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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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日は沈み人はすれ違う

「拾いに来てくれない……」

「何を黄昏てるんだ」

保健室でしょんぼりしていた川畑は、職員室から帰ってきたヴァレリアに小突かれた。

「帰る支度をしろ。ああ、教室から荷物は持ってきてもらえているんだな。では、すぐに出れるな」

「でも、植木に連絡がとれていないんです」

「あの同室の子か。わかった、ここに来たらお前は今日は家の人と自宅に帰ったと伝えておいてやろう」

川畑は怪訝そうな顔をした。

「"家の人"と"自宅"ってなんです?」

「職員室のうるさ方が、寮じゃなくて自宅に帰らせろとごねてな」

「俺の家族は海外にいることになっているんですが」

「ああ、らしいな。お前の担任がそういっていた。それでもごり押しされたんで、仕方がないから、準備中の手札を切った」

「まさかジャック?」

「遠縁の親族だ。お前が私に教えたことになっているから、誰かに聞かれたら口裏合わせとけ」

「わかった……ところで、ジャックはどうやってここに?」

ヴァレリアは意外な質問をされたという顔をした。

「それはお前が手配しろ」

「ああ、やっぱり」




「俺を迎えに来たお前を、迎えに来て欲しいって、どういうこと?」

チッピィの鳥舎から出てきたジャックは、首をかしげた。

「とにかくまずついてきて。戻ってシャワー浴びて、これに着替えて。そしたら俺が今行ってる世界に連れていくから。建物出たら待ってる車に乗ってくれれば、学校につく。学校についたら俺のいる部屋まで来てくれ。ナビゲートと同時通訳はいつもどおりリンクしてサポートする」

川畑は着替えの入った袋をジャックに渡した。ジャックは包みの中身を覗きながら、不思議そうな顔をした。

「要領はわかった。なぜそんなことをする必要があるのかがわからない」

「俺は、事故の後で要観察の容態の未成年だから、付き添いの保護者と一緒に帰宅しないといけないんだよ」

「今、服や車の用意してここにいるお前は、その要観察の容態の未成年とどういう関係にあるんだ?」

「俺はうちでジャックの世話をしてるけど、世間体は親戚のジャックおじさんのうちで世話になってるんだよ」

「うーん、わからん。わからんからとりあえずお前の言うとおりにする。ただし、その"おじさん"ってのには厳重な異議を申し立てるからな!」

遠縁のジャック()()()()は、頼みどおりに、学校に迎えに来てくれた。




「おや、植木、まだ残ってたのか。ちょうど良かった。ちょっと頼みたいことが……」

「先生!僕、保健室に川畑くんを迎えにいかなきゃいけないんです」

あのあと、植木は教室に戻るまでに何人もに話しかけられて、すっかり遅くなっていた。川畑と一緒にいないと人避け結界がないせいで人目につきやすく、話しかけやすいので、今日の植木はやたらと知らない相手から話しかけられたのだ。

やっと戻ってきた教室では、担任が週末の最終退室者の確認をしていた。

「なんだ。川畑ならさっき家の人がタクシーで迎えに来て帰ったぞ」

「ええっ、荷物は?」

「安心しろ。山桜桃が保健室まで届けてくれたらしいから」

「そうですか……」

「それで寮の方にこの紙を渡しておいて欲しいんだが頼めるか」

「は、はい」

植木は川畑の外泊申請の紙を受け取ってうなだれた。

この週末は植木も外泊組だ。先々週は早く戻り、先週末はイベントに出ていてちゃんとメンテナンスしていないので、今週はしっかりと長時間メンテナンスを受けろと帽子の男に言われている。長期間、偽体生活を続けるには、こまめなメンテナンスが重要なのだという。


「早く帰れよ。教室施錠するぞ」

「はい。すみません」

植木はとぼとぼと寮に戻った。

川畑がいないと部屋はがらんとしていて、あまりにも寂しかった。

課題でもやろうかとタブレットを開くと、川畑から捨て犬の画像が送られてきていた。

しょんぼりした白い仔犬がダンボール箱の中からこちらを見ている。

「違うよ。捨てたんじゃないよ」

あまりの罪悪感に、植木は画面を閉じてタブレットを伏せた。

胸が締め付けられるように痛くて、息が苦しいのに、涙は出なくて泣くこともできなかった。

保健室で休んでいた川畑は山桜桃をきっと喜んで出迎えただろう。ダンボール箱の中の仔犬を抱き上げる山桜桃のイメージが浮かんで、植木は首を振った。

「山桜桃さん、"何にもできない"どころか、しっかり"彼女"らしいことできてるじゃん……私と違って」

二人のことを考えると、なんだか嫌な気持ちがぐるぐる渦を巻いて、つらかった。

それ以上、一人で静かな部屋に居たくなくて、植木はすぐに外泊申請を出して寮を出た。




「やっと見つけた。待て、スオウ。お前、今日一日俺を避けてただろう」

寮の廊下をズカズカとやってくる御形(ごぎょう)伊吹(イブキ)に、海棠(かいどう)は眉をひそめた。

「話がある」

「俺にはない」

素っ気なく言って立ち去ろうとした海棠だったが、ふと脚を止めて向き直った。

「いや、話しておくことが1件あったな。茅間ミキとヨウが自宅通学になるので俺の隣の部屋が空く。2年の希望者を移動させるぞ」

「双子が自宅通学?」

「最近の素行の問題で親から戻ってこいと言われたんだ。車で送迎になるそうだ」

「ああ、なるほど」

「引っ越しのために業者が入る。承知しておけ。教師と寮母には申請済みだ」

「先生と寮母さんに話が通っているならいい。それで、俺の用件なんだが、生徒会が……」

「聞きたくない」

「聞けよ。Sプロの話なんだ」

海棠は顔をしかめて、詰め寄った御形の肩を押しやった。

「聞きたくないと言ってるだろう。しつこいぞ。生徒会とお前が組んで、色々と画策しているのは知っている。俺は生徒会側に付いたお前と話をする気はない」

御形はただでさえ厳めしい顔をいっそう険しくした。

「確かに愉快な話ではないかも知れないが、長い目で見ればSプロやお前のためになる話だ。聞いてくれ」

「聞けばゴリ押しする気だろう。お前のいつものやり口だ。その手は食わん」

「スオウ……俺や生徒会を敵視するのは止せ」

「敵視しているのはそちらだろう。俺は絶対にSプロを守ってみせるからな」

海棠は御形を睨み付けた後、その場を立ち去った。


「(朝の挨拶運動の声掛け係って、そこまで嫌なのか)」

御形は、颯爽と去っていく海棠の後ろ姿を見送りながら、内心でため息を付いた。

捨て犬の画像

川畑は「拾ってください」のメッセージのつもり


でもノリコからすれば、"うちの犬"が、飼い主から捨てられたと思って誰かに拾われるのを待っているシチュエーションに見えた。


ノリコさーん、あなた無意識に"飼い主"発想してますよー。(実態は当たらずとも遠からず)

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