そは他者の光なれど今は我を照す
高等部棟3階以外を一通りぐるっと回ったところで、川畑は自分のクラスに戻ってきた。
「ただいま」
「お_お帰りなさい」
川畑の声にパッと顔を上げた山桜桃の自核と腕輪の青い光が一瞬強くなった。
「あ、痛っ」
「ああっ、ごめんなさいっ」
回復処置中だった相手が悲鳴をあげる。
川畑は大股に数歩で二人に近づくと、山桜桃の椅子の後ろからかがみ込んで彼女の手に自分の手を重ねた。
「大丈夫、落ち着いて。……2Cの人?」
「はい」
「他クラスの回復を試してたんだけど、魔力操作が難しくて……」
川畑の手に動揺する心中を反映するように、山桜桃の自核と腕輪の光は不規則に揺らいだ。
「杏、サポートする。一緒にやってみよう」
「う…うん」
「指先や手の表面だけじゃなくて、もっと深い位置で魔力を変調してごらん。その方が安定する」
「でも、自分のなかに異物がある感じになるんじゃない?なんだか怖い」
「平気だよ。ほら、俺の魔力が入っても大丈夫だろう?」
「ひゃ……ぁ……キツ…」
「力抜いて。痛くはないよね?もう少し奥まで入れるよ……この辺り、どう?」
「あ……ぅ…ん……」
背後から抱え込むように身を屈めて、なにやら怪しげなことを彼女にささやいている川畑を、教室にいたメンバーのうち、良識ある大半はそっと見ないふりをし、好奇心に忠実な一部はガン見した。
「変調させるよ。感覚を覚えて。慣れたら自分で動かしてみてごらん」
「……ん……んん」
山桜桃の自核と腕輪の光は彼女の荒い呼吸にあわせて明滅した。
「これだと苦しいか?構成簡略化してコード変えてみよう。一度、全体を調整させてくれ」
光が一度消え、明るい緑色に輝いてから、綺麗な青色の安定した発光に落ち着いた。
「これでどう?」
目の焦点が戻ってきた山桜桃は呼吸を整えながら、なんとかうなずいた。
山桜桃が川畑と重ねたままの手で、2Cの生徒の自核にそっと触れると、消えていた核に青い光が灯った。
「えっ?早っ!?てか、ホントに治るんだ」
山桜桃の前で居心地悪そうにしていた2Cの生徒は、ほぼ一瞬で回復した明かりを見て驚いた。
「なんで?」
「術式解析してクラス共通のコードを割り出した。あとはプロセスの効率化を少ししている。でも回復が速かったのは二人がかりでやったせいだろう。……杏は出力の制御に不馴れなだけで、構築と維持は上手いよな。同期しててすごくやり易い」
「そ、そんな……私、お任せでその通りしてるだけで……」
「今、もう完全に俺の魔力を自動で取り込んで変調してるもんな」
山桜桃は無意識に自分が川畑の手を両手で握って抱え込んでいるのに気がついて赤面した。
川畑は「どんどん吸いとっていいぞ。相性いいみたいだし」と小声で言ってから、周りの生徒に声をかけた。
「他に回復が必要な人いるか?今のうちにさっさと治しておこう」
手早く消灯者を回復させると、川畑は他クラスから来ていた生徒に余っていた青い布を渡した。
「これを手首とか分かりやすいところに着けておいてくれ。廊下で消灯しているところを見かけたらすぐ直すから。目印がないと消灯者はどっち陣営かわからん」
「おう。なるほど。戻ってクラスのやつらにつけさせるよ」
「1年のACDEにも配ってくれ。1Jと中等部は俺があとで行く」
「OK。じゃあな」
2Cの男子生徒が出ていくのと入れ違いに、騒がしいのが入ってきた。
「兄貴いいいっ!ここですかぁっ!!」
駆け込んできたのは、中等部2Eのお調子者だった。
「川畑、お前の弟じゃないよな?」
竹本は、ドローンを充電器に接続しながら、のんきにからかった。
「なんだ、お前。教室で大人しくしてろって言っただろう」
「不肖、芹沢。緑十字軍代表として、兄貴のお手伝いに参りました。同行させてください」
"安全第一"とかかれたヘルメットを被った中2男子は、どこ式かよく分からない敬礼をした。
「緑十字軍って……確かに緑十字ついてるけど、お前それどこから持ってきたんだ」
「はい!実習棟の改修工事のおじさんがビジター用のを貸してくれました」
