで来ちゃだめですよ」
川畑は一言釘を指してから、隣の部屋に向かった。
隣の部屋は、会議テーブルが置かれた狭い部屋だった。正面と右側に扉があり、どちらも開いていた。右側の扉は半開きで、背もたれの壊れた椅子が倒れて挟まっている。隙間からは物置のような窓のない暗く狭い部屋にダンボールや資材が置かれているのが見えた。
正面では、青陣営と赤陣営の数人が狭い開口部で揉み合っていた。
「絶対に誰も通すな!」
奥から、先ほど逃げ出した眼鏡男の声がした。
正面奥は広い部屋で、確か校内案内図ではBホールとなっていたところだ。以前「校内にホール?」と尋ねたら、講堂や体育館を使うほどの規模ではない講演会や懇親会を催す為の部屋で、普段はオケ部が練習に使っているという話だった。
背の高い川畑が人の頭越しにBホールの様子を覗くと、大規模な術式が展開されるのが見えた。
大きな部屋の中央は、片付けられて広く空いている。その空いた床いっぱいに大きな魔方陣が描かれているようだ。Sプロのスタッフが周りに沢山いる。
「さっさと発動しろ」
「ですが、発動に必要な魔力が……」
眼鏡男とスタッフが何か揉めていた。
「通せ」
川畑は、出入口前のSプロスタッフの1人を消灯させた。Bホールに半分押し入ると、発動中の魔方陣が見えた。魔方陣の中には空白の枠があり、そこに人が横たわっているようだった。制服を着た男子生徒のようだが、手前にいる眼鏡男とスタッフ達のせいでよく見えない。
川畑に気づいて、倍する人数の新手が出入口の防衛に加わった。
「本人の意識がないと魔力を供給できません」
「魔方陣内に魔力が放出されればいいだけだろう。そんなものこうすればいい」
眼鏡男は隣のスタッフが持っていたモデルガンを奪うと、魔方陣内に打ち込んだ。
弾は魔方陣内に仰向けに横たえられた男子生徒の腹に当たった。意識がない様子のその生徒の腹部に小さな黒い魔方陣が浮かび、赤い光が血のように吹き上がった。
床の魔方陣が黒く輝いて大規模な魔術が発動した。
黒い光としか言い様のない何かが一瞬ホールを満たし、魔方陣の中央から黒い瘴気が沸きだした。
ドロリとした瘴気は盛り上がり、横たえられた生け贄の腹部から吹き上がる赤い魔力を舐め取ろうとでもするようにゆっくりとそちらに滴った。
そのおぞましさに、魔方陣の周りにいたスタッフ達が思わず後退った。
行く手を阻む者達を掻き分けていた川畑は、人垣の間から生け贄の姿を見た。
それは、植木だった。




