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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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ルール違反

民間利用の許可がでているとは思えない強力そうなスタンガンを見て、川畑は眉間のシワを深くした。

「一応、平日授業時間内の学校行事中だって分かってるのか?明らかにルール違反だろ」

海棠は鼻で笑った。

「バカなことを。これは戦争だよ。ルールを決めるのは俺だ。俺がやることはルール違反にならない」

「ルールというのはそういうものじゃない」

「はっ!それは一生、他人が決めたルールに従って生きるしかない奴の視点だ。俺はルールを作って、使う側の人間なんだよ」

海棠はエリート意識に満ちた顔で、スタンガンを構えた。




川畑は困惑した。

「(ひょっとしてこいつ、この世界の(ヌシ)なのかな?)」

(ヌシ)ならば、確かに世界の(ことわり)を作る立場だ。

川畑は改めて目の前の男を見た。

イケメンで優秀で財閥の御曹司の陽キャの勝ち組、信者多数のスクールカーストトップ……てんこ盛りである。学園が中心のこの世界では、確かに彼が「世界は自分のためにある」と豪語しても別に不自然ではない。

「(それにしてはこいつ1人の頭からできた世界という感じはしないなぁ。前に追放した"勇者"君みたいに、後から参入して我欲で既存世界を改変したタイプなんだろうか)」

この雑で小さな泡沫世界に住まう人々のどれだけが眷属で、誰が思考可能体なのか、川畑に区別はつけられなかった。

しかし、この世界には単なる背景のガヤとは考えたくない人達が沢山いた。彼ら全員の上位に、目の前のこいつが割り込んで、自分の都合で世界のルールを決めていると考えると、嫌な気分がした。


ルール改変は節度を持って行わねばならない。ルールを定めるならば、それは守らせることで世界を安定と調和に導くものでなければならないのだ。欲求がなければ世界を変えることはできないが、理念がなく我欲だけのルールは公理にふさわしくない。

川畑は、自分に都合のいいことと、知っているだけの知識を単に盛り合わせて設定した世界設定を「エレファントだ」と言って真っ赤に添削されたことを思い出した。あれは実に嫌な体験だった。

(ことわり)はエレガントであるべきなのだ。


川畑はなんとなく、目の前の男を世界の(ヌシ)と認めたくなかった。

「(なんだろう?今一つこう存在が……薄い?というか、浅い?んだよな)」

こんな思想の人物なのに、この世界が彼にかしづいている感じがしない。むしろまるで彼が世界自身の道具だての1つのようだ。キラキラ派手だが、誰かの要求(オーダー)によって設定された概念的男性像(アニムス)の投影のような雰囲気がある。


マンガみたいなキャラクターという意味では、妖精王や死の精霊も大概だったが、対峙したときに、彼らは"干渉し合う他者"の雰囲気があった。

「(ダーリングさんなんて、多数の統合意識で支えられた世界の思考可能体の1人でしかないのに、求心力が強烈で、無性に惹き付けられたんだよな)」

銀河の英雄と学校の王様を比べたらさすがに可哀想か、と川畑は反省した。あの人は時空監査局が管理職にとヘッドハンティングしに来るほどの別格なのだ。

「(ダーリングさんクラスは求めないけど、自覚的にルールの支配者を名乗るなら、もう少し格は欲しいような……)」

川畑は、いささか斜め上な感想をいだきつつ、顔をしかめた。




川畑の内心など知るよしもない海棠は、勝ち誇ったように宣言した。

「貴様らが俺の高機動になすすべもないのは証明済みだ。命乞いならば口がきけるうちにするがいい!」

接触放電機能に切り替えたスタンガンを握った拳を振り上げて、海棠は、御形を抱えて床の上で身動きの取れない川畑に殴りかかろうとした。




川畑は殴りかかってくる相手を、批判的な気分で眺めた。

「(高機動って威張っているけど、雑な動きだなぁ。ルールの作り手なら、最低限の整合性ぐらいはとって欲しい……)」

各部の動きが、アーマーを着てない状態と変わらない。

蹴られたときの感覚からすれば、装甲はそこそこ重量はあるだろう。形状からして、重心は着ていないときと変わる。こんな左右非対称のパーツの重量バランスを取るなら、優秀なオートバランサーか、装着者の習熟は必須であるが、そういう補正が入っている様子はない。

