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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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暴発

魔女ヴァレリアは、学園の養護教諭(さかき)ユカリという陳腐な役を、呆れと退屈と若干の面白さを感じながら務めていた。


飢餓だ、戦乱だ、迫害だと、何かと忙しい世界で育ったので、こういう年頃の若者が大勢集まって、過剰に保護された状態で呑気に魔法を学んでいる状況というのに、まずカルチャーショックを感じた。大人か、大人未満である子供かしか区分がない世界の出身者としては、自立を求められていないのに、自己主張を認められている"青少年"という区分は、よく分からなかった。ただの甘ったれに思えたが、落ち着きがなく欲望丸出しなのにあまり醜くは感じない人間というのは、なかなか興味深くもあった。


「ユカリちゃん見ててねー」

体ばかり育った馬鹿者の一人が、こちらに向かって愛想良く手を振りながら、用意した魔方陣の前に立った。

魔術実習室での自由課題の監督補助役のヴァレリアは、ただの監視員ではなく、自分も術式チェックの方がやりたいなと思いながら、学生に声をかけた。

「いいから集中しろ馬鹿者」

「はぅっ、塩対応いただきました」

何が嬉しいのか、コミカルに体をくねらせた馬鹿者は、仲間に向かって指を2本突き出しながら、魔法の発動に入った。


「おい、ちゃんと術式を……」

構築されかかった術を見て、ヴァレリアはそれに欠陥があるのに気づいた。初心者らしい凡ミスなので、普通の弟子がやらかしたなら放置して、後で痛覚ありの回復魔法か部位蘇生魔法でもかけて、失敗を骨身に染みさせるだけである。

しかし今のヴァレリアは、養護教諭として、仮にも雇用契約上は、担当生徒の身体の安全を確保しなければならない立場であった。雇用契約をないがしろにするのは魔女の名折れなので、ヴァレリアは暴発する魔法から周囲の生徒を守るために魔法を展開した。

「(とはいえ、何も感じなければ失敗から学べまい)」

ヴァレリアは、暴発魔法のキャンセルはせず、発生する過剰な熱や爆風や放出される魔力弾から生徒を防御する最低限の障壁を形成することにした。傷、火傷、魔力障害など、後で治療が必要になる害が残ると、自分の仕事が増えるので、そういうのはない程度にはする。転んで尻餅をつくとか、しばらく耳がキーンとするとか、魔力飽和で一瞬意識が飛ぶとか、熱風で髪型がグシャグシャになるとか、他愛ない効果ぐらいはご愛敬だろうとスルーすることにした。

もちろん対物保証も業務外なので、床や天井の被害は気にしないが、そこは実習室というだけあって、元々それなりに強化されているようではある。

ヴァレリアは大きめの魔力弾の1つが奥の女生徒の一人の方に飛ぶのを感じた。そこにも障壁を張ろうとしたところで、女生徒の隣に川畑がいて、彼女をかばう位置に動こうとしているのに気づいた。

