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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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ターゲット

淡い発光面が高速で閃き、光の軌跡がその場を両断した。

獣は甲高い絶叫を上げ、その体から黒い瘴気が盛大に吹き上がった。

「浅いか」

川畑は手首を返すと、馬鹿げた速度でその剣とは言えない剣を反転させて、薙ぎ払った。獣は身をよじって跳ね上がり、かろうじて2度目の攻撃が身体の中央を断つのを避けた。

質量と厚みのない結界面が獣の身体を削ぎ、廊下の手洗いを断ち割る。


「っぶねぇ!そんなもん振り回すな!」

御形はあわてて"刃"の届かないところまで飛び退いた。

「大丈夫。味方は透過する……たぶん」

スッパリ斬られたステンレス製の流しの端がゴトリと廊下に落ちた。

その場にいた川畑以外の全員が、自分の胴体に、そのきれいすぎる切断面ができるのはごめん被ると思った。

「被害者が出る前にさっさと止めをさせ!」

俺達のためにちゃんと言うべきことを言ってくれる御形さんって、なんて頼りになるんだろうと、周囲の生徒達は思った。


脚に絡んでいたホースの一部が切れたのか、獣は緩んだホースを食いちぎって拘束から逃れた。

小域(マイクロ)下降気流(ダウンバースト)

御形の高速短縮詠唱で、獣は先程より強く床に押し付けられた。体毛の間からふつふつと沸き上がるように滲み出ていた瘴気が、一時払われて獣の剛毛が背に張り付く。

「首のつけね、背の真ん中!」

「見えた」

川畑は、御形が指した位置の奥に、わずかに他の部位と魔法特性が異なる部分があるのを見つけた。

翻訳さんに視覚情報を補整させて、自分の視野では該当部分が赤く強調表示されるようにする。

手にしたチリトリの先に伸びる戸板サイズの結界面に沿って、自身の魔力を薄くまとわせて、本来の結界面には存在しない(エッジ)を強化。以前、ヴァレリアに造ってもらった高周波ブレードのイメージを再現して高速で微振動させる。

川畑は、飛びかかってこようとする獣に向かって、強く踏み込みながら、"刃"を突き立てた。


一拍の後、獣の全身が真っ黒に染まって膨れ上がった。川畑の腕を噛み千切ろうとしていた牙も、太い四肢も、何もかもが黒い瘴気になって形を失い、渦を巻いて急速に1点に収束する。

川畑の前に白い布切れがハラリと落ちた。


「伊吹先輩、なんかドロップしました」

「ゲームじゃない。おそらく召喚時に捧げられた品だ」

川畑は布を拾い上げた。

「ハンカチじゃないし、何の切れ端だ?」

「あれ?これ、俺のシャツの袖じゃねぇか?この袖口の染み、うっかりペンでつけちまった奴だ」

川畑の隣にやって来て、手元を覗き込んだ御形は、布切れを見て首をひねった。

「んん?俺のシャツを贄に召喚したなら、俺を狙って来そうなものだがな。むしろお前が狙われてなかったか?」

「え、そういうシステムなんですか?……伊吹先輩、半裸だからシャツの持ち主って認識されなかったとか」

「あー、なるほど?」

御形は自分の裸の胸や腹を見下ろした。そういえばさっき濡れてへばりつくのに苛立って、ぼろぼろになっていたのを、むしりとるように脱ぎ捨てた気がする。

「じゃぁ、お前、俺のシャツ着てたから狙われたのか」

「なんて迷惑な。返しますよ」

「こんなところで脱ぐなよ……」

「脱いでる人がなにいってるんですか。風紀委員長でしょう。その格好は不味いですって。俺は教室に戻ればポロがあるから、これ着てください」

川畑がタイとシャツを御形に差し出したとき、廊下の向こうから聞き覚えのある唸り声が聞こえた。

川畑と御形は顔を見合わせて、揃って顔をしかめた。

「そういえばさっきの布、シャツの袖にしては、量がなかったですね。小さく切られてましたよ」

「それに、俺が脱いだ方のシャツも見当たらないんだが……」

二人は嫌そうに共有棟に続く廊下の方を振り向いた。

ひと気がない薄暗い廊下の角から、巨大な影が()()現れた。




「Sプロの奴ら、バカじゃないのか!?」

「あいつらなに考えてこんなもの量産しやがったんだ」

「いいからシャツ引き取れ!」

「いらねぇ!その辺にうっちゃっとけ」

「また増える元になるからダメだ!」

川畑はシャツとネクタイを御形に押し付けて下がらせると、獣達の前に立ちふさがった。

「伊吹、廊下に転がってて動けない奴らを回収してくれ」

「そういうのはお前の仕事だろう」

御形はシャツを羽織りながら、川畑と並んで前に出ようとした。川畑は御形を片手で制して、口調を丁寧なものに戻した。

「人がいると剣がふるえません。伊吹先輩、後方から魔法援護お願いします。俺は高速短縮詠唱まだ習ってません」

「ちっ……風紀!要救助者確保手伝え!こいつが気にせずに暴れられる場所をあけてやれ」

「退避時間は稼ぎます」

御形は眉間にシワを寄せると、廊下の隅で震えながら転がっている生徒達を怒鳴り付けた。

「てめぇら、生き残りたきゃあ、這ってでも逃げろ!」

彼は手近な一人の首根っこをつかむと、やって来た風紀の部下に投げ渡した。


低い唸り声を上げて、こちらの様子をうかがっていた獣達は、大勢の人の動きをきっかけに、飛びかかろうとしてきた。

強風(ゲイル)

川畑の後ろから御形の声が響き、獣達の前に青い魔方陣が現れる。

強い風が連続して獣達に吹き付け、その脚を一瞬怯ませた。

「(なんだかんだ言って、有能な人なんだよな)」

川畑は心の中で御形を拝み、結界面が盾になるようにチリトリを構えると、風に逆らってこちらに向かってきた先頭の獣の鼻面に、その結界面を突き出した。




「御形さん、一般生徒の退避完了しました!」

「よし、川畑!おもいっきり行けぃ」

実のところ川畑にとっては死力を尽くして、というほどのことではなかったのだが、階段より後方から様子を見ていたもの達からすれば、怪獣大決戦でしかない戦闘が始まった。


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