病人ではないが見舞いは嬉しい
「しっかし、制服が全損なのに無傷って、お前の身体、頑丈ってレベルじゃないだろう」
「さぁな。榊先生がなんとかしてくれたんじゃないか?」
川畑は全力でヴァレリアに要因をぶん投げた。
「そうか。そうだよな。魔力弾が直撃して無傷なんて、そんなことあるわけないもんな。……ユカリちゃん、すげぇ。回復魔法の天才か」
「まぁ、養護教諭だし」
「お前が保健室の先生にどんな幻想を抱いているのかは知らんが、その論法だと、ガン治療する保健室の先生がいても不思議じゃないって話だぞ」
「まさか竹本から、保健室の先生に幻想を抱くなって言われるとは」
「お前はもっとユカリちゃんに感謝して、崇め奉るべきだぞ!命の恩人だし、あんなに美人でナイスバディで、かつガード堅そうにしてるくせに隙だらけな人、なかなかいないからな!」
「……お前、帰れ」
「ちくしょう、一人だけズルいぞ!あのおっぱいと太股の感触どうだった?詳細教えてください」
「竹本……」
「ああ、羨ましい!俺もあの胸の谷間に顔を埋めて甘えてみたい!!」
「竹本、先生戻ってきてる」
「はうっ」
竹本は脱兎も裸足で逃げ出す勢いで、帰っていった。
放課後。
川畑を寮に帰すかどうか、ヴァレリアがクラス担任と相談しにもう一度出掛けたところで、保健室に山桜桃がやって来た。
「その……竹本くんが、川畑くんの荷物を持っていってあげて欲しいって」
「悪かったな。重かっただろう」
竹本は気の利かせ方は、そういうところが残念だ。と、思いながら川畑は荷物を受け取った。
「あと、これ。竹本くんから」
渡されたのは購買部で売っている準制服の白のポロシャツだった。
「ごめんね。川畑くん、ポロシャツは使ってないと思うけど、半袖カッターはサイズがなくて」
「それはかまわん。ありがとう。これ、料金は竹本が立て替えてくれてるのか?」
「お詫びだからって言ってた」
「そういうの気にしなくていいのに……」
川畑は後でなんかで返そうと思いながら、ポロシャツの袋を開封した。
被っていたシーツを肩から落としたところで、ふと山桜桃の顔を見る。彼女は気遣わしげにこちらを見ていたが、川畑と目が合うとちょっとだけ笑顔になった。
「何?」
「ううん。なんでもない。ただ、川畑くんが思ってたよりずっといつもどおりで安心したの。怪我も無さそうだし」
川畑は「まあな」と答えた。
「俺も山桜桃が普通で安心した」
「私はかすり傷1つなかったから」
「いや、そうじゃなくて……さっき竹本にこのかっこ猥褻物扱いされたんだ。やっぱりそんなことないよな」
「わいせつ……」
怪我がなく健康であることに安堵していただけだった山桜桃は、変な方向に意識が向いてしまった。
「べつに男が上脱いでても、だからなんだって話なんだよ。あいつらが変に気にしすぎなんだ」
ちょっと気にしていた川畑は、山桜桃の反応が普通だったのに気を良くして、正当性を力説した。
「山桜桃は俺が裸でも平気だもんな」
「え……それは」
山桜桃は目の前の胸や腹をあらためてじっと見てしまった。堅そうで良くしまっているが、実は触るといい感じに弾力があって暖かい……とか、いらない記憶が甦る。
「まぁ、今さらだよな。杏はもう散々触り倒し……」
「言わないで!!」
一気に耳まで赤くなった山桜桃は、川畑にポロシャツを被せると無理やり着せた。
「お、ぴったりだ」
「肩と胸回りのサイズで選んだから胴回りはかなり余るけど、ポロシャツならいいよね」
「山桜桃が選んでくれたのか?竹本がとりあえず一番大きいの買ってきたのかと思った」
「ラグビー部の人とか、川畑くんより大きい人もいるから」
「そういえばそうか」
川畑は、身長はともかく、横巾がすごいのがいたのを思い出した。あいつら用のサイズがあるなら確かに大きすぎるだろう。
「私はその……川畑くんのサイズなんとなくわかったから」
山桜桃は、小さな声で言った。
彼女は、ボタンを付けたときに見たシャツのサイズを覚えていたとか、エプロン作ろうと思ったとき、寸法を目算するためにガン見したことがあるとか、詳細は白状すると引かれそうだったので黙っておくことにした。もちろん、触りまくったときの感じを覚えているなんて口に出したくない。
「そうかぁ、杏は洋裁できるからそういうのわかるんだ」
川畑の尊敬を含んだ声が、くすぐったい。彼はよく、彼女のなんでもないようなことに感動してくれる。
「料理も旨いし、裁縫はできるし、本読んでていろんなこと知ってるし、さすが師匠」
「師匠は止めてってば」
久々の普通の軽口がなんだか楽しかった。時々、川畑が彼女を呼ぶときに名前呼びに戻っているのも、恋人ゴッコの時のようで嬉しい。
山桜桃は実習や川畑が出れなかった授業の話をしながら、幸せな気持ちに浸った。
「週末、またお邪魔してもいいか」
「も、もちろん!」
「実習の話を進めておきたいんだけど、寮は女子呼べないから。それに……」
「なあに?お菓子作りの続き?」
「うん。それもなんだが、煮物とかさ、料理も基礎を教えて欲しいんだよ。この前の弁当のおかずがめちゃめちゃ旨かった。俺、あの味好きだ」
「……毎日、作ろうか?」
「いや、それは申し訳ないからやらなくていい。もちろん毎日食べたい味だし、むしろ弁当じゃなくて朝晩ちゃんとあの味の飯が食えたら、まじで人生幸せだろうなと思う」
山桜桃はもう少しで「あなたのために一生作ります!」と言いそうになった。こんなの普通なら「君の味噌汁が飲みたい」以上の口説き文句である。
「だから、俺もちゃんとああいう飯が作れるようになりたいんだ。家庭料理の基本的なことを教えてくれ」
そこで自分でやれるようになりたいと思っちゃうのが川畑くんだよね、と内心で苦笑しながら、山桜桃は了承した。
「じゃあ、明日」
「先生が外出してもいいっておっしゃったらね」
「全然なんともないから大丈夫」
川畑は笑顔で山桜桃を見送った。
「(それはともかく、のりこが来てくれない)」
川畑は、荷物からタブレットを取り出した。
「(これで、先に帰られてたら、ちょっとショックだな)」
今は機械的な手段でしか植木との遠隔通話ができない。実習の時に魔術の発動に影響が出たり、使いすぎて週末のメンテナンスでばれるといけないので、今日は魔力同期していなかったのだ。
「連絡は……きてないな。そもそも俺の手元にこれが持ってこられてるってわかってないと、ここに連絡は入れないか」
川畑は、見捨てられていたら悲しいなぁ、と病人でもないのに病人のように気弱なことを考えながら、植木のタブレットに、"拾ってください"と書かれた箱に入った犬の画像を送信した。
返信は来なかった。




