着地点以外は問題のない週末
なんだかんだで、山桜桃のお父さんが迎えに来るまで、4人はしっかり遊んだ。
「お邪魔しました。長居しちゃってごめんなさいね。でも、本当に楽しかったわ。杏ちゃん、それじゃあ申し訳ないけれど帰りもお世話になるわね」
「どうぞ、どうぞ。気にしないでください、鈴菜先輩。車ならついでですから」
「杏、お父さん、駐車場で待ってるって。俺、下まで送るよ」
すっかり仲良くなった二人は、駐車場で改めて川畑に挨拶して、山桜桃の家の車で帰っていった。
「で、どうでした?伊吹先輩。外泊の許可は出たんですか?」
「おう。日頃の信頼があるからな。電話1本でバッチリよ」
「なんて言い訳をしたんですか?」
「言い訳なんかいらんさ。寮母さんなんて学生の嘘を見破るのが仕事みたいなもんだから、下手な嘘はすぐにバレる。正直に事情を説明しただけだ。要体調観察で自宅療養中の後輩が、おうちの方の事情で今晩一人で過ごさなくてはならなくなったので、万一のために彼のうちに泊まります……っていったら、即、OK」
「うわー、俺がなんともなくてピンピンしてるって情報が入っていないだけで、一応、事実だ」
あきれた顔をした川畑を見て、御形は楽しそうに笑った。
「中高6年真面目にやってると、言葉の重みが違う」
「でも、いいんですか?明日の朝、うちから登校するのに制服ないでしょう」
「ああ、それなら」
御形は自分のバッグを開けると、いつものジャージを引っ張り出した。
「朝着てたこいつがあるから大丈夫。毎朝、走ってるコースがちょっと変わっただけみたいなもんだ」
「まさかこんなもの着てデートに来てたとは……」
「デートじゃない。買い物だ。それにどうせ買わされたものに着替えさせられるのはわかってたんだから、なんだって問題ないだろう」
「いや、もう、俺も人のことあまり言えたもんじゃないですが……ほんんっとにそういうところちょっと直した方がいいですよ。TPOってものを少しは考えて服は選びましょうね」
川畑は、いつかキャプテンに同じようなことを言われた気がするな、とうっすら思いながら、御形のジャージとTシャツを洗濯機に放り込んだ。
結局、ジャックを呼びに行きそびれた川畑は、そのまま御形と二人で過ごした。
「そういや俺、合宿所や旅館じゃなくて自分の家以外に泊まるのははじめてかもしれん」
2年の頃から寮でも1人部屋だったという御形は、夜中でも他人と同室にいるのは久しぶりということだった。
「といっても何ができるわけでもないですけどね」
「そりゃぁそうだが……今日の料理もそうだが、やったことのないことをやってみるというのは、ちょっと楽しいというか、うまく言えないが、わくわく感みたいなもんがあるな」
御形は意外にかわいらしいことを言った。
「伊吹先輩、女の子と遊んでわくわくしてたのか」
「バカ野郎、そうじゃねぇよ。いや、鈴菜達と遊んだのも楽しかったけどよ……」
「八千草先輩、美人だし、スタイルいいし、いい人ですよね」
「ああ?そうかぁ?普通だろ。てか、強引なんだよ、あいつは。全然いい女じゃない。手ぇ出すなよ。つーか、お前には山桜桃がいるだろ浮気すんな」
「そんなに牽制しなくても。伊吹先輩、独占欲強いなぁ」
「そういうのじゃないって、言ってるだろう」
「うわっ、ちょっ、不意打ちの絞め技は反則」
「うはははは、バカめ。油断する奴が悪い」
「くそっ。そっちがその気なら、こっちも反撃を」
「させるか!」
「えっ!?それはなし!うああっ」
御形と川畑は格闘戦の技だの、きつい筋トレ方法だのの話題&実践で盛り上がり、夜中の男子高校生同士じゃないとできないノリで、バカをやって過ごした。
翌朝、川畑は御形と一緒に早めに登校した。
「朝の挨拶運動があってだな……」
「ああ、ハイハイ」
川畑はことここにいたって逃げは打てないので諦めた。
「付き合えよ」
「わかりました。俺の敗けです。付き合います」
「さすがにジャージでは示しがつかんので着替えてくる。お前も準制服のポロではなく、白シャツに着替えろ」
