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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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刺さったのは弾丸でも暴力でもなく

海棠は魔術と機械で強化された運動能力で、ほぼ棒立ちの川畑を急襲した。装甲付きの拳が川畑の無防備な腹を打つ間際に、黒い布が海棠の拳を覆う。

「うぉっ!?」

布に巻き込まれるようにして、腕を引かれた海棠はたたらを踏んだ。

川畑の腕が突き出されたが、海棠は強化された筋力と反射速度で強引にそれを避けた。わずかにかすった川畑の手は末端の細い部品を折っただけだ。


追撃が入る前に海棠が距離を取ったところで、モデルガンの軽い銃声が立て続けに鳴った。黒い布で全身を覆って屈んだ川畑の肩や背中に、黒い小さな魔方陣が浮かぶ。付いた羽虫を払い除けるように、川畑は布を大きく払った。魔力を吸出して発散する術式は、発動しかけた瞬間に弾けとんだ。


振り回された黒布が、部屋の出入口前の赤帽子達の手から銃をはたき落とす。あわてて身を引いた赤帽子達の視界を遮るように布が巻き取られる。気がつけば目の前に川畑がいた。悲鳴をあげる間もなく、赤帽子達は重なって転がされた。川畑は重しがわりに戸板を載せて、彼らを脇に押しやった。


「ユズ、至急、救護を多目的室に。副長!来てくれ。伊吹がやられた!」

廊下に向かって叫んだ川畑の背中を、海棠が横薙ぎに打ち据えた。

人の力を超えた剛力で殴られた川畑は出入口の角に叩きつけられた。


多目的室の奥の扉から現れた新手の赤帽子達が、モデルガンで出入口を制圧する。銃声が響き、廊下で悲鳴が上がった。


「逃がさん」

海棠は川畑の髪を掴むと、顔面に膝蹴りを入れた。川畑はギリギリで顔を背け、膝から突き出た鋭角な装甲を止めた。差し込んだ手の平の前で六角形の氷の盾が砕ける。

「面白い防御結界だな」

「眼鏡は借り物なんだ。傷を付けないでくれ」

「余裕があるじゃないか」

海棠は川畑の髪を掴んだまま、彼を振り回して壁に打ち付けた。床にずり落ちた体の腹部に、加減なしの蹴りを何度も入れる。その度に川畑の体は壁に当たって弾んだ。


「……対人の暴力は法度だろう」

床の上に丸まった黒い布の隙間から、呻くような低い声が漏れた。

「はっ、人間相手の暴力など、どこで起きている?」

海棠は優越感に満ちた笑みを浮かべた。

「これは教育だよ。しつけのなっていない頭の悪い犬に、主人の前ではどういう態度をとるべきか教えてやっているだけだ」

海棠は金属で補強されたブーツで、川畑の頭を踏みつけた。

「お前が怪我をしたところで、お前が暴れたせいで取り押さえるためにやむを得なかったと証言する証人は沢山いるしな」

海棠は楽しげにもう一度川畑を蹴った。


「スオウ、あちらの準備はできたぞ」

奥の扉から数人のスタッフを連れて現れた冬青(とよご)シュウに、海棠は微笑みかけた。

「悪いな、シュウ。せっかく用意してもらったが、使わなくてもすみそうだ。思いの外、簡単にケリが付いたよ」

絶対的なリーダーとして君臨する美貌の男は、つまらないものをみる目で足元の川畑を見下すと、冬青の脇のスタッフに命じた。

「念のためだ。5、6発撃ち込んでおけ」

「呪術弾を一度にそんなに撃ち込んだら、急性魔力欠乏でショック状態になりますよ」

「かまわん。少しは大人しくなるだろう」

数人が川畑の周囲に立って銃口を向けた。


「やめろぉ…おらぁっ!」

倒れてうずくまっていたはずの御形が、引き金を引こうとしていた奴等に、後ろからタックルした。

「うわっ」

「こいつ」

複数のモデルガンの発射音が重なる。

自分を庇って覆い被さるように倒れて来た御形を、川畑はかろうじて抱き止めることができた。

「伊吹!俺をかはう必要なんてないのに」

川畑の目の前で、御形の背中に小さな黒い魔方陣がいくつか浮かび、みるみる彼の魔力が散らされ始めた。


「俺は大事なもんは譲らねぇ」

浅くて荒い呼吸の合間に御形は呟いた。

川畑は出掛けた感情が、言葉になる前に喉の奥だか胸だかに詰まって、奥歯を噛み締めた。

彼は上体を起こして、ぐったりした御形を抱え直した。

御形はひどく汗をかいていて顔色が悪い。肩は脱臼しているし、あばら骨か下手をすると内臓にダメージが入っているようだ。気合いと根性だけで動いたのだろうが、敵陣内で消灯した分の行動制限も入っていることを考えれば、本来はまともに活動できる状態ではない。ダメージ軽減に身体強化魔法を相当使ったのだろう。撃ち込まれた呪術弾のせいもあって、御形の魔力は急速に枯渇しつつあった。

「俺も……」

川畑は残りの言葉を呑み込んで、ただ黙って、体温が下がっていく御形の体を抱える腕に力を込めた。


「なるほど。御形、そうやってそいつを手懐けたわけか」

海棠はあさましいものを見たとでもいうように、せせら笑った。

「植木に見限られたところで、ちょっと御形にかまって貰えたから鞍替えとはな。貴様、誰でもいいのか。よほど飼い主に尻尾を振るのが好きなのだな」

川畑はこわばった顔で、海棠を見上げた。

「どうだ?そんなに誰かに媚びへつらいたいなら、飼ってやるぞ。俺は寛大だからな」

海棠は目を細めた。

「おい、スオウ……」

「心配するな、シュウ。こいつのように力任せの暴力で物事を解決させたがる奴は、力でねじ伏せられれば大人しく言うことをきくようになるものだ。十分にしつけて思い知らせてやれないい。強いものには逆らわず、土下座して何でも差し出す……そういう類いの男だよ、これは」


「川畑……悪い、もう…限界だ」

川畑の肩に額を付けて、苦しそうに喘いでいた御形が、なんとか顔をあげてかすれた小さな声で川畑の耳元にささやいた。

「我慢できん」

「伊吹、だがお前……」

御形の指が川畑の手に絡んだ。

「許す。がっつり入れてくれ」


御形伊吹は、軋む体で無理やりなんとか半分振り替えって、気迫のこもった目で海棠を睨み付けた。

「スオウ、いい加減にしろ!こいつはそんな奴じゃねぇ」

怒りが実体化したかのように、魔力光の火花がバチバチとはぜ、御形の全身が淡く発光した。

「少しは頭を冷やしやがれ!!」

御形は川畑と組んだ手を海棠に向けて突きだした。


二人の腕輪が融け合うように青白く輝いた。

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