前提の間違った呼び出し
植木はイライラしながら、可愛い便箋を再確認して、ポケットに突っ込んだ。
指定された待ち合わせ場所はここで間違いない。
昼休みに、川畑のところに行こうとした植木は、知らない女の子に呼び止められた。もじもじしながら「お話が…」という彼女を無視もできず、相手をしてやったが、要領を得ない話の挙げ句にわかったのは、彼女はただの郵便屋役だということだった。
「あなた宛の手紙を預かりました。どうぞ」の一言で済む用事に、ウジウジもじもじと時間をかけた相手に内心で苛つきながら、植木は笑顔で手紙を受け取った。
「(ラブレターなら、机か下駄箱に置いておけばいいよね。初手で印象を悪くする奴にこういう役を任せるのって、どうなの?)」
保健室の川畑のところに行くタイミングを、完全に逃した植木は、面白くない気持ちで可愛らしいハート型のシールを剥がして封筒を開いた。
封筒の中身も恐ろしく内容がなかった。便箋に書かれていた中で意味があるのは、要するに待ち合わせ場所と時間。時候の挨拶やよく分からないあれこれの意味のない文を除いた要件は、結局、今日そこに他の人には内緒で一人で来て欲しいということだけだった。差出人の名前も連絡先も何も書いていない。
「(面倒だなぁ)」
指定された時間は放課後だ。午後の授業にも川畑が帰ってこれなかったら、迎えにいってあげなくてはいけないのに、こんなことをしていれば遅くなる。
「(よりによって今日じゃなくてもいいのに)」
告白されても、付き合う気なんて欠片もない。しかし、この手の思い込みの激しい自分本意の告白をしてくる相手を粗雑に扱うと、後々かえって面倒になるは、経験上知っている。相手の要求どおり会ってあげて、きちんと断るのが大切なのだ。それに、こっちには迷惑以外何物でもなくても、相手にとっては真剣に悩んだ末に思いきっての行動なのだから、ちゃんと対応してあげないと失礼だ。
「(ああ、気が重い)」
植木は、いっそ「川畑くんが好きなので、他の人とはお付き合いしません!」って公言したら、楽になれるのではないかなどと暴挙を検討しながら、放課後に指定された101教室に向かった。
放課後の101教室には誰もいなかった。
もともと通常授業では使わない特別教室なので、人気がないのはいつものことだが、呼び出した側が遅刻というのは腹が立った。
植木は教室の窓を開けて風をいれた。101教室の窓は運動場ではなく中庭に面しているので、入ってくる風は涼しい。窓際の席に腰掛けたところで、101教室のドアが開いた。
上履きの学年カラーは3年生、すらりとした長い脚はスラックス。入ってきたのは、Sプロのリーダーの海棠スオウだった。
「あっ、すみません。この教室使いますか?」
植木はあわてて席を立った。女の子がまだ来ていないのは運が良かった。告白中に他の人がやってくるなんて、気まずいことこの上ない。
「かまわない。掛けたまえ」
「いえ、お邪魔でしたら、僕は失礼します」
Sプロがこの教室を使っていたら、相手の子も諦めるだろうと考えて、植木は退出しようとした。
「帰られては困る。君を呼び出したのは俺だ」
海棠は出入り口の戸を閉めて、後ろ手で鍵をかけた。
「えっ!?」
植木は海棠を二度見した。
「(こっちの世界で男子から告白されることは想定外だった!)」
植木はシミュレーションしていた"お断り"台詞集をあわてて、男向けに修正した。
「驚いたかい。まさかこの俺がわざわざ君に会いに来るとは思わなかったろう」
「はい。急なことで驚きました」
海棠は自分がモテることに自信がある男らしい動作で、植木に近づいてきた。
「(困ったな。こういう人って、自分の告白が断られると思ってないから、話の持って行き方を間違えると怒るんだよねぇ)」
呼び出しの手紙をラブレターだと思い込んでいる植木の困惑を知るよしもなく、海棠は単刀直入に要件を切り出した。
「実は、イベントの時の君の勇姿と行動力に惚れたんだ。俺と組まないか」
「すみません。お申し出は大変光栄ですが、お断りさせていただきます。僕では貴方には釣り合いません。貴方にはもっと相応しい方が身の回りに沢山いらっしゃると思います。今一度お考え直しください」
食い気味に出鼻を挫かれて、海棠は鼻白んだ。
「……一考だにせず断られるとは思わなかったな。遠慮ならしなくていい。俺に相応しい相手かどうかは俺が決める。お前が勝手に決めることではない。確かに俺の回りには素晴らしい奴らがいる。だが俺とあいつらとの付き合いと、お前とも新たに縁を結ぶのは、別に相反することでもなんでもない。あいつらの一人としてお前も俺を支えてくれ」