「すみません。先週末の事故でシャツ1枚焦がしちゃって、洗いがえは週末帰ってないせいで、洗えてないです」
「ああん?しかたねぇなぁ。俺のを貸してやるから、うちの部屋に来い」
着替えた二人が集合場所に向かうと、生徒会の豊野香書記が来ていた。
「おはようございますぅ」
豊野香は御形を見て目を丸くした。
「はわわ。御形先輩、今日はなんか別人みたいです」
「そうか?」
「制服でタイをつけてるから?だけじゃなくて、なんだろう?髪型!」
「そうか。やっぱり変だろう。そら見ろ。俺はいつものでいいんだよ」
御形は着替えるついでに彼の髪をいじった川畑を非難した。
「いえ、カッコいいです。いや、いつもの髪型もワイルドで御形先輩らしいですけど、今日の先輩はすっきり精悍な感じでなんかいいです。あと…匂いもいい?」
豊野香はクンクン鼻を鳴らした。
「おい。人の臭いを嗅ぐな。犬かお前は」
「私、鼻はいいんですよ。寮のシャンプーとか洗剤の匂いはわかるから、寮生が週末に帰省していたか、寮にいたか当てられるんですよ。すごくないですか」
「すごいけど使いどころが分かりにくいなぁ」
「探偵ものの推理みたいなことができますよ!御形先輩、自宅に帰ってましたね。服は寮の洗剤の匂いだけど、なんかいい匂いがするから、おうちのシャンプーとかボディソープ使ったでしょう?さてはお母様に髪型セットしていただきましたね!」
「ちげーよ。この髪型の犯人はこいつだ」
呆れ顔の御形にそう言われて、豊野香は川畑の方を見た。
「おはようございます。あれ?弟さん……じゃないですよね?」
「2年B組の川畑です。今日はB組の風紀委員の代理で来ました」
「生徒会の豊野香です。よろしくお願いします。……そのお声は、まさか白騎士様では!?」
「……ノーコメントで」
川畑は顔をそむけた。
豊野香は頓着せずにストレートに疑問点を尋ねた。
「なんで、御形さんの匂いがしてるんですか?」
川畑と御形は思わず噴いた。
「え、俺、伊吹先輩の匂いしてるのか?」
「石鹸、洗剤その他がほぼ完全一致です。あとなんだろう?本人の匂いはないのに、御形先輩特有のなんかこう動物っぽい匂いがします」
「うげ。マジか」
「あ、普通の人は気付かない程度だし、嫌な臭いじゃないから大丈夫ですよ。男っぽいなぁっていう野性味のある感じ?」
「麝香でも出してんのか、この獣め……」
「豊野香、お前、男の体臭をどうこうコメントするの止めとけ。まぁ、一緒に飯食って、同じ風呂に入って、一晩中隣にいて、俺のシャツ着てたら、臭いも同じになるだろう」
「うわー、嫌すぎる」
「ストレートに嫌がるな。傷つくだろうが」
「絞め技は止めろ。くそう、付き合えってごり押しするから言うこときいてるけど、逃げるぞ、この野郎」
「ははは、逃がすか」
川畑の後ろから首に腕を回して絞めにかかっている御形を見ながら、豊野香は恐る恐る尋ねた。
「あのう……白騎士様は植木王子とご一緒…ではなかったのでしょうか?」
「白騎士だの王子だのはイベント用のフィクションだから忘れてくれ!」
「なるほど!了解しました!!」
完全に川畑の要求するところの斜め上に了解した豊野香は、入部したばかりの文芸部で仲間と書いている白騎士の話に、灰色狼の化身の人狼が出る外伝を付け足そうと決意していた。
「リーダー。風紀委員長、登校しました」
「一度、裏手から寮に戻り制服に着替え、その後、中等部校舎側で生徒会の豊野香と合流しました。開襟シャツではなく、タイありの制服で髪型もいつもと変えていたそうです」
「偽装か……完全に生徒会側についたということだな、御形」
海棠スオウは腕を組んだまま、ゆっくりと目を開き、顔を上げた。
「連絡しますか?」
「不要だ。人の話を聞く男でもない。予定通り始めよう」
御形と川畑が、中等部校舎前に立って、登校する中学生に重低音の挨拶をしていると、風紀委員の一人が走ってきた。
「御形さん、大変です!すぐ来て下さい。Sプロの奴らがやらかしました!」




