お前……黙れ
サッカー部の3年生はクラスメイトと一緒にバリケードを乗り越えた。モデルガンの発射音が至近距離で響くが、無視する。銃撃なんて避けようと思って避けられるものではない。幸い彼を狙った弾はなかったらしい。転がるピンポン玉を踏まないように気を付けながら、手近な赤帽子の敵に掴みかかる。
ワイルドハントのイベントでは、ひどい目にあったので、彼はSプロに荷担する気になれず、チーム分けのとき強く主張して青陣営に入っていた。
掴み合いの結果、腕輪の明かりが消えた赤帽子が膝をつく。
「やった」と思った瞬間、隣にいたクラスメイトが落とされ、彼にも複数の手がのびた。体をひねって手を振り払い、腰を落としてステップで囲みを抜ける。
「ラフプレーにもほどがあるだろ」
足元のピンポン玉を爪先で弾いて、敵の顎に当ててやるが、シャツを掴まれて体勢が崩れた。
「やば……」
赤い腕輪をした敵の手が、目標を外して彼の目に当たりそうになる。
とっさに顔を背けたとき、真っ黒な布が視界をふさぎ、誰かに背を支えられた。と思ったら、そのまま抱えられて、シャツを掴む手から引き剥がすように強引に引っ張られて体が浮いた。
「転ぶなよ。サッカー部」
立たせられて、はっと見れば、くそ生意気な例の2年生の大男が、自分のクラスメイトを助け起こしていた。
「(うーん。直接的に一番の加害者だったこいつと共闘するつもりはなかったんだけどなぁ)」
複雑な心境で大男の後ろから来た敵を迎撃する。
「どおも」
振り返り様に軽くそう言うと、大男は長い腕を伸ばして、彼が押し留めていた赤帽子に触れた。青い2重の腕輪が輝く手で触られると、赤帽子はくたくたと崩れ落ちた。
「は?瞬殺?」
見れば消灯したはずのクラスメイトの明かりが再点灯している。確かに2本腕輪のメディックに救助されれば、再点灯は可能だが、この一瞬でというのはバカげている。
「(これと戦わないで済んだのはありがたいけど、インチキくせぇええ!)」
教室の暗幕をマントのように翻しながら、黙々と味方のサポートをしつつ戦う怪人を、彼はなんとも言いがたい気持ちで見送った。
「川畑!なにサボってやがる」
「あ、やっと来た」
川畑はバリケードを乗り越えて、隣にやって来た御形と背中合わせになった。
「さっさと多目的室に攻め込めよ」
「メディックが攻撃隊長差し置いて突撃しちゃいかんでしょう」
「今さらどの面下げてそんなことを」
かかってくる敵を手際よく羽交い締めにして落としながら、御形はぼやいた。
「伊吹先輩って流れるように関節キメますね」
「拘束と捕縛は得意だ」
「不本意ながらよく知ってます」
「……"先輩"付きで敬語でしゃべってるってことは、さては貴様、余裕綽々だな」
御形は顔をしかめて、取った腕を後ろ手に捻りあげ、赤帽子に悲鳴を上げさせた。
「お前、なんだかんだ言って今回、乗り気じゃないだろう」
「そんなことないですよ」
川畑は消灯した味方が倒れて踏まれる前に支えて回復させながら、素っ気なく返事をした。
「ちゃんとやってます」
「白々しい」
「(おおかた、植木と敵対することに向き合いたくないとかなんとか、そんなところなんだろうが……厄介な男だな)」
御形は険しい表情で、両側からパイプ椅子を振り上げて打ちかかってきた敵二人を、蹴りと掌底で同時に倒した。
「暴力はダメですよ」
川畑は、白目を剥いて倒れる二人の手から落ちかけたパイプ椅子を取り上げた。
「学校の備品は大事にしないと」
こちらを見てビビって腰が引けている赤帽子にパイプ椅子を放り投げる。赤帽子は椅子を抱えてひっくり返った。
「でもまぁ……そこまでおっしゃるなら」
御形と体勢を入れ換えながら、波状攻撃をしてきた敵を二人で適当に無力化して、川畑はぼそりと言った。
「戸の1枚や2枚はいいかな」
「許す!」
御形と川畑は混戦を割って、多目的室の出入口に肉薄した。あわてて止めようとする赤陣営の脚を払ってなぎ倒すと、二人は同時に強烈な蹴りで施錠された扉をぶち破った。
「おやおや、いいのかな?風紀委員長がそんなことをして」
「戦時特例だ。戦闘による学校施設への被害は罪に問われない」
「ふっ、勝手なことを……」
