プロパガンダ
"「ドジソン、川畑からの連絡が途切れた。風紀と合流したはずなんだが、そっちに何かいっていないか?」"
黐木は電子情報部の藤村を呼び出した。彼は今回、表の立場と平行して、電子情報部の特別顧問としても動いており、藤村と一緒に裏ネットでの情報展開をしていた。川畑とは開戦当初からずっと小まめに連絡を取り合っていたのだが、先程より全く返事が返ってこなくなったのだ。
"「あっちは俺達と違って動き回ってるんだ。戦闘中とかで返信できないタイミングはあるだろう。そもそもろくにキー入力できないはずのあいつのこれまでの通信量がおかしい」"
"「それはそうだが」"
言われてみれば、デスクトップで対応している自分と遜色のないどころか、下手をするとそれより速く、川畑はレポートや指示を飛ばしてきていた。状況や報告内容を考えると、移動中にも文章を入力しているとしか思えないが、方法はさっぱりわからなかった。
黐木が渋々納得しかけたところで、藤村から連絡が入った。
"「待て。今、木村から画像が来た。今、そちらでも見えるようにする」"
共有された画像を見て黐木は目を剥いた。
"「なんで召喚獣なんかがいるんだ!校内に呼び出していい代物じゃないぞ」"
画像には人の身長ほどの体高をした危険な魔法生物が映っていた。明文化はされていないが、常識的に考えて呪術系の危険魔術は明らかにレギュレーション違反である。
"「明文化されてないなら、ルールじゃないってスタンスなんじゃないか?」"
"「学生が校内で召喚獣呼び出すなんて、校則で想定して禁止条項書くやつはバカだ」"
"「道理だ」"
"「倫理や節度は己で律してこそ、ルールの隙間を突いて遊ぶのが"遊び"になるんじゃないか。それができないなら単なる犯罪だ」"
藤村の返事はいつもより半拍遅れて返ってきた。
"「やっぱり先輩が特別顧問で正解だ。俺、めったに他人を尊敬しないけど、今、尊敬した」"
黐木は言葉に詰まった。彼は自分の倫理感が、世間標準から考えるとそれほど誉められたものでもないという自覚があった。
"「とにかく。この現場の状況が知りたい。木村は何て言ってきてる」"
"「面白いから動画で撮ってる。中継放送するか?って」"
続けて送られた画像では、川畑があり得ない距離で化け物と対持していた。静止した画像を見ただけで、黐木は血の気が引いた。
"「川畑は無事なのか?被害者は?」"
"「今、動画も出す。なんか、御形先輩と二人ですげぇことしてるぞ」"
動画を見た黐木はすぐにそれを校内イントラネットで公開して拡散するように指示を出した。
"「こいつは確実に青陣営のモチベーションが上がる。広報目的で徹底的に煽って広めろ!邪法で危険な魔獣を召喚した海棠スオウを糾弾して、赤陣営の求心力を削げ」"
"「OK。橘が、悪のスオウVSみんなを守る正義ヒーローの風紀委員長の路線で盛るってはりきってる」"
"「海棠のイメージ画像は前回のエルドラクドの暴君の映像を使え。素材は持ってるだろう。もともとあちらがポスターやらなんやらで使ってるんだ。遠慮せず乗っからせてもらおう」"
"「こんな感じか?」"
送られてきたイメージ画像は、長いマント付きの大仰な衣装を着た海棠をローアングルから撮影したものに、角や尻尾を着けたモンスター軍団役の画像を合成したもので、実になんともコミックか特撮の悪役っぽいチープな絵面だった。
"「いいだろう。分かりやすい」"
黐木はドローンを現場に向かわせるよう竹本に連絡を入れた。
"「悪い。グリフォンは充電中だ。代わりにバタツキパン蝶を出す。小型の新型機だ。小回りは効く」"
"「そうか。それでいい。あと、川畑に絶対怪我人を出すなと伝えてくれ。ドローン画像は広報用の公開映像に使用する。怪獣退治だ。カッコいい映像で頼むぞ」"
"「了解」"
竹本はドローン操縦楊のヘッドセットを調整し、ニヤリと笑った。
「芹沢!これ見ろ。川畑さんだぞ」
安全第一のヘルメットを被った芹沢は、凄い勢いでクラスメイトの持つタブレットを覗き込んだ。
「すげぇ!川畑さん、カッケー!」
「こら、邪魔だ。もうちょっと下がれ」
「お前のヘルメットしか見えん」
周囲の文句もなんのその。芹沢は目をキラキラさせてタブレットの画像にかぶり付いた。
剛腕が振られると、青い光条が走った。
切り裂かれた黒い瘴気が散り、空き教室の廊下に面した窓に亀裂が入る。
飛びすざった獣が着地すると同時に、窓が一斉に割れて落下した。
落ちて砕けたガラス片が飛散する廊下を飛び越えて襲いかかってくる獣の前に青い魔方陣が出現する。
【竜巻】
力強い声と共にガラス片が舞い上がり、渦を巻いて獣を押し返す。
魔法の風の渦に巻き込まれて飛ばされた獣は、後方の他の獣にぶつかり倒れたが、その2頭とは別の獣が隣から大きく跳躍して、川畑に襲いかかった。
川畑は素早く身を沈めて獣の下に潜ると、手にしたチリトリを腹側から思い切り突き上げた。
廊下の天井に亀裂が入り、真っ二つに断ち割られた獣は、黒い瘴気の塊になった後、収束して1枚の布片を残して消えた。
「すげぇ!すげぇ!川畑さん、すげぇ!これどこ?ライブ?」
「共有棟北階段3階だって」
「俺、行ってくる!」
止める隙もあらばこそ。芹沢は緑色の旗を担いだまま、飛び出して行った。




