グリーンジャイアント
「戸を開けて!お願い、迎えに行かせて!早く助けないと」
「ダメだ!この向こうは敵だらけだ」
「だって私達、親友なのよ!見捨てられない」
「諦めろ。向こう側にもう生きている味方はいない」
女子生徒はわっと泣き崩れた。
「もう嫌だ……限界だよ。降伏しよう」
「なにいってるんだ!まだまだこれからだろう」
「だって、この後、俺達になにができるって言うんだよ。怯えて教室に籠っているだけなら、もう降伏して楽になっちゃえばいいじゃないか」
「まだだ。もう少し頑張ろう。教室の防衛ならこの人数でもなんとかなる。ここにいれば安全なんだから」
「私、友達を見捨てて、自分だけ安全なところにいるなんて嫌!」
止めようとするクラスメイトを振り切って、女子生徒が戸の鍵を開けようとしたところで、突然、廊下から爆発音と悲鳴が響いた。
鍵がなぜか向こう側から開けられて、モップをつっかえ棒にしてある戸がガタガタと鳴った。
「ひっ」
怯えて後ずさった彼女の目の前で、モップをつっかえていない方の戸が開いて、大量の白煙と共に恐ろしく背の高い2人が入ってきた。
「悪い、遅くなった。救援に来たぞ」
完全に恐怖映画のリアクションで出迎えられた川畑の隣で、ジャグリング部の男は「悪役ゴッコ大好きな俺としてはナイスなシチュエーション」と呟いた。
「応急処置ですまん。これでもうしばらく頑張ってくれ」
「すみません。ありがとうございます」
廊下にいた消灯者を運び込み、級核に結界を張らせた川畑は、魔方陣用紙をクラス委員に渡した。
「これ、予備の結界な。運動場側からの侵入者も警戒しろよ」
「はい」
「最新状況は通信係の君がみんなに伝えてくれ」
「わかりました」
放送委員は、教えられた青陣営専用ページにアクセスして、そのやたらに趣味的で"それっぽい"デザインに困惑しながらうなずいた。
「困ったことがあったら、そこのメッセージ欄で相談しろ。勝敗と関係ないことでもいい。大丈夫。君達は孤立していない。俺達は皆の安全と無事を願っている。連絡事項を見逃すな」
「はい!」
いい返事に、川畑は少し微笑んでうなずいた。
「よし。ここは大丈夫だ。次に行こう」
「へいへい」
ごつい大男とひょろりとした連れの二人組は、巨体に似合わぬ身軽さで運動場側の窓から外に出ていった。
「中等部1、2年の孤立していたクラスが立て直したようだ」
「良かった。怪我や体調不良の連絡は?」
「1件あったが、対処済みだ。連絡網に繋がったから、この後、何かあってもすぐ対応できると思う」
生徒会長神納木シズカはほっと息をついた。
「そういえば、例の回復方法の件はその後どう?」
「コードのサンプルデータは連絡済み、解析結果をもとに、高2Bと中2Dのメディックで試験運用中。ある程度の素養があれば魔力変調による他クラスメンバー回復は可能だそうだ」
「魔力変調って、中等部でそんなことをできる子がいたの?」
「高2Bの子の妹だそうだ。お姉さんに教わりながらなんとかやったらしい」
「凄いわね。将来有望だわ」
「その姉の方が協力して、今、手法の簡略化が進められている。これができたら、陣営内に情報展開する」
「助かるわ。それができれば救援で遠征したメンバーが回復可能になるもの」
「確かに青巾兵並みの機動力が発揮できれば、戦力の運用はかなり楽になる」
「青巾兵?」
聞きなれない単語にシズカは首をかしげた。
「高2Bの精鋭外回り部隊だ。青い布を巻いているからそう呼ばれてる。混戦中に消灯しても即座に同行するメディックが回復させるんで、ほぼ不死身部隊らしい」
「それは頼もしいわ……でも、そういうネーミングって、誰がしてるのかしら」
電子情報部の藤村が楽しそうに命名していた事実はそっと伏せて、副会長は別の話題をふった。
「そういえば、緑の巨人なんていうのの噂も流れているぞ」
「あ、見ましたそれ!青陣営の裏ネットじゃなくて、校内の一般掲示板で書き込まれてましたよね」
「一体なんなの?」
「なんか膠着した戦場に現れて、強制的に一時停戦させて、要救助者を敵味方かまわずに救助して回ってるらしいですよ。緑色の旗を持ってるらしいです。感謝の声とか書き込まれてますよ。ほら」
見てみると、確かに感謝の言葉が並んでいる。
"助けてくれてありがとう"
"まさに地獄に仏です"
"もうダメかと思いましたが、お陰で間に合いました"
"悩んでいた頭痛が解消されました"
"本当に体が軽くなり、楽になりました"
"人間関係のトラブルに悩まなくて良くなりました"
「……なんだか、よく分からない感謝が入っているわね」
「この通販の"お客様の声"みたいなの、なんなんでしょうね?」
「口止めでもされているのか、具体的にどうやって助けられているのかはあげられていないが、特に級核が落ちたクラスで独自に何かやっているらしい。口コミで奴に助けを求める声が上がっていて、実際、その声に応じて助けにいっているらしい」
「困った人ね……やっている人助け自体は反対するようなことではないんだけど」
シズカは感謝以外の言葉も並ぶ画面を眺めた。
"緑巨人には逆らうな"
"超怖い"
"トラウマもの。夢に出そう"
"なにがなんだかわからないうちにやられた"
"逆らわなければ無害(逆らったときには……)"
"大巨人怒る。を目にしてはいけない"
"あれ、まだ怒ってないらしいです"
"ガクブル"
"俺が奴を倒す!……そう思っていた時期が私にもありました"
"お前ら、説得1回目で言うこと聞けよ。説得(物理)はヤバい。説得(魔法)はもっとヤバい"
この巨人さん、時々手段が間違っているんじゃないかしら?と、生徒会長はため息をついた
「ありがとうございました。お陰で助かりました。廊下で倒れているの地味に辛かったんです」
「申し訳ありません。お時間いただいちゃって……僕ら、青陣営じゃないのに」
「いいさ。伊吹先輩から後輩の面倒はよくみろって言われてるから」
「そうなのか?」
大男の隣のひょろりとした連れが、意外そうに尋ねた。
「あの人あれでけっこう世話焼きで面倒見いいんだよ。頼めば親身に協力してくれるし。俺なんか世話になりっぱなしだ」
伊吹というのが、鬼の風紀委員長のファーストネームだと一同が気づいた時には、大男はひょろりとした連れと一緒に、教室から去っていた。
「そうか。あの人、風紀委員長の後輩なのか」
「そういえば、今朝、一緒にいるの見た」
「うん。なんか並んで立ってた」
「僕、怖いから下向いて急いで通りすぎようとしたら、おはようって声かけられた。ちゃんと顔見てなかったけど、多分あの人だ」
「なんか……親切ないい人だったよね」
「高2だよね。次期風紀委員長かなぁ?」
「そうじゃないか?あ、でもリコール成立して御形さん辞めさせられたら、義理立てしてやらなさそう」
「仲良さそうだし、そうかも」
一同は顔を見合わせた。
なんとなく雰囲気で、赤陣営についたが、ちょっと早計だった気がしていた。
「ねぇ、掲示板に緑巨人さんありがとうって書いたら、中2のE組の人からこんなメッセージ来たんだけど……」
"君も緑十字軍に入らないか?同志募集中"
中2臭が香ばしいタイトルに、一同は困惑したが、詳細はなかなか興味深い話だった。




