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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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冷たい闇に凍てつく光は届かない

息が苦しい。

さっきからだんだん手足の先が痺れてきて感覚がなくなってきている。

霞む目で自分の手を見ると、指先から黒く変色していた。

「(なんでこんなことに?)」

言われるままによくわからないことをいくつかさせられたような気もする。思い出そうとするけれど、考えがうまくまとまらない。

「あの男のせいだ」

「(誰?)」

ぼんやりと見上げると、誰かが自分を見下ろしている。たぶん知っている相手だが思い出せない。

「かわいそうに。苦しいかい?」

「(苦しい)」

その誰かは、こちらを見下ろしたまま優しげな笑顔を浮かべる。

「ひどい奴だ。君をこんなにして」

声が遠い。

誰のことを話しているのか尋ねたいが、うまく声がでない。

「安心したまえ。仇はとってやる」

安心……できないよ?

不安と恐れを伝えようとしたけれど、笑顔の男には伝わらないようだった。……あるいは、彼はこちらのその不安と恐れを笑っていたのかもしれない。

男は、部屋の外から呼び掛ける誰かの声に快活に答えると、最後にもう一度、こちらを一瞥してから、なにも言わずに明かりを消して部屋を出ていった。

誰もいなくなった部屋は、明かりが消えて暗いのか、自分の目が見えなくなって暗いのか、よくわからなかった。

助けを求めようと思ったが、思い浮かんだ人の姿に胸が痛んだ。

ああ、そうだ。自分はあの人に助けを求める資格がないんだった。

すがりたい人の姿を自ら脳裏から払う。胸を締め付ける孤独の痛みの方が、全身を苛む冷たい痛みよりもつらかった。

心の悲鳴は音にならず、闇に溶けた。




「ゴーグルなら、持ってるぞ。教室から取ってこようか?」

よく日焼けした3年生は、やけに白い歯を輝かせて、川畑に向かって爽やかに親指を立てた。

「えーっと……?」

「一泳専心!君も僕らと一緒に裸の付き合いをしよう!」

「ああ、水泳部の。その節はどうも」

川畑はペコリと頭を下げた。


御形達、青陣営の攻撃部隊は、多目的室の赤陣営からの銃撃に苦戦し、攻略法を検討していた。空き教室から持ってきた机などで作った急拵えのバリケードから様子を伺うと、すかさず複数の射撃音が上がる。弾切れを考慮していなさそうな撃ちっぷりからすると、弾薬は豊富らしい。


「他の水泳部の連中にも声かけてこようか」

「動けて割れにくくて目を守れるってことでいいなら、競技用ゴーグルタイプの眼鏡持ちの運動部員は結構いるぞ」

「技術室に行けばハンダ付け用のゴーグルがある」

「ありがとうございます。ご協力いただけますか」

「おう。ちょっと待っててくれ」

「すぐに持ってくる」

数人がその場を離れる。


「旦那には俺のを貸そう」

いつの間にか後ろにいたジャグリング部の男が川畑にシューティンググラスをかけた。

「お前は?」

「俺は今回は非戦闘員。おとなしく後ろでガキのお守りしてるよ」

「助かるが……これ、俺には似合わないんじゃないか?」

「そーでもないよ。殺人サイボーグみたいだ」

「誉めてない。それは誉めてない」

川畑はミラータイプのシューティンググラスを少し下ろして嫌そうに顔をしかめた。


魔力酔いが治まってきて、目付きが元に戻ってきた御形は、険しい顔つきで川畑の方に振り返った。

「奴らのモデルガン、かなり威力があるぞ。目を守るのは必須だがあくまで最低限だ。身体でも当たりどころが悪いと行動不能になる。ゴーグルかけただけで特攻はやめた方がいい。集中砲火を受けると危険だ」

「なにかしら気勢を削ぐ策が要るか」

「俺が突風をあててもいいが、怪我人がでない程度に加減してだと、たいした効果は期待できん」

「雪でも混ぜてブリザードはどうだ?さっきやったみたいにすれば合体魔法でいけるだろ」

「それは……やめておこう」

御形は眉間にシワを寄せた。

「お前の魔力干渉をこれ以上受けるとマジでヤバい」

「すまん。なにか体調に悪影響が?」

「いや、そういう訳ではないが……あれがクセになると色々マズイ」

御形は顔を半分手で覆って、目を泳がせた。川畑は腑に落ちない様子だったが、周囲はあのときの御形を思い出してなんとなく納得した。


「それじゃあ、氷雪系魔術とのコラボ以外で、危険じゃなくて、意表を突けて、できれば相手の動きを封じれる飽和攻撃手段か……」

川畑は周囲の面々を見回した。

「あ、先輩。卓球部の方でしたよね?」

「ん?そうだけど。よく覚えてたな」

「イベントの時のアレ、面白かったので」

川畑は「もう一度やりませんか?」と真顔でひどい作戦を提案した。




「ピンポンハリケーン!」

大量の卓球の球が風にのって赤陣営の射手達を襲った。

「ああ、もう。後で煮るの手伝えよ!」

やけくそ気味にありったけの球をばら蒔いた卓球部員は、みんなが球を踏み割らないことを祈った。


「うわっ、たたた、なんだこれ」

白球の嵐に見舞われて、迎撃どころではなくなった赤陣営の射手の一人は、腕で顔を庇いながら、青陣営の方を見た。

「うげ!?」

廊下の向こうでは、青陣営の生徒が数人で、どこかの教室から剥いできたらしい黒いカーテンを大きく広げていた。


送風(ブリーズ)

風紀委員長の良く通る声が響いた。

暗幕は風を張らんで、廊下の幅いっぱいの黒い壁と化し、そのまま赤陣営のバリケードを覆うようにぶつかった。

「突撃!」

巨大な目隠しの向こうから青陣営が押し寄せる足音と声が上がる。

「来るぞ!撃ち返せ」

「早くそいつをどけろ!」

バリケードに引っ掛かったカーテンを剥がして、隙間から迎撃しようとした時、バリケードのど真ん中をぶち破って、でかい図体の奴がカーテンごと転がり込んできた。


「撃て!撃て!」

銃口を向けようとしたが、相手は黒いカーテンを引き剥がし、回転しながら大きく振り回した。前列の赤帽子メンバーが銃を弾き飛ばされ尻餅をつく。数発の銃声が響いたが一発も当たった様子はなかった。

男は、裸の上半身に黒いカーテンを半分巻き付けて、マントのようにまとった。男の足元に魔方陣が光る。

「……氷結(フリーズ)

顔を伏せた男の口から低く漏れる詠唱が短縮句で締められる。冷気が広がり、周囲で構えられたモデルガンに、水晶のような氷の結晶が突き立った。

「ひゃぁっ」

「冷てぇっ!」

堪らず何人もが銃を取り落とした。

男は顔をあげて構え直した。

「素手でいこう」

突き出された男の腕で2重の腕輪が輝き、ミラータイプのシューティンググラスが青く光った。


突撃してきた青陣営の生徒達がバリケードを乗り越え、乱戦が始まった。

ジャグラー「わー、裸マントの怪人だ。いいな」

芹沢「兄貴、かっけぇ!」

御形「お前ら……」

木村 (黙ってカメラを構える)

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