「実習棟は戦闘区域外だろう?ヘルメットもらいにわざわざ行ったのか?」
「いえ、実習棟には……」
「芹沢!!お前、一人で先行くなよ!」
「俺達お前ほど自由に動けねーんだよ」
「おい、旦那~。なんか愉快なのがいたから連れてきたぞ~」
ジャグリング部の男と一緒にやって来たのは、芹沢と名乗ったお調子者と同じように、安全第一ヘルメットを被った中学生数名だった。
「ほら、実習棟からあれを取ってきたんですよ」
芹沢は仲間が持ってきた簡易担架を指差した。
「あれ?ストレッチャーは?」
「さすがにここの手前のバリケードで止められたよ」
「そんなものまで持ち出したのか」
「はい。こういうのがあれば非力な僕らでも、消灯者救護ができます!」
川畑は先日自分が実習棟で倒れたときにお世話になった折り畳み式の非常用ストレッチャーを思い出した。確かにあれなら中学生でも十分に人が運べるだろう。
「バカは無駄に行動力があるな」
「任せてください!お役に立ちますよ」
川畑は呆れたが、ふと気になって芹沢の仲間の様子を確認した。
「このバカはともかく、お前たち、負荷軽減したとはいえ消灯状態も同然だから、廊下やここの教室だとつらいだろう」
「いえ、先輩のお陰でかなり楽になっているので、これぐらいならなんとかなります」
川畑は眉根を寄せた。
「芹沢」
「はい!」
「お前、自分のやりたいことに突き進むときに、身内を犠牲にするのは良くないぞ」
川畑のこの発言を聞いたら「お前が言うかっ」と叫びそうな関係者は何人もいたが、幸いこの場には一人もいなかった。
「しょうがない。お前ら手を出せ。擬似点灯してやる」
「あ!つけてくれるなら、芹沢みたいな色にしてください!」
「お願いします」
「あいつ、一人だけ緑だからって威張るんです」
「ああん?」
川畑が視線を向けると、芹沢は晴れ晴れとした顔で、緑色に光る核が浮かぶ胸を張った。
「これは安全と安心のカラーです。俺は戦闘に参加しないが活動する意思を示すこの色を誇りに思ってます」
川畑は単に供給した自分の魔力の地色が出ちゃっただけの光を見て複雑な顔ををした。
「お願いします!あいつリーダー面してウザいんで黙らせたいから僕らも同じカラーにしてください」
「よろしくお願いします」
渋る川畑の肘を、山桜桃がそっとつついた。
「川畑くん、あの子達、元赤陣営?緑色に発光させて行動制限キャンセルさせるのって、どうやるの?……教えて」
「……お前ら、もうちょっとこっちに来い」
芹沢の仲間達は大喜びで1列に並んだ。
「あなた、中2Eのメディックなのね。中等部に戻ったら、2Dのメディックに私の妹がいるから、これを渡して。カリンには伝えておくわ。すぐに緑発光の術式を一般化してあの子に送っておくから、あなたはあの子から手順を教わって。魔術用語を使わない教え方はあの子のが上手だと思う。そうしたら、あなたもお友だちを緑色の光で回復できるわよ」
2Eのメディックは、女王から密書を受け取ったかのような真剣な面持ちで、山桜桃の手書きの魔方陣のメモをポケットにしまった。
「このご恩は必ず」
どこの影響かわからない変な礼をして、彼は走り去った。
「あっ、バカ。一人で行くな」
「担架運ぶの手伝え」
「先輩アザっした!」
騒がしく出ていく愉快な仲間達の最後にいた芹沢に、川畑は声をかけた。
「芹沢!これ持ってけ」
芹沢は受け取ったものを見てハッとした。
「兄貴!?これは!」
「安全と安心の旗頭、お前がやるんだろ?好きに使え」
芹沢は緑色の旗を広げて、感に堪えない様子でぐっと奥歯を噛み締めた。
「了解しました!」
大きな声で返事をすると、芹沢はカッコいいけれど様式は行方不明な礼をして、退室していった。
「バカっておもしれーなー」
「悪いけどしばらく様子見ててやってくれ。危なっかしい」
「へいへい。それで旦那は?」
「サボりすぎているんで、そろそろ本業で動く」
ひょろりとした体型の悪役趣味の大道芸人は、肩を1つすくめて、するりと教室からでて行った。




