緑のお兄さんは非戦闘職
「よう、旦那。お使いは済ませたぞ」
ひょろりとしたジャグリング部の男は、するりと2Dの教室に入って来ると、川畑の隣にやってきた。
「お疲れさん。階段封じてくれたお陰で、ずいぶん助かった」
「スーパーサイエンス部のアレの扱いは慣れてるからな」
彼は紙袋を差し出した。
「お土産。下でお前の居場所聞いたら、持っていってくれって言われた。インスタント結界発生用紙だとさ」
紙袋の中には、クリアファイルに挟まれた魔方陣練習用紙の束が入っていた。
「お、ありがたい」
川畑は用紙を1枚取り出すと、表面の保護シートを剥がして、このクラスの級核の真下に置いた。
「おい、そこの君」
川畑は少し離れたところからこちらの様子を見ていた男子中学生を呼んだ。腰の引けた彼は、助けを求めて左右を見たが、周囲は皆「お前、行けよ」のプレッシャーをかけてくるだけだった。
頼みを断る勇気もなくて恐る恐るやって来た彼に、川畑は用紙を指差した。
「この紙の右下の赤い丸を押してくれないか」
「な、なんだそれ?うちの級核をどうする気だ」
「魔術で防御結界を張るだけだ」
「魔術なんて僕は使えないぞ」
ビビりまくっているのが丸わかりの声で、彼は床に置かれた用紙から離れようとした。
「大丈夫。今は腕輪のせいで、手に薄く魔力が張られていから、起動なら訓練してない人でもできる。普通に人差し指で軽く押す感じでいい」
「なんで僕にやらすんだよ」
彼が泣き言をいいながら、赤い丸を押すと、用紙の中央に書かれた魔方陣が光り、円筒形の輝きが2mほど立ち上がって級核を囲んだ。
「うわっ」
あわてて手を引っ込めた男子生徒は尻餅をついた。
「へー、インスタント防御結界ってそういうことか」
用紙を持ってきた本人は、術が発動したところは知らなかったらしく、物珍しそうに結界面をつついた。
それを見て発動させた方の中学生も、結界面らしき部分を触ろうとしたが、彼の方の手は何の抵抗もなくすり抜けた。
「防御結界って……なにも防がれてないじゃないか」
文句を言った彼の目の前で、川畑は机の上にあった消しゴムを手に取り、結界面に向かって投げた。
消しゴムは結界に弾かれて落ちた。
「お前は術の発動者だから妨げられないんだ。この用紙の移動も、術の解除もお前の魔力で認証がいる」
「ええと……認証?」
「魔方陣を触るだけだ。解除は手で紙を破けばいい」
要するにお前がこの組の級核防衛のキーマンになったってことだと説明されて、彼は目を白黒させた。
川畑は追加で数枚の用紙を取り出した。
「こっちも渡しておく。それと同じように使えるが、これの結界面は、魔方陣の上に引かれた線に沿って平面で発生する。畳1枚ぐらいの大きさかな。保護シートを剥がしたら、発動させるまで魔方陣には触るなよ。汚れると使えなくなるから」
男子生徒は爆発物を扱うような手つきで、魔方陣の書かれた用紙を受け取った。
「じゃあ、これ配りに行こう」
川畑はジャグリング部に声をかけた。
「ここの用事はもういいのか?」
「ああ。一通り全員回復させたし」
「その子は?」
川畑は隣でぐったりしているカリンをちらりと見て、ばつが悪そうな顔をした。
「あー、少しバテちゃったらしい」
川畑はカリンの背中を、軽くポンポンと叩いた。
「ちょっと休んでていいよ。起き上がれるようになったら、さっき教えたこと復習しておいてくれ。また連絡する」
川畑は立ち上がると「行こうか」と言った。
ジャグリング部はひとつ肩をすくめて、川畑と一緒に教室を出た。
廊下で戦闘中の中学生達は、緑色の旗を持った川畑を見ると、ギクリとして動きを止めた。
「いいぞ。続けて。俺は攻撃しない」
川畑達と距離を取りながらギクシャクと戦闘を再開した中学生を避けながら、階段に向かった二人に、その先の教室から声がかかった。
