連絡可能なれど野放し
生徒会長の神納木シズカは、副会長に声をかけた。
「要くん、状況はいかが?」
「高校棟2階はほぼ勢力下に置いた。2Aは予定通り封じ込めに成功。バリケードと防御結界で教室防衛に専念し始めたそうだ」
「2年の魔術専攻組の優秀どころが他に流れないのはありがたいわ」
「2Fが立て直した。東渡り階段付近まででばって、生徒会室の防衛に協力してもらう。2Cは西側の渡り階段の防衛と2A封じ込めに別れてもらって、2Bの半数は1年の援護に回してる。1年は1Jが苦戦してるが、全体としてはほぼ優勢で推移できるだろう」
「職員室脇の東階段は使用禁止とはいえ、1Jを見捨てるわけにはいかないわねぇ。ここの防衛から少し回した方がいいかしら」
「いや、これ以上防衛を手薄にしない方がいい。1Jに風紀を少し回せないか御形に聞いてみよう」
「3階はどう?」
「3A、3Bの攻撃魔術が飛び交って、3階西側は地獄絵図だ。3Eから東は比較的ましだが混戦模様。東西両渡り階段とも3階以上は白煙が充満していて、3階はほぼ孤立した別戦場になってる」
「白煙?火災ではないですよね?」
「ああ。気にしなくていい」
うちの裏工作班の煙幕弾だとは告げずに、副会長は生徒会室内のモニタに、校内の勢力分布図を表示した。
「2A、3Aの隣の共用棟北階段の様子は分かるかしら?」
「1階は1Aが押さえてるが、今のところそこからの侵攻はないそうだ。ただ、共用棟3階の敵本陣から2A、3Aへの増援はあると見て間違いないだろう。偵察、追加で出そうか?」
「いいえ。御形くんが今、その辺りにいるでしょう?彼に任せるわ」
副会長は通信文を高速で打ち込みながら、
「中等部2階3階は、渡り廊下の出入口付近を挟んで睨みあっている形だ。攻めあぐねて膠着ぎみらしい。1階は中等部1Aが危ない。1Aを押さえておけると、南西の非常階段からのルートで共用棟のSプロ陣営に裏側からアタックするときに背後を気にしなくて済むから、高1のD、Eあたりから増援を送ろうとしているが共用棟1階、2階が立ち入り禁止で、中1のB~Eが赤陣営だから1Aにたどり着けないって言ってきてる」
「中庭を通り抜けて、技術室の裏から入ってくださいって言ってあげて」
「そりゃそうだ……なに?靴が昇降口?気にするな。上履きのまま行け」
「なんと言うか……時々びっくりするほど育ちのいい子がいますね、ここの学校」
神納木生徒会長は、頬に手をあてて、やや困ったように小首をかしげた。
「君はそれこそ育ちのいいお嬢様筆頭じゃないか」
「あら、要くん。私はこれでけっこうお行儀が悪いこともするんですよ」
「知ってる」
「そうですね」
シズカは嬉しそうにおっとりと微笑んだ。
「会長!魔術解析組から新しい応用方法の連絡が来ました。クラスメディックが別クラスのメンバーを回復できる裏技だそうです」
「再現性検証後、情報展開。3Bは余裕ないわね。2Bに検証できそうか聞いてみてください」
「すでに検証中。級核ごとの魔力変調コードがあるらしいんですが、それの規則性がわかれば効率が上がるそうです。サンプルデータが欲しいって言ってますがどうしましょう」
「会長。川畑にやらせます。あいつも魔術専攻クラスだし、今一番自由に動ける立場だ」
「彼、今どこにいるの?」
「俺は現在、2階西渡り廊下だ。サンプル収集の件は承知した。解析に必要な詳細を送ってくれ」
川畑は送られてきたデータを、視野外の別ウィンドウに表示して確認しながら、中等部に向かった。
山桜桃カリンは冷たい廊下に横たわっていた。消灯による行動制限で、全身が重く力が入らない。
戦闘は膠着状態で、隣のクラスが陥落した後、その一クラス分を隔てて両陣営がにらみ合いをしていた。
双方の急拵えのバリケードの間には、カリンも含めて多数の消灯者が救助の宛もなく取り残されていた。
「(もうやだ。誰でもいいから早く助けに来て)」
変な姿勢で倒れたうえに、他の人の足が乗っているせいで、両足がしびれてきた。カリンは来るはずのない助けを求めて視線をさ迷わせた。
不意に、2Dのバリケードと2Fのバリケードのど真ん中に、渡り廊下から高等部の生徒らしき大男が入ってきた。