「(えええ?ちょっと本気でハーレムに入れっていってるの、この俺様?ていうか、今、何股してるの!?いやそれよりも、その"あいつら"って性別どっち!?)」
植木の誤解と困惑は止まるところを知らなかった。
「あのう……こう見えても僕は、貴方と同じ男です。海棠さん」
「ふっ、同じ男として俺の下は嫌か」
海棠は自分の言葉のことごとくがとんでもない意味でとらえられているとは露知らず、強張った顔で自分を見返す植木のことを、意外に骨のあるやつだと見直していた。
「だが俺もSプロのリーダーとして、貴様の下になる気はない」
「下とか上とか……そういう話は止めませんか?」
「いいだろう。この俺相手にそこまでずけずけ言う奴は滅多にいないからな。特別にお前は対等に扱ってやってもいい」
「(この人、交遊関係見直した方がいいんじゃないかな)」
そう思いながらもそうとは言えず、植木は重ねて丁寧に断ることにした。
「どちらにしてもお断りさせていただきます」
「なぜだ。理由はなんだ。俺と付き合うことはお前にとってプラスにしかならんだろう……川畑のせいか?」
この話題で川畑の名前を出されて、植木は激しく動揺した。他の人とお付き合いする気が全くないのは、まさに川畑が好きだからに他ならない。だが、建前上かつ肉体的にも男である現状でそれを主張するのは、保守的なお嬢様教育で育ったノリコには、ハードルが高かった。しかも、川畑はここではクラスメイトの山桜桃と両思いで付き合っているという噂がもっぱらで、自分はそれを応援すると言ってしまっている立場である。それに男の川畑が好きだと言ってしまったら、この手の自信家は、男同士で抵抗がないなら、俺の方がいい男だと言い出すに決まっている。
「あの程度の男のことなど気にするな。聞いたぞ。女を庇い損ねて魔力弾に当たったそうじゃないか。どうせしばらく使い物にならんのだろう。放っておけばいい」
「そんなことできるわけないでしょう!川畑くんは大事な友達です。ご存じなら話が早い。僕、彼を迎えにいかなきゃいけないんです。ご用件がこれでお仕舞いなら、失礼させていただきます」
「まぁ、待て」
出口に向かおうとする植木を、海棠はその腕を掴んで引き留めた。
「離してください」
「あいつと俺に因縁があるとでも思って気にしているのか?俺は別にあんな奴のことはなんとも思っていないぞ。奴や女がまいた嘘に惑わされないでくれ」
「川畑くんと山桜桃さんのことを悪く言わないでください。あの二人にあなたがひどい命令を一方的に押し付けたのは事実でしょう」
「やはり君の態度がおかしいのは、その話のせいか!」
海棠は大袈裟に天を仰いで嘆いて見せた。
「そんなの俺にとってはどうでもいい話だったんだ。その場の勢いってものがあるだろう。それを大騒ぎして俺を悪役扱いするのだから、全く困ったものだ」
「そんな……じゃあ、二人は」
「別に話そうが、付き合おうが勝手にすればいい」
海棠は植木を見て、ひどく含みのある顔で笑った。
「植木、君が俺の言うことを聞いてくれるなら、俺はそんな些細なことは全く気にしないさ」
「!……卑怯者」
「これほど寛大な俺に、酷い言い種だな」
植木はグッと奥歯を噛み締めた。
川畑と山桜桃が付き合うために、自分がこの嫌な男の言いなりにならねばならないなんて、絶対に嫌だ。
「(でも……)」
川畑は山桜桃の作ったお弁当をそれはもう幸せそうに食べていた。今回の事故でも、危険だったのが彼女だからあれほどためらいなく即座に庇えたのだろう。暴発事故の直後、川畑は気を失う前に、確かにしっかりと山桜桃の無事を確認して、満足げな顔をしていたのだ。
「僕が……譲歩すれば、川畑くん達の件はなしにしてくれるんですね」
「譲歩というのは、いささか不思議な言い回しだな」
「貴方の言いなりにはならない。貴方の取り巻きの一人になるつもりもない。ただ、貴方が僕をちゃんと普通に男としてあつかってくれるなら、知人として話は聞くし、頼み事をされれば常識的な範囲で協力します。それでいいですね」
「不本意ではあるが……いいだろう」
横柄にそう答えた海棠を、植木は悔しげに睨んだ。
「失礼します」
保健室の川畑を迎えに行こうとした植木の背中に、海棠は声をかけた。
「君の友人として忠告する。役立たずの川畑とはこれ以上関わらないようにしたまえ。必要なら寮の部屋は変えてやる。そうだな、俺の隣の部屋の奴を他所に移らせよう」
「な……」
「今ちょうど、生徒会がいろいろうるさいことを言ってきていてね。君にもなにかと相談したいんだ。話は聞いてくれるんだろう?」
絶句した植木に、海棠は男らしく整った甘い笑顔で微笑んだ。




