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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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流されて……団欒

フロアあたり2戸の高級マンションの広いリビングで、川畑とジャックはコンビニ弁当を食べていた。

「むなしい」

「うまいじゃん。そっちは、いまいちだったのか?」

「いや、企業努力の成果は遺憾無く発揮されている……だけどなぁ」

「ここんとこ好きな子と顔付き合わせて3食飯食ってたからって、俺と飯食うときにうなだれるなよ」

「う、すまん」

「返信は来てたんだろ」

「"新しいおうちで元気にね"って」

「どう考えても捨てられてるな。幸せになってね、私と関係ないところで……っていうのは、男を捨てるときの女の常套句だ」

「傷をえぐるな」

川畑は弁当と箸を置いて、リビングのラグに寝転がった。

「あああ、なぜだぁぁ」

ジャックは打ち上げられたマグロのような川畑を見ながら、魚フライを噛った。

「お前って、ちゃんと椅子やソファーのある部屋でも、床に転がるんだな。だからここも土足禁止なのか」

「そういう感慨は、今、いらない」

「あっちのお前の部屋に椅子がない理由がわかった。文化的差異というよりは個人的嗜好なんだな。お前、床が好きなんだろう」

「俺が好きなのはのりこだ」

「アンちゃんは?」

「……いい子だよ。よく気がつくし、優しいし、料理うまいし」

「そういうところが、ノリコに愛想つかされた原因なんじゃねーのか?」

「ううううう」

ジャックはめそめそする大男を放置して、弁当を平らげた。




「という訳で、自宅療養になったから、明日は料理習いにいけない。こっちからお願いしておいてすまんな」

川畑は山桜桃に断りの連絡をいれた。

"「ううん、いいよ。気にしないで。それよりも身体は大丈夫?自宅療養になって外出禁止ってことは実はかなり悪いんじゃないの?」"

「それは問題ない。学校側が建前のために安全策をとっただけだ。そもそも一人住まいの伯父さんの家で療養ったって、ろくに布団もないような状態だから、寮にいた方がましなんだよな……バカみたいな話だろう」

"「ええっ!?どういうこと?」"

「このマンション、伯父さんもまだちゃんと引っ越してなくて、何にもない状態でさ」

"「そんなところに二人だけなの?」"

「いや、伯父さんは仕事に戻ったから、今は俺一人だ。今日は無理言って学校に来てもらったんだけど用事が残ってたらしい」

"「一人って……ご飯は?」"

「さっきコンビニ弁当食べた」

"「明日はどうするの?」"

「調べてないけど、デリバリーとかあるんじゃないかな。なんなら食べなくてもどうってことないし」

"「ちょっと待ってて!」"

通話先で山桜桃が「お母さーん!」と叫ぶ声とパタパタと遠ざかる足音が聞こえた。ほどなく息を切らせて帰ってきた山桜桃が提案したのは、わりととんでもない話だった。


「泊まりにって、お前んちに?」

"「事故の後で容態がどうなるかわからない人が、一人でいていいはずないでしょ!お母さんも是非来てもらいなさいって。お父さんが車で迎えに行くから、おうちの場所教えて」"

「いいよ。大丈夫だから」

"「万が一があったら大変でしょ」"

「ないよ。絶対にない」

"「日頃、丈夫な人ほどポックリいくってお母さんが言ってた。来なさい!川畑くんがうちに来ないなら、私がそっちに泊まりに行くから」"

「そんなの親御さんのOKが出るわけないだろ!」

押し問答の末、気がつけば川畑は、医療関係者だという山桜桃の父親に説得されて、彼女の家にお邪魔することになっていた。




「身体の方は本当にどうもないようだね。校医の先生の処置がよほど良かったんだろう。これならよほど心配ないと思うよ」

「すいません。診察までしていただいて。どうもないということでしたら、やはり俺、帰ります。せっかく招待していただいたところ、申し訳ありませんが送っていただけませんか」

川畑はポロシャツを着なおして、山桜桃の父親に頭を下げた。

「いやいや、今日はもう遅いから遠慮せず泊まっていきなさい。うちのが客間に布団も出してしまったし」

「すみません。何から何まで」

「いやいやこちらこそ、娘を助けてもらったわけだから、これくらいのことはさせてもらわないと」

山桜桃の父は、治癒魔法も多少使える町医者だそうで、小柄で丸顔の穏和ないい人だった。


「お父さん、川畑くんの診察終わった?お風呂沸いたよ」

「君、先入りなさい」

「いえ、俺は結構です。向こうで済ませてきたので」

「そうなのか。じゃぁ、杏、今日はお前達先に入りなさい。お父さん、もう少し彼と話があるから」

「はい……お父さん、あんまり変なこと川畑くんに言っちゃやだよ」

杏は父親に一言釘をさすと、川畑をちらりと見て照れ笑いをして去っていった。


「川畑くん。あー、君は……うちの杏と付き合ってるのか?」

山桜桃の父は、娘が言うなといったまさにど真ん中の質問を投げた。

「い、いえその……お嬢さんにはいつもお世話になっておりますし、こちらのお宅にも何度かお邪魔させていただいておりますが、あ、あくまでお友達としての付き合いの範疇で、けして不埒なふるまいにはその……」

「ああ、いやいや、けして君を責めているわけではないんだ。年頃の娘をもった父親というのは親バカなもので申し訳ない。最近のうちでのあれの様子を見ていると、それなりに心配だったわけなんだが……今日、君と会えてこうやって話をする時間が持てて良かったよ。少し安心できた」

