リコール発動
学校に続くだらだら坂の下で、ノリコは時空監査局手配の送迎車から降りた。
時空間変異の調整だとか変動耐性の強化だとか、ノリコにはよく分からない理由で偽体のメンテナンスが予定超過したそうで、目を覚ましたら登校にぎりぎりの時間だったのだ。
「おはよう。植木くん」
振り替えると、佐藤が別の車から降りてきたところだった。
「あ、おはようございます。今日は自宅から?」
「うん。朝、寝坊して送ってもらっちゃった」
「僕も」
植木と佐藤は小さく笑いながら、だらだら坂を登っていった。
坂を登りきったところで、校舎の方から数人の生徒が走ってきた。
「植木、海棠先輩がお待ちだ」
「ついてこい」
Sプロのメンバーとおぼしき生徒達は、一方的にそう言った。
「え?あ、ごめんね。なんか用事があるっぽいから、僕、ちょっと行ってくる。先に教室行ってて」
植木は佐藤に手を振ると、彼らに案内されるままに、2年の教室があるのとは別の校舎に向かった。
「おはよう。……何かあったの?」
「おう、佐藤。これ見ろよ」
教室はいつも以上にざわついていた。皆に混ざって友人のタブレットを覗き込むと、Sプロの海棠がなにやらテンションの高い演説をぶちかましている映像だった。
「なにこれ?」
「生徒会の解散要求だって。リコールだよ、リコール」
「うえ、マジで?根性あるなぁ」
「票を集める自信があるか、根回し終わってんだろ」
「いくらSプロが大所帯でも全校生徒の三分の一は無理でしょ」
「わからんぞ。Sプロだけじゃなくて、海棠や後ろのSプロ幹部連中のファンクラブの奴らを動員すれば、いい線いくんじゃないか?」
よく見ると、海棠の後ろにはSプロのイケメン連中が並んでいる。
「あれ、植木まで?」
「ホントだ。植木の奴、Sプロに入ったのかな?こないだのイベントで、植木の人気と知名度は中等部でも爆上がりしてるから、あいつが付いてると強いぞ」
「フェアリー組に中等部が結構いたもんな」
佐藤はさっきの植木の様子を思い出して首を捻った。どうもこんなことがあると知っていたようには思えない。
「これ、植木くん、リコールに賛同してここにいるのかな?連れてこられただけなんじゃない?」
「いやぁ、植木にその気がないのに無理に連れ出すなんて無理だろう。川畑が許さんよ」
「だって川畑くんは……」
「あっ、そうか。事故で怪我してんじゃん」
「まだ教室には来てない」
「植木と一緒にいる訳でもなさそうだ。画面に映ってない」
「休みなんじゃね?魔力弾の直撃だろ?」
「ということは……」
佐藤とクラスメイト達は、画面の端に映った植木を見た。植木は、ちょっと困ったような、それでいておおむね周囲の状況に無関心な顔をしていた。
これはあまりよろしくない状況なのではないだろうか?と彼らは思ったが、だからといってできそうなことも思い付かなかった。
「どうする?賛同票入れる?」
「植木が賛成してるなら協力してやろうと思ったけど、そこがグレーだと微妙だなぁ」
画面には"不当罰則拒否"だの"生徒会の横暴を許すな"だの、強い言葉が太いフォントで表示されていた。
「正直、今の生徒会の印象全然ないからどっちでもいい気はしてる」
「杉が生徒会だろ」
「あっ、そういやぁそうだ。うーん、適任じゃねぇか?」
皆のテンションが下がりきったところで、一人がポツリと言った。
「俺はリコール発動して生徒会長戦が始まるのはちょっと見たいかな」
「わかる。今の生徒会に不満はないけど生徒会長戦はやってみたいかも」
「面倒じゃないか?授業遅れるし」
「3年で受験生だったら反対するけど、今なら確かに授業つぶれてもいいなぁ」
「夏休みに補習になるじゃん。俺は夏休みは家に長く帰りたい」
「うーん、補習は面倒だけど、話のネタに生徒会長戦は経験しておきたい気がする」
「確かに」
誰も海棠の主張の主題や、現生徒会の適性や正統性にまったく興味も関心も示さないままだった。が、それでもリコールへの賛同票は規定の量に達した。
"「生徒会の解散請求が発動しました。本日、現時点をもって本校は生徒会信任戦の準備期間に移行します。生徒会役員、解散請求発起人及びその指定する代理人を除く一般生徒諸君は別命あるまで所属教室にて待機ください」"
長いサイレンが校内に響いた。
教室正面のボードが表示モードに切り替わった。強調されたフォントの"生徒会信任戦"、"準備期間中"の赤文字の下に、信任戦に関する校則が細かい文字で表示される。
「え、なんだ?生徒会長戦ってこんなルールなの」
「やった!2限目の小テストなくなった」
「小テストどころか、授業ごと全部吹っ飛んだぞ」
「なんて迷惑な……」
今日の時間割表がすべて"自習"表示に切り替わった時、教室に川畑が入ってきた。
「川畑くん!今日は休みかと思った。体、大丈夫?」
「ありがとう。体調は問題ない」
「植木くんは?一緒じゃないの?」
「ああ。先週末から会っていない」
険しい表情の川畑は、心配して声をかけるクラスメイトに返事を返しながら、教室正面の表示に目を走らせた。
「川畑、植木がリコール発起人側にいる。行かなくていいのか」
「……。Sプロの連中は現在、活動拠点の部屋にバリケードを作って立て籠っている。流された映像は録画とリアルタイムの合成だが、演説の背景に写っていた奴は、バリケードの向こう側だと見て間違いない」
「え、そこまで大事やってんの?」
「それでお前どうすんの」
竹本が興味深そうに川畑を見た。
「お前と植木がなにかやるなら、また協力するぜ。イベントん時は楽しかった」
ニヤリと笑う竹本はなんとなく"非常事態になるとやって来て力を貸してくれる頼りになる男"感を醸し出していて、ちょっとカッコ良かった。
「あっ、俺も協力する。鬼ごっこイベントはダンパすら参加し損ねたから今度はなんかやりたい」
「俺も、俺も!」
「男子って、こういうの好きよね。……でも、いいわよ。人手がいるなら私たちも協力してあげる」
口々に協力を申し出るクラスメイトに川畑は静かにうなずいた。
「ありがとう。人手は必要だ。協力してもらえるとありがたい」
「何やる?これから駆けつけてバリケード防衛戦?」
「いや、今回俺は……生徒会側につく」




