常闇の迷宮
森の奥で、大樹に埋もれた2つの大岩の間に口を開けた洞窟を二人は覗き込んだ。
「この洞窟でいいのか?」
「はい。この奥にあるから、取ってきたら使って良いそうです」
「妖精王に対抗するための剣だっけ?こんな洞窟に置きっぱなしにしてたら錆びてそうだな」
女王の出した条件を確認したところ、女王の対立勢力である妖精王とやらのところに行く必要があるとのことだった。妖精王は、女王が美しい皇子を手に入れたのに嫉妬して、その皇子に呪いをかけたという。
「その呪われた奴もとんだ災難だよな。のりこの件といい、美男美女の収集癖でもあるのかあのおばさん」
「お互い美男じゃなくてよかったですね」
「まったくだ」
川畑は洞窟に踏み込んだ。
「さっさと、妖精王のところに行って、呪いを解かせて、のりこを連れて帰ろう。……面倒だから、すぐに連れて帰っちゃダメかな」
「女王は割と協力的な方なので、禍根の残る方法は避けていただきたいです」
「さっきかなりやらかしたけど、あれセーフ?」
「女王自身が許可した行動だったのでセーフです。やりすぎですが」
「よくある妖精の契約とか約束とかの類いか。口約束の強制力が高いやつ」
「そうですね。そういう意味ではさっき、もっとやっても良いって言質を強制的にもぎ取ってたのは、正解です。やり口は非道かったですが」
「俺そんな事してたかなぁ……おっと、ここは穴を避けて右か」
「よくこんなとこ、そう迷いなく歩きますね」
帽子の男は真っ暗な洞窟内を見回した。
「構造が立体透視図でガイド表示されてるから簡単だぞ」
振り返った川畑の目からは、妖精女王の精霊力によく似た光が漏れていた。
「ヤマトさん、わーはっはって悪役っぽく笑ってみませんか?」
「?」
「なんかゾンビ出そうな雰囲気ですよね」
帽子の男は踊るゾンビのポーズをしてみせた。
「暗いところで幽霊擬きがそんなことするなよ。そうでなくてもお前だけ光源無視して見えてるの、不気味なんだから」
自覚の足りない男達は、雑談しながら気楽に"常闇の迷宮"を散策した。
「よし。今度こそ当たりだ」
「長かったですね~」
構造は把握できても、どれが"剣のある最奥の部屋"なのかわからず、さんざん歩き回った川畑は、ようやく、なんだか細長いものがある部屋を見つけた。
「土饅頭に突きたった棒って、卒塔婆じゃなきゃアーサー伝説な剣だろう」
「墓だったら、抜いたらゾンビが出ますかね」
「ゾンビの話題から離れろ」
「そういえば江戸の町でゾンビパニックやる歌舞伎がありましたっけ」
「お前の文化的背景がわからない」
「抜いてみましょう」
少し盛り上がった地面から垂直に突き出した1m少々の棒を握る。
引き抜こうと力を込めると、棒はうっすらと発光した。
「おお~!これは!」
「……ただの棒だな」
発光して姿の見えた棒は、単なる細長い円筒形の棒切れだった。
「エクスカリ棒?」
「あり、おり、はべり、エクスカリでしたっけ」
「こんな棒を4つ集めるのは嫌だ」
「なんだか朝顔の支柱みたいですね。違うんじゃないですか?」
川畑は、謎の棒を持ったまましばらく考えていたが、不意にああそうかと呟いた。
「精霊魔法が使えないといけないと妖精女王が言ってたのは、こいつだよ。精霊力を流し込んで、望んだ剣の形にして抜くんだ」
「へぇ~、なるほど。できそうですか?」
「やってみる」
さっきの要領で力を注いでみる。
最初は恐る恐る少量ずつだったが、棒はいくら注いでも満ちる気配がなかったので、思いきって出力を上げる。そういえば、さっきの練習で、"出力を上げて再度実行してください"というメッセージが何度か表示されて、かなりの高出力の放出をリピートさせられたのは、これのためだったのか、と納得した。
「結構、面倒だな」
「力足りますか?」
「それは問題ない。必要量がわからんので、入れすぎないようにするのが難しいだけだ」
「タニア様からぶんどった分はあるにせよ、よくそんだけ力の容量があったもんですね~。あ、そういえば仙桃食べてましたっけ」
「何を食べたって?」
「ほら、人魚の入り江で食べてたでしょう。桃っぽいって」
「あれか」
あれこれ食えないものが多かった川畑に、人魚達が出してくれた果物だ。
「自分達は普段食べないからって分けてくれたんだが」
「そりゃ普段は食べないでしょうね。滋養強壮はもちろん、魔法系統の能力を軒並み上昇させる、マジックユーザー垂涎のスーパーフルーツですよ。仙桃、神桃、呼び名は色々ですが、普通は修行し過ぎてそれ以上力が伸びなくなった行者が艱難辛苦を乗り越えて探し求める伝説扱いの果実です」
「なんでそんなものがあそこにあるんだ」
「下流だから?」
桃源郷から桃がどんぶらこっこと人魚の入り江に流れてくる光景を思い浮かべる。
「世界観がわからない」
「あ、棒の光が強くなりましたよ。そろそろ形変えれるんじゃないですか?」
強く輝いて輪郭が揺らぎ始めた棒を握ったまま、川畑はそれが刃物になって抜けるイメージを描いてみた。
洞窟の外の森で、川畑はあらためて持ち帰ったソレを見た。
「なんでそんなのになったんですか?」
「良く切れる刃物のイメージが日本刀だったんだ。元の棒の長さとか細さとかにもイメージが引っ張られたのかもしれない」
川畑は歯切れ悪く答えた。
「日本刀ならそれなりの拵えがあるでしょうに」
「派手な装飾は苦手だっていっただろ」
細身の直刃、鍔もない白鞘。
「勇者の長ドス……」
「日本刀は休ませておくときは、白鞘だっていうぞ」
「これから使うところじゃないですか。妖精王の城に長ドス持ってカチコミってどんな勇者です」
「敵対勢力の頭を潰しにいく鉄砲玉なら割と合ってるんじゃないか」
「言い方!」
帽子の男は肩を落とした。
「ああ、せめて目抜、笄、鍔がガレの蜻蛉柄みたいな精霊謹製日本刀とかにできませんか?」
「要らん、要らん」
二人は森を抜けて、開けた草地に入った。
「姿はアレですが、一応、剣は手に入ったことですし、次は馬ですね」
「ここで草地に連れてこられたっていうことは、馬屋番が連れてきてくれたりしないのかぁ……」
「察しの良いことで。なんでも、妖精王の城までのルートを覚えている優秀な馬なんですが、逃げちゃったそうです。ここいらに出現するから捕まえて連れてけって言われました」
「逃げる時点で優秀な馬じゃない気がするが、大丈夫か?」
手頃な茂みに潜んで、草地の様子をうかがっていると、しばらくして、1頭の馬が現れた。
「あれか。ずいぶんでかい黒馬だな。背中についてるのは鞍じゃ無さそうだが……。羽?」
黒馬の背には翼が生えていた。




