上位救護者
「鈴城、ごめん。動けない」
「私につかまって」
「いいから私のことは見捨てて。このままじゃあなたまでやられちゃう」
「そういうのいいから早く!」
「演劇部ならそこはのってくれてもいいのに」
バカなことをいっている友人に肩を貸しながら、鈴城ユズは後退した。
「両隣が敵陣クラスなのキツイ」
「生徒会室近いのにそっちに行く余裕がないよ」
「鈴城!下がるな!前線が崩れる」
「でも消灯者を回復させないと」
「教室はメディックの回復待ちの奴で一杯だ。そいつらが戻るまで、今はここを支えろ……あぐぁっ!」
「あっ」
消灯したために、行動制限が入ってその場に倒れたクラス委員の男子を踏み越えて、鈴城は突入してきた赤腕輪の男子を止めに入った。
「邪魔すんな」
つかみかかってくる両手が赤く光る。あれに捕まったらアウトだ。
かといって、正面からの力勝負ではきっと敵わない。
鈴城は相手の懐に飛び込むようにして、片方の腕を両手で捕まえた。
「この!」
赤く光る手で肩を乱暴に押されるが、それだけでは判定がでないのはわかっている。
「戦闘勝利条件は両手で10秒以上の接触!」
しっかり相手の腕を掴んだ手元が青く光る。男の手首の腕輪が光を失った。
「ナイスだ、鈴城。俺の屍を越えて行……んがっ」
「邪魔!さっさと足元から退いて」
行動制限が入った敵味方を蹴り飛ばしながら、鈴城は次々攻め寄せる敵に対処した。
「(ダメだ。このままじゃ持たない)」
消灯者を教室まで運び込む人手すら足りなくなっている。救護者の回復は意外に時間がかかるらしくまったく追い付いていない。
「(もう……)」
赤く光る手が鈴城の両手首を掴んだ。
「あぅっ」
そのまま壁に押し付けられる。
「や、離し……っ」
もがく体を押さえつけられて息が詰まる。
「(やだ…落ちる)」
胸元と腕輪の光が薄れ、強い倦怠感が全身を包む。
一瞬、視界が暗くなり、音が遠くなる。
鈴城はどこかで激しい怒号と悲鳴を聞いた気がした。
不意に押さえつけられていた体が楽になった。
「え?」
ズルリと崩れ落ちそうになった体を支えられる。
重苦しい感覚が消え、胸の奥に灯が点るような快感が体の芯を震わせた。
「大丈夫か」
目を開けると、川畑が自分を抱き留めていた。
「ひゃ?」
思わず間抜けな声が出た鈴城を立たせると、川畑は鋭く周囲に視線を走らせた。
「お前のクラスの奴を教えてくれ。回復する」
「回復……え、あれ?私、なんで」
鈴城は自分の腕輪が再び青く光っているのに気がついた。行動制限も解除されている。
「俺は本陣直属の上位救護者だ」
確かに彼の手首には青く輝く腕輪が2本あった。
「ここを本陣直近のベースとして立て直す。協力してくれ」
「は、はい!」
そういえばあれだけいた赤陣営の相手は?と廊下を見ると、ものの見事に死屍累々だった。
「制圧完了!」
高笑いと共に隣のクラスから出てきたのは、風紀委員長の御形だった。
「伊吹先輩、この先2クラス制圧お願いします。2Bまでつなげてください」
「おう、任せろ」
「俺はここを立て直したら、中等部の応援に回ります」
「了解。すぐに追う。行くぞ、野郎共」
御形は、風紀委員の面々と共に突撃していった。
統率のとれた武闘派集団の集中投入は、隣接クラスとの均衡を崩すのには十分だった。
川畑はまず、教室内の回復待ちメンバーを復帰させた。
「すごい……僕らじゃ1人回復させるのに1分ぐらいかかったのに」
「クラスメディックは引き続き回復にあたって欲しい。復帰したメンバーはD、E組の攻略と東階段の確保を頼む。クラス委員!1人通信役作ってくれ。生徒会と2Bのアドレスを教える。連携できると助かる」
「あ、私やります。通信係」
「よし。ユズ、タブレット貸せ」
川畑は運び込まれた消灯者の回復をしながら、鈴城のタブレットに通信先を設定した。
「生徒会、2B、青陣営ALL、そしてこれが俺直通だ」
「直通……」
確かに言われてみれば川畑はインカムをつけている。
「呼んだら助けに来てくれるの?」
「可能なら」
「心強いわ」
「状況は随時連絡する」
「音声のが楽?イヤホンあるけど」
「じゃあそうする」
鈴城に連絡方法を教えたあと、川畑は中等部の応援に向かうために去って行った。
「(なんか、普通に頼りになる感じだったな)」
鈴城は嵐が去った後のような教室で、川畑のことを思い返した。
改めて考えてみると、どうも彼と出会うときは変なシチュエーションばかりだった気がする。
「(そうか。本来はああいう感じだったのか……ひょっとしてガチで有能なマトモな人では?)」
冷静にてきぱきと指示を出していた横顔を思い出す。壁ドンだのなんだのとアホなお題を出してやらせたのが申し訳なくなるぐらい真面目でしっかりした男だった。
「(私、あんな人にあんなことさせて、からかってたんだ)」
さっき敵に襲われた時のことを思うと、壁ドンなんて本来、ただの嫌悪しか感じないシチュエーションなのがわかった。演劇部でのチャレンジ企画と称したお遊びで、彼に捕まえられて耳元でささやかれた時のことを思い出して、鈴城は恥ずかしくなった。あのときは無茶されたと思ったが、振り返ってみると、彼なりに気を使って演技してくれていたということがわかる。彼女の側が勝手に舞い上がっていただけなのだ。
助けてもらったときにかけられた声が本来の彼の人柄なのだろうと考えて、鈴城はじわりと胸の奥が熱くなった。
「(やだ……私、あの声……好きかも)」
"「ユズ」"
好きと自覚したまさにその声で名前を呼ばれて、鈴城はピクリと身を震わせた。
"「聞こえるか」"
耳の奥から響く重低音の声に、鈴城は背筋から腰の後ろがゾクゾクするのを感じた。
"「伊吹先輩に至急1Aに向かってくれと伝えてくれ」"
あわてて了解の旨を入力して、クラスメイトに御形への伝言を頼む。
「(ヤバい。音声通信は失敗したかも)」
不意打ちで耳元から良い声の囁きが入るという試練にさらされた鈴城は、雑念を払うべく生徒会本陣や味方からの通信に意識を集中した。
鈴城さんの記憶にある川畑
・図書館で濡れ髪、半裸
・演劇部で壁ドンゴッコ (偽悪ムーヴ)
・打ち上げでからかわれているネタ枠
・ケーキ屋でからかわれているネタ枠
・保健室で半裸
……マジでひどいところしか見てない。
クラスの所属にバグがあったので訂正しました。
●:赤陣営、◯:青陣営
2A●、2B◯、2C◯、2D●、2E●、2F◯、2G●……
藤村君2Eだったよ……。




