チャージ
「敵陣内で術式展開反応を観測。大規模魔術攻撃来ます!」
「下がれ、下がれ、下がれ!!」
「対魔術防御!ショックに備えろ」
魔術専攻クラスの優秀者がぶつかり合う共用棟の北階段の攻防は熾烈を極めていた。Sプロと風紀もここに主力を投入しており、魔力と体力によるかなり暴力的な応酬がなされていた。
「御形さん!」
「すまん、不覚とった」
「一旦、下がってください!」
「平気だ。気合いで弾いた。消灯はしとらん」
「魔力切れ起こしてるでしょ!俺じゃ治しきれません!さっさと下がって、そこいらの消灯者をメディックのところまで連れて行って下さい」
治療系の術の使いすぎで、自身も魔力切れを起こしかけて青い顔をした副長に怒鳴られて、御形はしぶしぶ後退した。
「……俺の留守中に無茶すんなよ」
「るせえ!あんたの獲物は残しときますから、さっさと治して戻ってきてください」
口を引き結んで、御形は最前線を離れた。
消灯者2名を支えながら、階段を半分降りたところで、御形はふらついた。
「っ!」
「大丈夫ですか?」
肩を貸していた仲間ごと、階段から落ちそうになった御形は、階下から上がってきた男に支えられた。
「川畑か!?」
「遅くなりました」
「まったくだ」
川畑は両側の消灯者を点灯させながら、ぼろぼろの御形の様子を見た。
「ずいぶんワイルドなことになってますね」
今朝、せっかくセットした髪はボサボサに戻り、シャツは片袖が千切れてなくなり、ネクタイは外されて右手に巻き付けられていた。
「ジャージにしときゃ良かったよ」
ニヤリとした御形の顔色がかなり悪いことに、川畑は気づいた。
「伊吹先輩。どこか怪我を?」
「なんでもない。魔力切れになりかけてるだけだ。気合いと根性でなんとかできる。おい、お前ら。前線に戻るぞ」
「御形さん、無理しないでください」
「俺達復帰しますから、御形さんは味方教室に戻って休んでください」
御形は、風紀の部下の言葉に不満そうに反論しようとしたが、実のところ立っているのがやっとで、今、川畑に手を離されたら、階段を落ちかねなかった。
どうやらさっきの攻撃を防ぐのに、無駄に魔力を使いすぎたらしい。
自核の光は弱々しく、体がふらついて力が入らなかった。
「ちっ」
御形は自分のふがいなさに舌打ちした。
「魔力足らなくて調子悪いなら、俺の分けますよ」
「は?」
なんのことかと聞きかえそうとしたとたんに、猛烈な力の奔流が御形を呑み込んだ。
「が…はっ」
「あ、すいません。一気に入れすぎました」
痛いとか苦しいとか気持ち悪いとか、そういう感覚を持つ余裕がない暴力的な衝撃が全身を揺さぶった。
御形は一瞬、目の前が真っ白になって、意識が飛んだ。
「バカ野郎!!なんてことしやがる!」
御形は川畑の胸ぐらを掴んで、怒鳴った。
「良かった。元気になりましたね」
「良くねぇよ!全身バラバラになったかと思ったわ!」
「飛びかけたところは再構築したから大丈夫ですよ」
嫌な冗談の返し方をするなと怒りながら、御形は川畑の手を振り払って、階段を上った。
「ほら、なにぼさっとしている。さっさと来い!」
御形は完全復活している自分の体調に苛立ちながら、川畑を手招きした。
「そういうことまでできるなら、うちの副長をチャージしろ」
ただし、出力は100分の1以下に押さえろよと念を押しながら、御形は川畑に魔力委譲はいかにデリケートに行うべき行為か説教した。
「北階段の敵が勢いを増しました」
「なに?フル詠唱の大型術式でかなりダメージを与えたんじゃなかったのか?」
Sプロ本部で冬青シュウは、細い眉をひそめて、銀縁眼鏡を押し上げた。
「一時的には大人しくなったんですが、予想外に早く復活してきまして。御形なんかは開戦当初より元気に暴れまくっているそうです」
「化け物か」
顔をしかめた眼鏡参謀の隣で、海棠スオウは面白そうに笑った。
「奴らしい話だ。あいつはこういう戦ごっこが大好きだからな。相当張り切っているんだろう」
「笑い事じゃないぞ。とりあえず波状攻撃で攻め立てろ。奴らに休む暇を与えるな。御形はもっても、他はそうじゃないだろう。人数的にはこちらが有利なんだ。Sプロメンバーや魔術が得意な奴を消耗させる必要はない。一般生徒の特攻で構わん」
「はい」
「御形を封じる策はある。もう手を打ってあるから、今少し時間を稼げ」
「わかりました」
退室するスタッフを見送って、スオウはシュウに目を移した。
「策というのは、あれか?」
「そうだ」
シュウはSプロで占拠している一室で、スタッフに書かせている召喚術式の魔方陣を思い、ほの暗い笑みを浮かべた。
「番犬の親分に、地獄の犬をけしかけてやる」
「どうやって御形をターゲットに指定する気だ?私物は手に入らんだろう。奴のクラスは青陣営だし、寮は戦闘区域外で、校外との行き来は結界で封じられている」
「召喚時に捧げる供物なら入手済みだ」
シュウはビニール袋に入れられた布切れをスオウに見せた。
「なんだこれは?」
「御形のシャツの袖だ。召喚された魔犬はこの供物の持ち主の臭いをたどってどこまでも追い詰める。……地獄の涯までな」
スオウは本来なら高校生が学校で、生徒相手に使う類いのものではない術に対して、少し嫌悪感を感じたようだが、親友を止めようとはしなかった。
「せいぜい犬同士仲良く遊べばいい。主力を欠いて、風紀メンバーが脱落したタイミングで、一気に生徒会室に攻勢をかける」
冬青シュウは立ち上がって、召喚魔方陣を書かせている部屋に向かった。