それに、機械的なアシストで動くなら、構造上、力の伝達はどうなるかを考えると、魔術でサポートしたとしても強化できるところと、できないところは明らかだ。

人の体は均質な剛体ではない。重い頭を細くて弱い首で支えているのだ。体だけを強化アーマーで覆って、強い力で急加速すれば、置いていかれる頭部を生身の首が支えられなくて、むち打ちになる。

その手の不具合は賢者と鎧の魔改造をしていたときに、何度かひどい目にあったので懲りている。そういうのは地味だが、ないがしろにしてはいけないポイントだ。

床だってただの学校の教室の施工である。その重量の金属製の装甲が付いた代物が、足先に力を込めて全身を加速させるだけの反作用を叩き込んだら、ひとたまりもないだろう。

「(ガチの物理学が適用されないのは仕方ないとして、こういう地球タイプの学園もの世界観なら、古典力学ぐらいは近似でシミュレーションしてくれても……)」


ご都合主義世界とはいえ、ちょっとはそういうところがリアルじゃないと、せっかく強化装甲で戦闘するのにアクションが映えなくて、つまらないじゃないか!


一瞬のことだったが、いろいろ重なっていた川畑は、ついうっかり余計なことを考えてしまった。

もちろん、目の前の相手がまさに殴りかかろうとモーションを取り始めた瞬間に、そんな雑念にとらわれるべきではなかった。




「へぶぅっ!」

なんだかイケメンが出してはいけない声を出して、海棠がスッ転び、回転しながら愉快な軌道を描いて壁に激突したところで、川畑は我に返った。


「(やべっ。やらかした!)」

あわてて世界属性(ワールドプロパティ)を確認する。

川畑を中心に限定的に周囲の物理系の法則の一部が改変されかかっていた。

「(あぶない、あぶない)」

川畑は急いで世界の理を修繕した。

彼は世界への影響力が強すぎて、常に意識をある程度割いていないと、つい無意識に"自分の常識"で世界を書き換えてしまうきらいがあった。特に物理法則関連は顕著で、自覚して制御できなかった頃は、緩い設定しかない小さな泡沫世界を処理落ちでいくつか崩壊させてしまったものだ。制御の特訓に付き合ってくれた賢者の弟からは"歩く物理エンジン"と呼ばれて、散々叱られた。


川畑は恐る恐る壁に突っ込んだイケメンの様子をうかがった。

ピクピクしているから、死んではいないようではある。

「(……悪いことをしてしまった)」

川畑は反省したが、相手が御形にしたことを考えると、いい気味かなと少し思った。




「今、凄い音がしたけど、何があった」

「御形さん!大丈夫ですか!?」

多目的室前の抗争に競り勝ったらしく、風紀の副長や緑十字軍の面々がどやどやと部屋に入ってきた。

「救急搬送します。怪我人はどこですか!?」

「えーっと……そっち?」

川畑に抱えられたまま呆気にとられていた御形は微妙な表情を浮かべて、海棠を指差した。

倒れたままだった海棠は少し身動ぎした。その拍子に彼の手元でスタンガンの火花が飛んだ。

海棠は一度ビクンと跳ねたあと、静かになった。

前章、本章ではいたって大人しくしていますが、実は自覚症状よりももう少し影響力は深刻。第1章の異界で具現化した現象は、おおむねこいつのせいです。


ちなみに賢者の弟は本編未登場です。

外伝参照ください。

https://book1.adouzi.eu.org/n9597gj/

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