想定外に丈夫なため想定より大丈夫
「川畑が負傷?」
「魔術実習室で暴発事故があって、保健室に担ぎ込まれたそうです」
海棠スオウは目を細めた。これから使う予定の道具が壊れたというのは、好ましくないニュースだ。
「容態は?どんな事故だったんだ」
「うちのクラス、その次の時間に実習だったんですが、実習室の床や天井が、一部完全にはがれていました。壁も上の方に何ヵ所か大きなへこみができていたので、相当な威力だったみたいです」
「詳細はわかりませんが、かなり大きい魔力弾が1つだけ水平に飛んで……直撃だったそうです」
「ただその……」
噂を報告しに来た2年生の二人は、聞いた話の真偽に自信が無い様子でためらった。
「倒れはしたもののすぐに起き上がって、保健室に行くときははっきり意識があって会話できたと……」
「何?魔力弾の直撃なんだろう?」
「はい。普通は数日は意識が戻らなくて、死んでもおかしくない規模の光球だったそうです」
「光球が目視できるレベルの魔力弾を食らって、人間がすぐに起き上がれるわけないだろう。何かの間違いじゃないのか?実はかすっただけだったとか」
「隣にいた女子を庇って背中にもろに食らったそうです。制服が真っ黒になって背中に張り付いていたって、B組の奴が言ってました」
「うげ、まじか。俺そっちは知らなかった。女の子に当たってたら大惨事じゃん。庇った相手って、例のあの子だって聞いたぞ」
「例の?」
問い返した海棠に、二年生スタッフは、しまったという顔をした。
「ええっと……以前、海棠先輩が交際を禁止したあいつの彼女です」
「何の話だ?」
「あの……お忘れかもしれませんが、図書室の一件です。海棠先輩、茅間くん達がその子のこと気に入ったからって、あいつを付き合い始めたばかりの彼女と別れさせたでしょう。もう会話もするな、近づくなって命令して、土下座させて誓わせたアレです」
「……」
「後で植木に散々に言われて、結局、茅間くん達も彼女に手を出すのは止めたみたいです。けど、あの二人、海棠先輩との約束はちゃんと守ってて……な」
「うん。同じクラスで両思いなのにって、うちのクラスの女子らが騒いでたっけ」
「今回もそれで彼女、保健室に付き添いにも、お見舞いにもいけないって……ずっと泣いてたって」
「その女の話は、もういい」
海棠は、形の良いキリリとした眉を不快げにひそめた。
「それで、川畑はどうした」
「救急車が来た様子はないので、家の人が迎えに来たか、まだ保健室にいるかだと思います」
「そうか。では、また何か分かったら来てくれ」
「はいっ、失礼します」
憂いを含んだ表情の海棠に一礼して、二年生の二人はそそくさと立ち去った。
彼は今聞いた不快に歪められた噂は気にしないことにした。逆恨みした女が、さも自分が被害者であるかのように、海棠の悪い風聞をまくことは、これまでにもあったのだ。
「(ただ、Sプロの身内までがあんな風に思っているというのは、問題だな……後でシュウに相談して、一応、対処しておいてもらうか)」
悪い兆候は早めに潰しておくに限る。
とはいえ、海棠は些事を考えるのはそこまでにして、目下の問題に頭を切り替えた。
「(川畑は使えなくなったが、逆に言えば、敵側につく可能性もなくなったということか)」
いらない妨害の不安要素がなくなったのは大きい。
「(今なら手駒を失った植木が、うちと組むことをメリットと考える可能性が高い。取り込むにはむしろチャンスか)」
海棠は予定通り、放課後に植木を呼び出させることにした。
「失礼しまーす。ユカリ先生、川畑の様子は……って、あれ?お前、起きてんじゃん」
不安そうに保健室に入って来た竹本は、ベッドの川畑を見て明らかにほっとした顔になった。
「ユカリちゃんは?」
「意外な奴が来たと思ったら、先生目当てか」
川畑は呆れた顔で竹本を見た。
「いやいや、俺は純粋にお前が心配でだな」
失敗した本人なので、心配していたというのは嘘ではないだろう。
「榊先生は職員室だ。残念だったな。もう帰っていいぞ」
「悪かった。まじで悪かった」
「別に怒ってない。凡ミスは誰にもあるし。俺もなんともないから」
「なんともないって……そもそも起きてて大丈夫なのか?寝てた方がいいんじゃないか?……あ!ひょっとして背中の怪我がひどくて横になれないとか?」
「背中はどうもしてない」
「何でシーツにくるまってるんだ?寒気がするのか?」
「制服は全損したから、今、上半身なんも着てないんだよ。この季節だから俺は別段、気にならないんだが、さっき保健室に来た女子に悲鳴をあげられてな」
演劇部副部長の鈴城に猛烈な早口で叱責されたことを思い出して、川畑は渋い顔をした。「なんでいつも半裸なの!?」とか言われても、2回とも不可抗力だ。そんなときに限ってやってくるのが悪いとしか言い様がない。
川畑は「やっぱり変だし脱ぐか」と、シーツを肩から落とした。
竹本は、この状態の川畑に遭遇するはめになった女子に、心の中でお悔やみを申し上げた。
「着ておけ。その女子の反応は正しい」
竹本はそっとシーツを差し出した。
「そうだ、竹本。教室に戻ったら、植木に寮から俺のシャツ持ってきてくれって、頼んでくれないか。このなりでその辺歩いてたら、風紀の伊吹先輩に怒られる」
「お前、まさか歩いて寮に帰る気か。家の人に連絡して迎えに来てもらった方がいいんじゃないか?」
「俺んとこ、身内は海外にいるから迎えにこれないんだ」
「そ、そうなのか。大変だな。わかった。植木に伝えておく」
「荷物も教室に置きっぱなしだから、メールもなにもできくて」
「そういえばそうか。俺が持ってこりゃ良かったな」
川畑は「いいさ」と軽く答えて、竹本に座るようすすめた。
「みんなどうしてた?お前んとこは再試成功したか?」
「まさか!あの後ですぐになんてできるわけないだろ。みんな実習どころじゃなかったよ」
「そうかぁ。試行実験の結果が気になってたんだが」
「お前のところの班は、植木が頑張ってたな」
竹本の話すところによれば、川畑が保健室に連れていかれた後、山桜桃が泣いてしまって大変だったらしい。
「俺もなんかもう、どうしていいかわからなくて、おろおろするばっかりでさ」
そんな状況を植木がうまく仕切ってまとめてくれたという。
「あいつ、ああいうところ男前だよな。"川畑くんが実験結果教えてくれって言ってたから、僕達は伝えられる結果をちゃんと出しておこう"って言ってさ。何にもしてあげられることがないって泣いてた山桜桃励ましてた。なんか非常時にしっかりしてる奴が、何だかんだで一番カッコいいわ」
「……非常時に一人だけぶっ倒れて、みんなに心配かけてすまん」
川畑はガックリうなだれて落ち込んだ。
「お前はさ、山桜桃守ってくれたんだろ。丈夫なお前だからなんか大丈夫そうにしてるけど、山桜桃だったらそうはいかなかったと思うぞ」
竹本は隣に座った川畑の肩を叩いた。
「それにしても本当に傷もなんもないな」
竹本は自分でかけたシーツをもう一度めくって、川畑の背中を撫でた。
「触んな」
「悪りぃ。痛いのか?」
「お前、男に背中撫で回される自分を想像してみろ」
「すまんかった。心の底から反省した」
竹本は今日一番真摯に謝罪した。




