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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第9章 それはいつまでも続くと思っていた刹那

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エレガントには程遠く

魔術実習室で、川畑の共同研究演習のグループメンバーは、組み上げた定義魔法の詠唱文を前にお通夜状態だった。

佐藤と赤松は詠唱の長さと複雑さに悲鳴をあげた。

「無理。これを全文噛まずに詠唱は無理」

「カラオケでボカロ曲1.5倍速で100点取れといわれた方がまし」

発動魔方陣を単純にするために、いれたい要素を全部、定義側に持っていったせいで、定義魔法が重いことこの上なくなっており、それにともなって必要な詠唱も魔力操作も大変なことになっていた。


「理論的にはこれで行けるはず!を実際にやってみたら大惨事に……という、あるあるだなぁ」

あれもこれもと思い付いたアイディアを盛り込む奴や、術式構築を全部基本初級記述のみをこねくりまわして1階層で書いた奴がいた結果、長大になった詠唱文を前に、一同はガックリ頭を垂れた。


「これ、各自で作ってきた定義文を単純に繋げただけだから、無駄が色々あると思う。軽量化できるところがないか、皆で先頭から順番に見直そう」

川畑は、以前、大魔王コスプレの中年オヤジに言われた「解がエレファントすぎるぞ、青二才。もっと真理は単純かつエレガントにいけ」という言葉を思い出しながら、渋面で詠唱文を机に広げた。


「前提文の重複や無駄な構文を削除して、繰り返すところを構造化したけど……まだ長いですね」

「この描画対象の魔方陣を全部細かく描写しているのなんとかならないかな。ここだけで相当量あるよ」

「4つ定義するの諦める?そうしたら単純に4分の1になるけど」

「それは妥協しすぎでやだなぁ」

「4つの魔方陣の共通要素を1つの定義にして、差異の部分だけ個別にするのはどうかしら」

「それでも減らせるけど、魔方陣の入れ替えはしにくくなるよ」

「そもそも図形情報を描写する方法が、みんなバラバラじゃないか」

「構成する直線の始点と終点の座標とか、曲線の曲率とか恐ろしく細かく書いたの誰?」

「ピクセルで分解して、バイナリ展開して定義した奴、詠唱すること考えてないだろ」

「こっちはこっちで随分大雑把で図形の再現性に問題がありそう……」

「授業じゃ、丸だの直線だの、単純な図形の例題だけで、魔方陣みたいに複雑な図形の定義文は習っていないもんな」


植木はやたらに長い詠唱文を見ながら首をひねった。

「単色で平面の図形1つでこんなになるのに、ダンスパーティーの時の羽なんてどうやって定義していたんだろう?マジック部の人が私達より詠唱得意だとしても、限度があるでしょう」

「そういえばそうだね。トンボ型の翅脈とか、蝶々型の柄とかどうやったんだろう?」

「……あれはたぶん"トンボの羽のごとく"とか"蝶の羽のごとく"とか、"如く"構文で定義して、個別に描画はしていないんじゃないでしょうか」

山桜桃(ゆすらうめ)の言葉に、みんな目を瞬かせた。


「あの……えーっと、既定の現象や事物なら、その定義を引用できる構文です。引用対象の定義名を正確に詠唱しないといけないですが、直線や曲線の描写を個別にするよりは楽だと思います」

「"如く"構文……あった。履修範囲外じゃん。さすが、アン。よく知ってたね」

赤松はタブレットの検索結果を皆に見せた。

「伊達に図書室で専門書を読み漁ってないわね。うん。これ使えそう」

黒木は概要説明を読みながら、うなずいた。

「他に使えそうなテクニックはないか?うろ覚えでも構わないから、何か思い付くものがあったら教えてくれ」

川畑に声をかけられて、山桜桃は照れてうつむいた。

「ええっと……確か"御前に捧げた如く"っていう、具象認識構文があったはずです。これはサンプルを提供することで、定義を成立させるものなんですが、かなり高度な術式で、私達だとそれ自体の発動が難しいと思います。それにコール事に再現されるのが提供サンプルそのままになるから、ちょっと目的にはそぐわないかと……」

「たしかにね。魔方陣を書いた紙とか出現されても困る」

「その簡易版とかないかな」

「フリーで公開されている個人作成の構文の中に何かあった気はするんですが、名前を忘れてしまって」

「探してみよう。そういうのって専門のデータベースみたいなのあるの?」

「……こことか、あとは……ここでしょうか」


山桜桃に教えてもらいながら全員で探した結果、それらしい構文が見つかった。

「これだ!"御前に掲げた如く"」

「"掲示した図形やイラストデータを定義内容に取り込むサブ構文"……ビンゴ」

「事前発動で環境術式をいくつか用意しなくちゃいけないけれど、この程度ならなんとかなりそう」

「権利条項や使用条件も厳しくないし、これなら実習で使っても問題なさそうだね」

「取り込めるデータサイズとコール時の再現解像度もスペック的には大丈夫そう。あとは魔力コストがどれくらいになるかだけど、それは実際にテスト術式で試してみないといけないわね」

「よし、早速組んで、先生のチェックを貰いにいこう」

絶望的な状態からの脱出口を見つけた一同は、分担しててきぱきと作業を進めた。




「よう、お前のハーレム班どんな感じ?」

一段落ついたとことで、隣の班の竹本が声をかけてきた。

「どこがハーレムだ。人聞きの悪いことを言うな」

「だってパッと見、お前以外全員女の子じゃん」

山桜桃は大人しくて地味目の装いだがとても女の子らしい子だし、赤松は活発そうで気は強いが結構かわいいし、黒木はショートカットでスレンダーだが美人顔だし、佐藤は平凡だが中性的で、植木はどうしようもなく女顔なので、確かに川畑の班は彼以外全員かわいい女の子と言われても仕方がなかった。

「それで、どうよ。調子は」

「難航してる。これから先生にテスト術式の実行許可を貰いに行くところだ。そっちは?」

「こっちは順調だ。さっき定義詠唱が終わって、この後、いよいよ発動実験」

「早いな。どんな魔法実験だ?」

「それは見てのお楽しみだ。うちのは派手だぜ」

竹本はステンレスボトルの飲料で詠唱で枯れた喉を潤すと、川畑の側に来て小声で言った。

「ちょうどいい。お前のところで先生捕まえといてくれない?そしたらうちの発動実験の方はユカリちゃんに監督してもらえるから」

先日から実験の補佐役で来ている養護教諭のユカリ先生に、竹本や梅田達は、よこしまな野望と妄想を抱いている。この前など、わざと危険な実験をして怪我ができたら看病してもらえるかもなどというバカなことまで言っていた。

川畑は呆れたが、魔法実習の先生には自分達の術式の実行許可チェックを早くしてもらいたかったので、特に異論はなく、先に依頼させてもらうことにした。


代表で川畑と山桜桃が二人で先生のところへ行った少しあとで、竹本の班の実験が始まった。川畑はそちらにも興味があったが、先生から説明を求められたので、自分達の課題に集中した。

「あー、ここだがな……」

指摘を受けて修正案を提案していると、背後で魔法が暴発した。


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