布陣
"「戦時結界が発動します。ご注意ください」"
大型車両がバックする時のような音声だな、と思いながら、川畑は買い物袋をおろした。
魔術紋の浮かんだ金属柱が、等間隔で延びていく。
「大袈裟なことだ」
校医用の白衣を着たヴァレリアは、学校の敷地を囲むように並んだ柱を鼻で笑った。
「結界を抜けて外部とつながった回線を確保お願いします」
「当たり前のように、簡単に頼むな」
「簡単でしょう?」
「簡単だ」
ヴァレリアは川畑を見てニヤリと笑った。
「なにせ保健室は元々、事務室と同じ回線で結界遮断対象外だからな。急患が出る可能性があるから外部との通信は確保されている」
「なるほど」
「そこのルーターを使え」
ヴァレリアは机の引き出しからケーブルを取り出して、川畑に渡した。
「ひょっとして予備のマシンも出てきます?」
ヴァレリアはかがんで引き出しに手をかけたまま、ちらりと上目使いで川畑を見た。
「私物ならな」
「貸してください」
「……大きいのと、小さいのとどれがいい」
「ここのインタフェースに偽装したやつと、俺用の小さいのを」
ヴァレリアは黙って引き出しから、ピンバッチを取り出した。
「ほれ、まずお前用。操作のための入出力データプロトコルは船のと同じだが、ここの世界の通信系にも対応している」
「直接アクセスができるのは、目や手が空くので助かります」
川畑はピンをシャツに留めながら、視覚外にモニタがわりの面を1つ作り、通常の思考と並列してセットアップを始めた。
「思考とマシン用の通信プロトコルを相互変換して、魔力で電磁波を操作しながら、目や手で別のことをしたいだなんて、そんな使い方ができるのはお前だけだ」
「俺に合わせてこういうの作っておいてくれるのもヴァレさんだけです」
ヴァレリアは黙って下を向くと、続いて机の引き出しからデスクトップパソコン風の筐体を取り出した。
「ヴァレさんも、相変わらずでたらめな収納使ってますね。バレないようにしてくださいよ」
「認識阻害と記憶調整は空間制御より得意だ」
川畑は保健室にいるものの、こちらを見ていない藤村達の様子を確認した。たしかに魔女ヴァレリアは優秀な術者だ。
川畑は、いろいろまずい気はするが、この緩い世界なら意外と大丈夫な手段を使うことにした。
「じゃぁ、隣の部屋を貸してください」
「隣の部屋?」
川畑は壁を指差した。
「その辺でいいです」
「保健室にこんなところあったんだ」
「生徒のメンタルヘルスのためのカウンセリングルームなんだそうだ」
川畑はいけしゃあしゃあと、さっき拡張したばかりの小部屋に、一同を案内した。
「保健室にはこの後、怪我した一般生徒も来るから、こっちで作業してくれ。榊先生の許可はとってある。藤村、パソコンはそれを使ってくれ。保健室用の回線だから外部に接続できる。お前用に管理者権限のアカウントを作ってあるから、ドードーで入ってくれ」
「パスワードは?」
「Jabberwocky_01」
「訳がわからない言葉をパスにするなよ。そこはドジソンか、せめてキャロルにしとけ!」
「クォーク*3のがよかったか……」
「フィネガンズウェイクは作者が違う」
「どちらも無意味にナンセンスだろう。ほら、入ってやったから、好きに設定しろ」
川畑は雑貨と薬品各種を渡すと、スーパーサイエンス部長と魔術部長に必要なものについていくつか指示を出した。
「こっちのこれについては、わからないところがあれば榊先生に相談してくれ」
「パッと見でわからないところだらけなんだけど」
「大丈夫。先生は親切だ」
川畑はお茶とお菓子をテーブルの端におくと、ジャグリング部を連れて、保健室を出ていった。
「学校で食べるお菓子って背徳の味よね」
魔術部長はチョコの包みをつまみ上げた。
「それは長丁場の頭脳労働で酷使するぞって意味の糖分だろ」
「うええ?そうなの?」
「雪山の非常食と思ってとっとけ」
「ひやぁあん」
魔術部長はチョコの包みをそっと戻した。
「戦闘や肉体労働は得意な奴らに任せて、俺達は職人仕事にせいを出そうぜ」
スーパーサイエンス部長は川畑の残した発注仕様書を見ながら、指をパキパキと鳴らした。
「魔術士は職人じゃなくて頭脳労働者です」
「頭脳系ってのはああいうのをいうんだぞ」
スーパーサイエンス部長が指差した先では、藤村がパソコンのモニターにかじりついて、声にならない笑い声を喉奥から発しながら、不気味にキーとマウスを操っていた。
「あ、私は職人でいいです」
魔術部長はそそくさと魔方陣の作図に取りかかった。
「会長、各クラスの結果が出揃いました」
生徒会長の神納木は提出するメンバー表を書く手を止めて、クラス単位のチーム分けを見つめた。
「思ったほど酷くはないけれど、それでも劣勢か……」
現職生徒会支持を示す青色で表示されたクラスは半分以下だ。
「私、こんなに人望ないのね」
「何を言ってるんですか。会長だからこの程度の差になったんですよ!あっちのPR攻勢スゴかったですもん」
豊野香は憤慨しながらキングファイルの山を棚に戻した。
「植木があちらについたのは、意外だったし、痛かったな。あれで票をかなり持っていかれた。この状況で魔法専攻クラスの半数はとれたのは大きいと思わんといかんだろう」
生徒会室のパソコンの前で副会長はモニタから顔もあげずにそう言った。画面には校内見取り図や、提出用の書式の他に、メールなのかチャットなのか、何か大量のやり取りがずっと流れている。
「悪いわね、御形くん。巻き添えで」
「かまわん。悪いのは海棠と、あいつに信頼されなかった俺だ」
御形は腕を組んだまま、険しい顔で、赤と青に色分けされた校内図を睨んだ。
「生徒会長と風紀委員長のダブルリコールなんて先例がないですよ」
「先例がないと言うことは、俺達が先例になれるということだ。落としどころとして納得しやすいプランを提案すれば、先生は何もいわんはずだ」
副会長はプリントアウトした紙束を人数分机に置いた。
「生徒会と風紀の合同チーム編成で、防衛拠点は生徒会室とする。総大将はうちの会長でいいか、御形」
「そうしてくれ。俺は奥で指示を出すより突撃する方が向いている」
「ありがとう。期待している」
「結局、どれだけ人数がいようが、大将を討ち取るか、相手方の"玉"を割るかすれば勝ちのルールなんだから、劣勢でもなんとかなる。俺は風紀のメンバーを率いて突撃するから、生徒会は総大将の会長を中心に、防衛に専念してくれ」
「了解した。では、副将は御形と俺。敵陣攻略の現場指揮は御形に一任する。俺は本陣で防衛と味方の各クラスの連携を担当する」
「メンバー表を提出します」
公開されている工程表の進捗表示が変化し、両陣営の中核メンバーが表示された。
リコール要求側の陣営の総大将の名前を見て、御形は怖い顔をさらに険しくした。
「海棠……貴様、発起人のくせに副将だと?」
赤く表示された敵陣営の総大将は、植木だった。
すみません。私事ながら、4月からの新生活のあれこれのため、少々お休みいただきます。
引っ越しが無事に終わって、生活が落ち着いたら続き書きます。
申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。