多目的室の奥で、海棠スオウは優雅に髪をかきあげた。
「勝手をしているのはお前だろう。こんな騒ぎを起こして」
「リコールは生徒会則にある正当な権利だし、手続きもちゃんとやったさ」
御形は眉間にシワを寄せて厳しい目付きで海棠を睨んだ。
「だったら、お前がトップとして責任を取るべきだろう。なぜ副将なんかをやってる」
「君だって副将じゃないか」
海棠はバカにしたように御形を見下した。
「君も実戦に出れる立場の方が都合がいいから、副将なんだろう?」
「そういう割りにはお前はずっと前線に出てこなかったようだが」
海棠は御形の揶揄を一笑にふした。
「切り札は最後まで取っておくものだ」
「ということは、それがお前の切り札か……」
御形は、奇怪な装いの海棠に、眉間のシワを深くした。
「ウエアラブルパワーアシストデバイス付きの危険作業用ワークウエア。……父の傘下のグループ企業が開発した試作品だ」
「作業服にしては派手だな」
「ヒーロースーツと言ってくれよ」
赤をベースに差し色が入った特殊作業用スーツは、外部装甲や空調ファン、電源ボックスから伸びる配線ケーブルを覆うアコーディオンパイプ等がゴテゴテと付いていた。
それまで御形の後ろでおとなしく話を聞いていた川畑がぼそりとコメントした。
「アメコミヒーローというよりは、若干パワードスーツ系、というか医療機器とか工作機械感丸出しだなぁ。コンセプトは評価するけど、技術上の制約と実現性、実用性が優先され過ぎてて、デザインにロマンがない。色だけ派手でも金型にセンスがないと映えないんだよな。それならむしろ土木作業用チックな塗装の方が粋だったのに……惜しい。12点」
海棠はスーツと同じぐらい真っ赤になった。
「半裸の変態が何を言うか!」
「好きで脱いでる訳じゃない!そっちが伊吹先輩のシャツを破って持っていったのがいかんのだろう」
「御形のシャツが破れてなんでお前が着てないんだよ!」
「半裸風紀委員長なんて公序良俗に反するもの世間に晒せるかっ」
「俺を猥褻物みたいに言うな。低俗な会話は止めろ」
御形は頭痛をこらえるようにこめかみを揉んだ。
「おしゃべりはこれまでだ」
なんとかシリアスな気分を立て直したらしい海棠は、腕を広げて指先をゆっくりと鉤状に曲げた。
スーツの腰あたりについたボックスのランプが緑色に点灯し、海棠の周囲におかれたケースの中から、中型犬程のサイズの奇妙な機器が出てきた。先にタイヤのついた6本の脚を持つ小型自走機器は、わらわらと海棠の周囲を囲むと、胴体上部に付いたカメラアイをカチカチ回転させた。
「な、なんだこれ」
律儀に思い通りのリアクションをしてくれた御形に、海棠は得意気に解説した。
「AI搭載の電子の番犬だ。マスタ・スレーブ式のネットワーク接続で自在に指令やモニタができる優れものだぞ。本来は警備用だが使いようによっては対人戦も可能だ」
川畑は基本コンセプトには近視感のある機械群を見た。ブルーロータス号の一件のとき敵戦艦内で見た奴と比べると、学生のロボットコンテストの子機っぽい手作り感がある。
「これもお父さんの傘下のグループ企業開発品?」
「そうだ!」
「先輩のところの企業コンプライアンス大丈夫か?」
「川畑、お前、もう喋んな。スオウの血管が切れる」
こめかみをぴくつかせて、海棠は手を振り上げた。
「無駄口を叩いていられるのも今のうちだ」
身構えた御形と川畑の脇をすり抜けて、小型自走機器達は滑るように多目的室を出ていった。
「はっはっは!貴様らがここで身動きできない間にあいつらが生徒会室を攻略する!」
「なに!?」
思わず振り返った御形の脇腹を、一歩で距離をつめた海棠の拳が打った。
「ぐぁっ」
御形が体を2つに折ってうずくまった。
出入口を、外れた扉をはめ直すようにして、赤帽子メンバーが塞いだ。
「どうだ。身体強化魔法と同調したパワーアシストは強力だろう。いくら強くても生身の人間では勝ち目はないぞ」
海棠は御形の肩を鷲掴みにした。
ゴキリと嫌な音がして、御形の腕がだらりと垂れた。呻いて、体を丸めたまま横たわった御形を、海棠は踏みつけた。
御形の胸の明かりが消えた。
「次はお前だ」
海棠は勝ち誇った顔で、川畑を指差した。