「はぁ」

川畑はどう答えてよいものやらわからず、いささか間の抜けた声で相づちを打った。

「うちの杏は、あれでなかなか思い込みが激しいところがあって、時々突飛なことをする子なんで、心配だったんだがね。相手の君が思った以上にちゃんとしていて良かったよ。色々と迷惑をかけるとは思うが、これからも仲良くしてやってくれないか」

「いえ、迷惑だなんてとんでもない。山桜桃さんにはいつもお世話になりっぱなしで、こちらこそ恐縮です」

紛らわしい真似をして校内で噂をたてたあげく、恋人ゴッコに付き合わせた加害者ですとはとても白状できず、川畑は大きな体を小さく縮めた。

そんな川畑の態度をどう受け取ったのか、山桜桃の父は娘とよく似た表情で心配そうに眉を下げた。

「このところ杏はずっと君のことで一喜一憂していてな。今日みたいに体をはってくれとは言わないが、もし迷惑でなければ、学校であれのことを少し気に掛けてやって欲しい」

「わかりました!彼女に害が及ぶようなことは絶対に防ぎます。俺がここにいる間は山桜桃は必ず守るとお約束します」

「そこまで気負わなくてもいいが……」

山桜桃の父は川畑をじっと見詰めた。

「君、親御さんが海外暮らしだといったね。"ここにいる間は"ということは、近々、親御さんのところに行く話でもあるのかい?」

川畑はしまったという顔をした。

「……期日は未定ですが、今年度中。早ければ夏休みには」

ノリコの研修が終われば、自分もある程度キリのいいところで引き上げる予定であることは、川畑は周囲に明かすつもりはなかったが、ここで嘘をついても仕方がないと思って、素直に認めた。

「そうか……杏は知っているのか?」

「いえ。まだ学校では誰にも言ってません」

山桜桃の父は重いため息をついた。

「あれにはこちらからそれとなく話しておこうか」

「お気遣いありがとうございます。でも、折を見て自分で話します」

「そうか……できればあの子ができるだけ傷付かないようにしてもらえるとありがたい」

川畑はふかぶかと頭を下げた。




「お父さん、お風呂どうぞ」

「はいはい。入る、入る」

声をかけに来た山桜桃の母親は、川畑をリビングに呼んだ。

「ごめんなさいね、おじさんの長話に付き合わせちゃって。うちの人、家では女ばっかりだから、男の子がいると息子ができたみたいで嬉しいのよ」

「お父さんの子供だったら、こんなに背が高いわけないじゃん」

花梨(カリン)

山桜桃の妹は、風呂上がりらしくヒヨコ柄の黄色いパジャマを着て、濡れた髪を雑にタオルで巻いていた。

「アイスは髪を乾かしてからにしなさい」

「いいじゃん、別に」

「花梨ちゃん。風呂上がりにちゃんと髪を乾かさないと、禿げるぞ」

「ええっ、嘘っ!」

「毛根に継続的なダメージが加わって、老化を早めるんだ」

「イヤー、それっぽいこと言わないで!」

「ほらほら、早くしないと毛根が死ぬぞー」

「やめてー!アイス開けちゃったのにー」


杏が川畑の着替えを持ってリビングにくると、花梨が棒アイスを食べながら、川畑に髪を拭かせていた。

「ちょっと、花梨!あんた川畑くんに何やらせてるの」

「……ハゲやだ」

「怒らないでやってくれ。これは俺がやらせてもらっているだけだから」

苦笑しながら、川畑は温風を花梨の細い髪にあてた。

「ひやぁぁあ、何、何!?」

「ドライヤー魔法。ほら、動くな。アイスが落ちるぞ」

「あ、あ、んん」

あわてて棒アイスを咥えた花梨の髪をすきながら、川畑は杏の手元に目をやった。

「それは?」

「あ、これ作務衣というか甚平かな。寝間着にして。川畑くん、ろくに着替え持ってきてないんでしょう?」

「お姉ちゃん、いいの?それ、夏に花火大会に誘うって一生懸命縫ってたやつじゃん」

「花梨、余計なこと言わないで。いいの。川畑くん、ごめんね。これはちょっと失敗したから寝間着にしちゃって」

「縫ったって……これ、杏が全部作ったっていうことか?すげぇ」

川畑は杏から甚平を受け取った。

「おお、なんか格好いい。いや、これは寝間着には勿体ないだろ」

「ううん。本当は渡すつもりなかった失敗作だから。ちゃんとしたのはまた作るから」


川畑は押しきられて、甚平に着替えた。

「やだ。丈が短すぎるね。川畑くん、脚長い」

「俺はこれくらいの丈でも別に……」

川畑は問題ないと主張したが、山桜桃の母親は娘の作に遠慮なくダメ出しをした。

「んん、でももう少し長い方がいいわね。肩もきつそうだし。杏、今、測らせてもらったら」

「そうする。川畑くん、ちょっと採寸させてね。お母さん、手伝って」

川畑は母娘に言われるままにメジャーを当てられた。

「すごい背幅ね。肩や胸の厚みもあるから、作るときはそこも考えないとダメよ、杏。裾が短くて、前のあわせがみっともなくなるから」

「はあい。川畑くん、アームホールどれくらい必要かみたいから腕回り測らせて」

「甚平なら適当でよくないか?」

「いいから腕だして」

「はい」

川畑はくすぐったいのを我慢しながら、山桜桃の言うとおりにした。


花火大会まで自分がここの世界にいるかどうかわからないとは、言い出せなかった。

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