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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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誤算

「すまんな。助かったよ」

「いや、この程度でよければいくらでも。それにしても、たいしたものですね。治癒系の術が使える人って尊敬します」

「プロみたいに確実に治せるわけじゃないけどな。君こそずいぶん器用だろう」

「そうですか?あ、そこの君、今の痛かっただろ。こっち来て」

「おっと……ほい、術式展開」

「どうぞ」

「よし。発動」

「はい、応急処置完了」

「あざーす!」


再び混戦に突っ込んでいく風紀の若いのの背を見送って、副長は次の怪我人を探した。

「消耗なしで術が使えるってのは楽だが、よくまぁ、他人の術式に横から魔力だけ供給できるな」

見つけた相手を無理やり取っ組み合いから引き剥がして、治癒術式を患部に展開すると、隣から魔力が勝手に供給されて術が発動した。

「魔方陣起動とたいして変わりません」

今は腕輪のせいで魔力の出力が標準化されて、個人の癖が消えてるから、パターンコードの変調の応用で結構簡単にいける等と説明されたが、それのどこが簡単なのかと、副長は苦笑した。


「無理に体内に入れるより、手元に出した方がそちらの負荷も少ないでしょう?」

「まぁな」

そこには同意する。他人からの魔力供給は相性にもよるが、受け入れる側の負担は大きい。


赤い腕輪の敵兵が一人、乱戦を抜けてこちらに襲いかかってきたが、敵の手が彼に届く前に、隣の川畑が一歩前に出て手を伸ばし、相手の腕輪の赤い光が消灯した。

「俺の護衛なんかしなくていいから、御形さんと一緒に戦ってこいよ」

「そちらの魔力が全回復したら行きます。あとちょっとなんで」

負担にならないようにと、さっきからずっと腕輪経由でじわじわチャージされている。ごつい男同士で、手をつないでいる様はあまり格好のいいものではなかった。

「自分の感覚的にはほぼ全快してるから、もういいぞ、……さっきから御形さんが時々ちらちらこっち見にくるときの目付きが怖い」

「別にサボってるわけではないし、あなたを治せって言ったのあの人なのになぁ」

その時、階上からひときわ大きな罵声と悲鳴が上がった。

川畑と副長は敵の攻撃をさばきながら、最前線の御形のところに駆けつけた。


3階では赤陣営の数人が、掃除道具入れのロッカーを階段にいる御形達に向かって投げ落とそうとしていた。

「バカ野郎!止めろ!」

御形の目の前を黒い影がふさいだ。

金属質の衝突音がして、ロッカーの中身が辺りに飛び散り、それぞれ派手な音をたてた。

「つまんねーことすんな!大怪我したらどうする」

御形は、彼の前に出てロッカーを受け止めた川畑を怒鳴り付けた。

「そしたら副長さんに治してもらいます」

「御待たせしました。ただいま復帰しました」

御形は自分を守るように立つ副長と川畑を黙って睨んだ。彼はさっきとっさにかばっていた周囲の数人の上から退くと、階上の敵に向かって説教した。

「てめぇら、いい歳してやっていいことの区別もつかねぇのか。人で一杯の階段にこんなもの投げんな」

「うるせぇ!黙れ」

今度はバケツの水がバケツごと御形に向かってぶちまけられた。

川畑はロッカーを踊り場に下ろしていたので、今度は庇うことができなかった。

激しい水音とバケツが階段を転がり落ちる音がした。

あたりが一瞬、静まった。


ずぶ濡れになった御形の、水が滴り落ちる前髪の間からのぞく目がギラリと光った。

彼の隣では副長が、額から右の目元を押さえてうずくまっていた。

御形は、濡れてべったりと張り付いたシャツを、煩わしそうに脱いで、床に叩きつけた。

「そこに直れ」

ブチキレた御形の突進を止めようと、階上の敵はホースによる放水に及んだ。


「火に油注いでる」

「かけてるの水だけどな」

「うえ。あのホース、トイレの備品か?」

「やべぇな。上の奴ら」

「油火災って、水かけると被害が拡大するんだっけ」

「巻き込まれるぞ。一度下がれ」

「濡れた階段は滑るから気を付けろ」


自身に治癒術式をかけながら、副長がその場をまとめる横を、川畑がかけ上がっていった。

その片手には、外したロッカーの扉があった。

「(あ、機動隊……)」

副長は霞む視界に映った人影から、なんとなく暴徒鎮圧に向かう特殊部隊の隊員を連想したが、あながち間違ってはいなかった。

「(一番暴れているのがうちの大将だってのが問題だけどなぁ)」

隊を立て直した副長が、支援に向かおうとした時、3階でまたひときわ甲高い悲鳴が上がった。




本陣がある共用棟に続く廊下の向こうから、悲鳴が聞こえ、北階段3階で防衛していた赤陣営のもの達は振り向いた。

廊下の角から現れたのは、体高が人の身長ほどもある巨大な四足獣だった。


「ば、化け物……」

獣の体からは醜悪な瘴気のような黒い何かがふつふつと立ちのぼっている。まるで悪夢から顕現したようなそいつの姿に、その場にいた生徒達はパニックを起こした。

算を乱して逃げようとする生徒達を無視して獣はまっすぐに己の獲物に向かった。


「なんだこりゃあ」

ホースを取り上げて、廊下の手荒いの蛇口を閉めていた御形は、現れた怪物に呆れた。

「どこのバカだ。こんなもの呼び出しやがったのは」

怪物は御形の姿を見て足を止めた。

何かを確かめるように低く唸りながら鼻をならす。

「伊吹先輩!」

川畑は、ロッカーの扉を盾のように構えて、御形の隣に駆け寄った。

獣の注意が川畑に向いた。

獣は牙を剥き出した。それはまるで食らうべき己の餌を見つけて笑みを浮かべたかのようだった。


呪われた召喚獣は、捧げられた供物と同じ臭いのするターゲット……川畑に向かって襲いかかった。

御形さん、丸洗い済のため判定エラー

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