別室待機
「僕、もう帰っていいですか?」
椅子にちょこんと腰かけた植木は、通りかかったSプロのスタッフに声をかけた。
「すみません。ちょっとわかりません」
スタッフはそれだけ言うと、そそくさと立ち去った。
「困ったなぁ」
植木は辺りを見渡した。皆、忙しそうで、声をかける隙がなかなかない。海棠の姿も見当たらなかった。
植木はとにかく命令する側の人に一言断ってから帰ろうと思い、銀縁眼鏡の3年生に声をかけた。
「どうしたんだい、植木くん」
冬青シュウは、眼鏡のブリッジを押し上げながら、植木の方に向き直った。
「ご用も特に無さそうですし、お邪魔になってるだけのようなので、そろそろお暇させていただきます」
「いやいや、気にしないでゆっくりしていってくれたまえ」
「でも、いくら授業がなくなったと言っても、一度、教室に顔を出さないと。少なくとも連絡はしておいた方がいいし」
「大丈夫、大丈夫。どうしても気になるなら君の担任には連絡しておくよ」
冬青は植木を隣の小会議室に連れていった。会議室とは名ばかりで、ダンボールや資材が置かれた物置のような部屋は、狭くて窓もなかった。
「騒がしいのが気になるならここにいてくれればいい。実は規則で、同一のクラブや委員のメンバーのみでは解散要求が成立させられないんだよ。ほら、ここに書いてあるだろう」
「はぁ」
植木は冬青に見せられた細かい文字の並んだプリントを見て、曖昧な返事をした。
「君がいてくれるだけで、僕達は十分助かっているのさ。逆に帰られてしまうととても困る。いいだろう?なにも特別なことはしなくていいから」
「……あの、僕のカバンどこかで見かけませんでした?黒くて赤いラインが入った奴です。あっちの部屋に置いたのがいつのまにかなくなってて」
「わかった。探しておこう」
冬青は植木を小部屋に残して、さっさと戻っていった。
教室に行くことも、クラスメイトに連絡をとることもできず、植木は一人、隔離されてしまった。
「(川畑くん、どうしてるだろう)」
背もたれの壊れかかった椅子に座って、植木は不安げに宙を見上げた。
「逃げられないように見張っておけ」
「はい」
「確保した私物は見つかりにくいところに隠してあるな」
「大丈夫です。かなり着信音が鳴っていたので、棚の教材の奥に埋めておきました」
「あいつには広告塔になってもらわねばならんが、今の段階で余計なことをされては困る」
冬青シュウは薄く笑った。
「客寄せが終わるまで、おとなしくしておいてもらおう」
「E組の藤村って、誰かと思ったぞ。ドジソンさん」
「鬼ごっこの時は、もっぱらコールサインだったからな。ホワイトナイト」
「川畑と呼んでくれ。対面でその呼び名はキツイ」
藤村は声を出さずに二息ほど笑ってから、真面目な顔になった。
「川畑。魔術結界が張られると外部と遮断される。俺は自宅のサーバーと接続できないと前回のようなサポートはできないぞ。授業用のタブレットだけではろくなことができん」
「わかった。マシンと回線はなんとか確保する」
「できるのか?マシンはともかく学校の戦時魔術結界は相当本格的だぞ」
「そこは蛇の道は蛇……というかほぼドラゴンみたいな人がいるから」
「どういうことだ?」
「見ればわかる」
川畑は保健室の戸を開けた。
「やほ。待ってたよ」
魔術部の部長は、手元の乳鉢から顔をあげると、丸眼鏡をずらせて、川畑に手を振った。
「こいつ?それはないだろ。小学生の頃から知ってるけど、こいつ結構、口だけ番長なとこあるぜ」
藤村は魔術部の部長を胡散臭げに見た。
「だぁれが口だけ番長よ。内弁慶のドジ村」
「カッコからはいるコスプレ魔法使いの癖に偉そうに言うな。なんだよ、その丸眼鏡。似合わねぇな」
「なんですってぇ!」
ヒートアップしそうな二人を川畑はなだめた。
「その辺りにしておけ。藤村、俺がドラゴン呼ばわりしたのは彼女じゃない」
「ドラゴンがどうしたの?」
「なんでもない。眼鏡、似合ってるよ」
「あ、ありが…とう…」
うつむいて乳鉢の中身を混ぜ始めた魔術部の部長の隣で、スーパーサイエンス部とジャグリング部の二人が半目で川畑を見た。
「よお。相変わらずだな」
「悪いがまた頼らせてくれ」
「ああ、うちのクラスの意見はともかく、俺達はお前につく」
「助かる。やっぱり解散支持派が優勢か」
「前回のイベントが派手すぎた。あの時の映像でアピールされたら、妖精王子と解放軍再びって思う奴や、今度こそ勝ち馬で参加って考える奴がたくさん出るのは仕方がない……俺達みたいに、裏で画策していたのがお前だって知ってる奴は、少ないしな」
「画策とは人聞きが悪い。単に裏方仕事をやってただけだ」
スーパーサイエンス部は、白騎士のアレは裏方じゃないだろとあきれた。
「まぁ、あとは単純に、イケメンが好きな女子は声が大きいってのがあるな」
「あいつらの前では、俺達ブサイクに発言権はないから」
「奴らノイジーマイノリティ気味な癖にそこそこ数が多いしな。ガチのマイノリティの俺達がサイレントにならざるを得ないのは仕方がない」