「(あれは問題なし)」

残りの全員をチェックして必要な分の障壁をきれいに展開したヴァレリアは、轟音と悲鳴で騒然となった実習室で自分の仕事に満足した。




「きゃーっ!」

「川畑くん、大丈夫かっ!?」

「直撃したぞ!」

「榊先生!来てくださいっ」

周囲が大騒ぎしたタイミングで、川畑とヴァレリアは「あれ?」っと思った。

「(そういえば、普通は大丈夫じゃないのか)」

学校では川畑は一応普通の生徒で通しているので、毎晩の魔術特訓の基準を適用してはいけないことを、遅ればせながら師弟は思い出した。


「う……」

山桜桃を抱えるようにかばって、背中に魔力弾の直撃を受けた川畑は、小さく呻いて膝を折った。

「川畑くんっ」

山桜桃は、あわてて抱き止めて支えようとしたが、非力な彼女にその巨体が支えられるわけもなく、一緒に座り込むしかなかった。

川畑は彼女の腕の中で、気を失ったようにずるずると力なく崩れ落ちた。

「そんな……ダメ、しっかりして」

半泣きの山桜桃は、一生懸命呼び掛けながら、せめて頭は床に落とすまいと、必死で片方の肩から頭を抱き締めた。

厳しい表情でこちらにやって来た榊は、魔術実習の教師に他の生徒の確認を頼むと、おろおろする山桜桃の隣に膝をついた。

「容態を確認する。私に任せなさい」

「先生……お願いします」

榊は山桜桃から川畑を受け取った。真っ直ぐに寝かせて、胸の上と額に手を置き、何か小声で呟きながら、額に置いた手の上に自分の額を付ける。

周囲の生徒達は川畑の無事を祈りながら息を飲んで様子を見守った。


『どうせ全部弾いたか吸収したのは知っているが、一応、様子を診させろ。私の魔力まで弾くんじゃない』

『魔力診断はしなくてもいいですよ。ヴァレさんの魔力、結構クるんで止めてください』

『相変わらず別次元な身体しくさりおって。少しは干渉させろ』

『嫌です。俺の体の平穏は断固確保させていただきます』

高速詠唱法と魔力同期による共感通信話法の混合による高速言語で、ヴァレリアと川畑は、周囲にはお聞かせできない会話をしていた。

『クソガキめ。そろそろ起きろ』

『どのくらいダメージ食らった感じで起きればいいですか?』

『ちょっとフラついとけ。自力でなんとか歩けそうな雰囲気にしておけよ。保健室で休ませるといって、ボロが出る前にこの場を引き上げる。お前のその図体を運ぶとなると大変だからな』

『了解です。起きるんでちょっと支えてください。さすがに自力でふらつきながら起き上がる自然な演技はできない』

『倒れるときのあれはなんだ。どさくさに紛れてお前……』

『起きますよ!』


川畑の身体が微かに動き、顎が上がった。榊先生は近づけていた頭をあげると、意識を取り戻した川畑が起き上がるのを支えた。

「す…みません……先生……」

「ゆっくり起き上がれ。痛みはあるか」

「いえ……」

起こしかけた上半身を背後から支えられたのはいいが、体格差のせいで微妙に中途半端な姿勢で二人とも身動きが取りづらくなってしまった。

「もっと私にもたれるようにして体を起こせ。ほら、ここに手を回せ」


『ヴァレさん、俺、もうこの際、普通に起きますよ!ちょっとこれは恥ずかしい』

『やかましい。グダグダ言わずに腹くくれ。半端に恥ずかしがってもぞもぞされると、こっちまで恥ずかしくなるだろう!こら、そんなところで息を吐くな』

『うるせぇ!変に意識させんなっ』


「……先生…もう、大丈夫です」

「もう少し様子を見た方がいい」

なんとか川畑が起き上がったところへ、植木が黒木と二人で備え付けの非常用の簡易ストレッチャーを押してきた。折り畳み式のそれは川畑には小さくて足が突き出す格好になったが、ひとまず彼はそこに寝かされた。

「他に要救護者は?」

「ないようです。川畑の容態はどうですか」

「こちらも重症ではありませんが、念のため保健室で休ませてもう少し様子を見ます」

「そうですか。事故の規模の割には被害が小さくてよかった」

「事故というほどのものではないでしょう。初心者なら良くある失敗です。おい、そこの術者!」

「は、はいっ」

暴発事故を起こして顔を青ざめさせていた男子生徒は、縮み上がって情けない声で返事をした。

「術式には真摯に向き合え。よそ見をしながら呼び出すと手痛くフラれて痛い目を見るってこと覚えとけ」

「はい」

「こいつのことは気にするな。こういうときのために私がいるんだから、全部、私に任せておけ」

「ありがとうございます!」


「川畑くん、大丈夫?」

植木は他の班員と一緒に、川畑の顔を覗き込んだ。

「ああ、心配かけてすまない。もう平気だ。ただ、先生の言うとおりに保健室に行っておくよ。任せて悪いが、後で実験結果教えてくれ」

「うん」

川畑は仲間を安心させるために、ぎこちない笑顔を浮かべた。


「(正直、なんともないからなー)」

川畑とヴァレリアは心配顔の生徒達に申し訳なく思いながら、保健室に退散した。

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