ざわつく両陣営に向かって男はよく通る低い声で一時停戦を要請した。
「両陣営の要救護者の回収のために限定的停戦を提案する」
彼は緑色の旗を振りながら叫んだ。
「このままだとこいつらトイレにもいけないぞ」
廊下に倒れていた消灯者達は、その最悪の未来を想像してゾッとした。
「停戦!停戦してくれ」
「頼む。俺、実はさっきからけっこう……」
「やめろ!あと少しだ。耐えろ!」
騒然とした廊下に、赤陣営から声がとんだ。
「騙されるな!そいつ生徒会か風紀の奴だ!今朝、風紀委員長と並んで校舎前に立ってたの見たぞ」
川畑は緑色の旗を持ったまま、廊下の中央で赤陣営に向かってまっすぐ立った。
「確かに俺は立場上は青の救護者だ。だが、陣営よりも人道を優先すべきシチュエーションがあると思っている」
「誰が信じるか!そんなもん」
「一時停戦がならないなら、俺は実力行使に移る」
「それが本音だろ!!」
「やっちまえ!」
バリケードを乗り越えて襲いかかってくる中学生を見ながら、川畑は静かに緑色の旗を床に置いた。
「停戦!停戦します!」
「やめ、やめて!もうやめて!!」
圧倒的15秒の後、両陣営は一時停戦に合意し、停戦解除後に川畑はこの場の戦闘に攻撃で参加しないことを条件に、消灯者の保護を開始した。
「カリンちゃん、君のクラスは青だったよな」
緑色の旗を持った川畑に、片手を差し出されて、カリンはどぎまぎした。
「私がここにいるって、気づいてたの?」
「むしろ君がいたから助けに来た」
真顔でさらりと言われて、カリンは心の中で絶叫した。
「どうした?」
「あ、足が痺れちゃって、立てないの」
「そうか。じゃぁ、つかまれ」
川畑はカリンをひょいと片腕で縦抱きにした。
「みゃっ!?」
細身で小柄とはいえ人ひとりを軽々と抱えて、大股に廊下を歩く大男に、周囲はたじろいで道を開けた。
「恥ずかしいから下ろして」
「すまん。だが、足はいいのか?」
「ひゃうん」
痺れた足先を触られて、思わず妙な声をあげてしまったカリンは赤面した。
「と、とにかく教室に入れば動けるから……」
「ああ、そうだ。消灯解除がいるな」
カリンは抱えられた体がふわりと軽くなり、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「ウソ……なんで核に触れてないのに回復してるの?そもそも私、メディックだから回復不可のはずなのに」
胸の前で再び青く灯った輝きを見ながら、カリンは戸惑った。
「俺は本陣直属だからな。級核所属のメディックよりも上位権限持ちなんだ」
「ちょっ、そんな重要な役の人がこんなところで私とか助けてちゃダメでしょ!」
「別に俺としては優先順位は間違えていないつもりなんだが」
カリンは喉奥から出掛かった変な声を飲み込んだ。
「……私じゃなくて、お姉ちゃんを助けに行きなさいよ」
「アンの守りは万全にしてある」
当たり前のように告げられて、カリンは「ああ、そうでしょうね!」と内心で叫んだ。どうしようもないことに、この男は出会ったときにはもう姉の彼氏だったのだ。
「実は、お姉さんと連携して、君に協力してもらいたいことがあるんだが、引き受けてくれないか?」
「ダメよ。私、すぐにクラスのみんなを回復させないと」
「回復なら俺が手伝う」
川畑は教室の級核の側の席にカリンをそっと下ろすと、その傍らに片膝をついて彼女をまっすぐに見詰めた。
「頼む」
「(これかぁあああっ!)」
カリンは姉がやられたのと同種の攻撃が直撃したのを感じた。非常に残念なことに、姉妹揃って弱点は同じだったらしい。
「……わかったわよ。何をすればいいの」
ぶっきらぼうに答えたカリンの手を、川畑は嬉しそうに握った。
「ありがとう。まずは魔力解析の基礎と同調と変調の方法を簡単に教えるから」
「え?は?」
「感覚で覚えてもらうために、こっちから魔力供給して体内の魔力循環を少しいじらせてもらうぞ。いいな」
「う、うん?」
とんもない蹂躙に曝されることになるとは露知らず、カリンはなんとなく勢いに飲まれてうなずいてしまった。
もちろん、後悔は何の役にも立たなかった。