「もともとサイレントマジョリティだった保守的な生徒会支持派が派手なPRと声高な奴の扇動で流されてる。このままクラス採決すれば実数以上にあちらに傾くぞ」
藤村のコメントに一同は厳しい表情になった。
「ちわー、情報屋いかがっすかー」
「出たな。ドたぬき」
保健室の掃き出し窓側から入ってきた橘ミカンの顔を見て、川畑は嫌そうな顔をした。
「なんだ、川畑。お前、眼鏡女子好きなんじゃないのか?」
「そーなん?せやったら、そない言ってくれたらええのんに。……がっつり特集記事書いたるで」
「いらん。止めろ。俺は眼鏡かけてりゃいいとかそういうのはない」
川畑は橘の頭をわし掴んで、締め上げた。
「あたた。止め、止め。頭、ちっちゃなって等身上がるやん。これ以上、かわいなったらどないすんのん」
「木村、こいつなんとかしてくれ」
「そうやって構うからですよ」
いつの間にか来ていた木村に、川畑は橘を投げ渡した。
「状況は?」
「植木は、朝一の時点でSプロの部屋にいたのは確実だが、現在消息不明。少なくとも外から見える範囲にはいなかったが、バリケード外に出た様子もない」
「それ以外では」
「バリケードが強化されてる。もともとSプロが使っていた多目的室以外もカバーするようになった。あの一角が全部封鎖された」
「まずいな。部屋が複数あると攻め込んでも外れる可能性が出る。撹乱、足止め手段を強化しよう。増産に必要な材料は校内に十分あるか?なければ急いで調達する」
「今から買い出しはキツイだろ」
「とりあえずリストくれ。可能な範囲で入手する」
スーパーサイエンス部長と魔術部長は必要な薬剤や雑貨を書き出し始めた。
「先週末の時点で海棠が植木くんに会ってたっちゅう話があるんやけど聞くか?」
川畑は橘を鋭く睨んだ。
「今はいい」
「兄さんが保健室送りになってた時のこっちゃ。なんぞおもろいことありそうやからはってたら、植木くんが……」
「いらん。今は他にやることがある」
川畑はリストを受けとると、保健室から飛び出していった。
「どう思う?」
「あかん。あっきらかにおかしいわ」
橘は顔をしかめた。
「おかしいって、何が?」
魔術部長の質問に、橘は目玉をぐるりと回した。
「あのアホウや。あいつが植木と一緒におらんことがそもそもおかしいのに、わざわざふった話題すら避けよる。しょーもない話にはのってくるくせに、植木がらみはノーコメントって、絶対なんかあったに決まってるやん」
「俺もあいつが植木の対抗勢力につくのは、変だとは思ったけど。別に友人同士でもそういうことってあるんじゃないのか?何だかんだであいつら知り合ったの植木が転校してきてからなんだろ」
橘は藤村を鼻で笑った。
「数字だけで人間を測っちゃあかん。あいつが植木がらみのうちの記事にクレームつけるときの細かさといったら、そらもう戦時独裁国家の情報管制もかくやってレベルだったんやで。山桜桃杏の記事への対応の方が緩かったもん」
「えええ……」
「寮で同室らしいし、なんか転校生の世話係的に責任感じてたのかな」
「その寮の部屋がな……」
橘は声を潜めた。
「週末に業者が入って、植木くんの荷物を海棠はんの隣の部屋に移したらしいで」
「はあっ!?」
「なんでお前、男子寮の内情知ってるんだよ」
「そこはまぁええやん。問題はその引っ越しの前に海棠はんが植木くん呼び出した話なんやねんけど」
橘は目立たない小型機器をポケットから取り出しスイッチを入れた。
"「実は…イベントの時の君の勇姿と……に惚れたんだ。俺と……か」"
録音状態はあまりよくないが、明らかに海棠の声で再生された内容に、一同は目を向いた。
「げ、マジ?」
「窓の外からの録音なんで不鮮明だけど、一応、窓は開いとったから要点はギリ聞き取れるやろ」
「これ、相手は植木?ホントに?」
「植木くんの声も入ってるよ。それに」
橘は写真を1枚取り出した。
「これ、事故で怪我をした親友を保健室に見舞いにも行かず、この部屋を探してうろうろしていた植木くん。手元、見てみ」
「なんかすっごく可愛い封筒持ってる……まさかラブレターで呼び出しからの告白?」
「え?この直後に寮の部屋を引っ越したの?」
「それは……」
言葉を失った一同を見渡して、橘は一度肩をすくめてから窓の外を見た。
「大将、怪我して実家に帰って、今朝、戻ってきたらルームメイトが引っ越してて、この騒ぎやて。どんぐらい話聞いてるんかいなと思て、話ふってみたらあの通りや」
「それは……むごくないか」
「そやねん。ただなぁ、植木くんも最初ははっきり断ってんねん。その後でなんやごちゃごちゃ聞き取りにくい話しててな。それなりに事情がありそうで、わからんのよ」
「キャンペーンの全面に出てるくせに、本人の姿が見えないってのがなんか裏がありそうだな」
藤村は片目だけつぶって天井を睨んだ。
「なにはともあれ。私たちはできることやりましょ」
魔術部長は乳鉢に向き直った。
「川畑くんに協力する気でここに来たんだから」
「そりゃそうだ」
「奇特なお人らやなぁ」
「お前もな」
木村に言われて、橘は顔をしかめた。