「緑のお兄さん!」
「俺か?」
「ちょっと来てください。お願いします」
声をかけてきたのは、中学2Eの生徒達だった。
「こんなこと頼めた義理じゃないんですけど、お願いします。助けてください」
「僕らの組、メディック二人も級核もやられちゃって、全員、消灯してるんです」
「廊下から回収してもらって、皆一応、教室内で動けるようにはなったんですけど、やっぱりずーっとダルい感じが続いてて……」
「廊下に出るとさらに行動制限がキツくて、弱い奴はトイレまで行けないんだ」
「すぐ隣なのに……」
2Eの生徒は悔しそうにうつむいた。
「それはツラいな」
川畑は痛ましそうに彼らの話にうなずくと、「何とかしよう」と受け合った。
「級核の状態を見せてもらっていいか?」
「どうぞ」
川畑は消灯して透明になった級核を観察しながらなにやらぶつぶつ呟いていたが、ほどなく2Eの生徒達の方に振り向いた。
「今、検証中の裏技を使えばなんとかなるかもしれない」
「やった!」
「ただし……」
川畑は喜ぶ一同に、赤陣営への復活方法はわからないと伝えた。
「それでもいいです。もともと僕らそんなに熱心な革命派じゃないし」
「先輩、ワイルドハントの時に屋上で無双した人ですよね?俺、先輩が青陣営なら青のがいいです」
目をキラキラさせてそんなことを言う中学生に、川畑は困った顔をした。
「ゲームっぽい形式にはなっているがこれは信任決議だから、生徒会長と風紀委員長がどんな人かで決めてもらいたいところだが……」
「それなら僕らは現状で特に不満ないです」
「規則が厳しくなるのは嫌だけど」
「それはデマだから気にしなくていい」
2Eの生徒達は少しほっとした表情になった。川畑は彼らの顔を見回して、中に顔色の悪い子が何人かいるのに気がついた。
「まぁ、陣営の話はともかく、まずは体への負荷をなんとかするか」
川畑は体調が悪そうな数名の近くに行った。
「裏技でいいなら多少は楽にしてやれると思う。それでもいいか?」
先ほどの男子が川畑の隣に来て頭を下げた。
「はい!それでお願いします」
「お前は元気だろ……」
「いやいや、苦しいです。あー、ツラいなー。なんとかしてください」
川畑は呆れたが、実験台にはちょうどいいかと思い直して、彼の自核に干渉した。
術式の一部を書き換えられて、自核と腕輪がほんのりと光った。
「え?なにこれ?すげぇ!めっちゃ楽になった」
「行動制限を軽減して、無駄な消耗をカットした。ダミーコードで一時的に存在しない所属に書き換えてるから戦闘に参加はできないぞ」
「おーっ、すげぇ。なんかオリジナルカラーでカッコいい」
彼は自分の核や腕輪の光が、青みがかった緑色なのを見てはしゃいだ。
「あれ?確かに発色がおかしいな。修正しないと」
「いやいや、俺はこれでいいです。それより皆を早く」
「そうか。じゃぁ、悪いがお前の修正は後でな。他に希望者は?変な発光はしないように影響範囲を抑えるから」
二の足を踏んでいた生徒達は、「すげぇ」を連呼するお調子者を見て、次々と申し出た。
「おいおい、ほぼ全員じゃないか。兄貴にそんなに時間とらせるわけにいかないだろ!どう考えても青陣営の主戦力をやっていないとまずい人だぞ」
「ずるいぞ!お前だけ楽になりやがって」
「そもそもお前が赤陣営がいいって強烈に主張したんだろ」
「だって、兄貴が青側だなんて思わなかったんだから、仕方がないだろ」
川畑は役に立たない口論を止めた。
「さすがにこの人数に個別の対応をしている時間はないが、級核ごとでいいなら全員に応急処置はできる。反対の者がいればやらない。体調が悪い奴は保健室に連れていってやる。どうする?」
2Eの生徒は級核ごと全員が応急処置を受けることを選んだ。




