捕らぬタヌキのメンバー表
「(うわっ、本当に迎えにきやがた)」
教室の入口に現れた風紀委員長の姿に、川畑は眉を寄せた。
「おーい、行くぞ。来いよー」
逃げ道を塞ぐように出入口に立った御形は、俺は親切だろうと言わんばかりの態度で、教室の奥の席の川畑に声をかけた。
川畑が断りをいれる前に、出入口近くの席の杉蓮太郎が勢い良く立ち上がった。
「御形先輩!わざわざご足労いただき恐縮です!本日はよろしくお願いいたします」
「あぁ?おう」
御形は想定外の相手からの返事に、ちょっと面食らっていたが、鷹揚にうなずいた。
「お待たせしました。参りましょう!」
「んん、うむ」
御形は熱血生徒会役員の杉の勢いに圧されながら、川畑の方を見た。
「お前は……」
「俺は今回、部外者なので参加しません」
川畑は手早く荷物をまとめると、「お先に失礼します」と言い残し、植木を連れてさっさと退散した。
「スオウさん、生徒会に動きがありました」
「風紀委員長の御形となにやら打ち合わせたようです」
Sプロのスタッフ達はリーダーの海棠スオウに状況を報告した。
「御形がわざわざ、2年の会計を教室まで迎えに行って、一緒に打ち合わせに向かいました。2Bの杉は生徒会の中でも一番、うちに敵対的でいきってた奴です」
「風紀委員長はかなり虫の居所の悪そうな顔をしていたそうです」
基本的に風紀委員長は顔が怖いことで知られていたので、機嫌のいい顔を想像できる者はこの中にはいなかった。それが特筆するほど機嫌の悪い顔をしていたというなら相当だろうと、皆、最悪の状況を想像した。
「これは風紀は十中八九、敵に回ったな」
「もともと、カレンを取り締まって先生に突き出したのも御形なんだろ?元から風紀はあっち側だ」
「イベントでも相当、クレームを入れて来て、厳しかったしな」
「ひょっとして、あっちむいてホイやらされたの、根に持ってるんじゃないか?」
海棠はしばし黙考していたが、杉と御形を見たというスタッフに尋ねた。
「2Bというと、あいつらがいるクラスじゃないのか」
「植木と川畑ですか?はい、奴らも2Bです。……杉と組んでいるかもしれないと?」
「それもあるが、川畑の方は御形が目をつけていたはずだ。奴に何か動きはあるか?」
「風紀委員長から軽く声はかけられたようですが、部外者だからといって、打ち合わせには参加せず、植木と一緒に帰りました」
「そうか……」
「隣のクラスなので詳しくは知らないんですが、杉と川畑は以前、何か力勝負で勝っただの負けただの騒いでいたことがありました。杉が大きな声で勝ったと宣言していましたが、実際は微妙な勝負だったらしいです。川畑の方には、その時の遺恨があるかもしれません」
海棠の印象では、川畑という男は、体は大きく粗暴なところはあるが、人の顔色をうかがうような小物だった。イベントでも相当暴れていたらしいが、それもおそらく裏でSプロへの対抗シナリオを書いて仕切っていた文化部連中の手駒として、上手く使われていたのだろう。
敵側につかれると厄介だが、取り込んで駒として使えば、使い減りしても困らない良い戦力になると思われた。
「奴を呼び出せ」
「はい。……あのう、川畑の方だけですか?多分もれなく植木もセットで付いてきます。あいつら、なんかいつも一緒にいるので」
「植木か……」
今、2年生の中では一番人気がある男子だ。
海棠はイベントのエンディングで対峙した植木の姿を思い出した。
担がれた神輿にすぎないにしても、啖呵を切る姿には華があった。あの容姿であのカリスマ性なら、Sプロに欲しい人材ではある。以前、双子ともめたことがあるようだが、次期リーダー候補だった茅間の双子が、このところ人気を落としており、先のイベントでも文化部連中や無所属生徒の反抗にあって対処しきれず、結局、3年生に泣きついたことも考えると、そちらを抑えてでも、今、取り込んでおくのは正解だろう。
転校そうそう御しやすい肉体派の川畑を従えて安全を確保しつつ、交遊関係を着実に広げているところをみると、ただの神輿ではなく、それなりにできる奴なのかもしれない。
イベントで現れた白騎士が外資系の資産家の道楽息子だというなら、そいつと親しそうだった植木とそれなりに親しくなっておくのは、海棠グループの跡取りとしての自分の個人的な交遊関係にもプラスになると、海棠は判断した。
「むしろ植木を呼び出すか」
川畑が植木の手駒なら、植木をこちらにつければ、単に川畑一人を協力させるより、良く働くだろうし面倒もない。
「あいつら寮生です。夕食後に呼び出しますか?」
「いや、寮で動くと御形の目に触れやすい。明日でいい」
「わかりました」
海棠スオウは、その他の報告を聞きながら、今後の方策に思いを巡らせた。
「では、簡単ですがおおむねこういった流れでお願いいたします」
生徒会長は挨拶運動の資料をひととおり説明して、御形に微笑んだ。
御形は面白くなさそうな顔で手元の資料を指で叩いた。
「大筋は了解だが、全体に配置人数が少なくないか?例年もっといるだろう。特に中等部前が2人は少な過ぎる」
「今年はテスト週間を外したから、各部からの有志が募り難かったのよ。みんな朝練があるから……」
「なんで時期をずらしたんだ?」
「テスト前に朝の時間を拘束されるのは、つらいって意見が昨年度上がったんです」
「各場所の人数を増やすにはローテーションを増やすしかない。それはそれで各クラスのHR委員から苦情が出る」
副会長の補足に、風紀委員長の御形は眉を寄せた。風紀のメンバーは頼めば出てくれるだろうが、彼らだけに負荷を増やせば不満は溜まるだろう。
「……みんなやりたくないですからね。挨拶運動の早朝声かけ係」
「豊野香くん、否定的な意見は止めたまえ。挨拶運動は意義のある良い活動だぞ」
「それはそうなんですけれど……早起きは眠いし、恥ずかしいですよね。知らない人に大きな声で挨拶するのって」
「そうか?清々しいじゃないか」
豊野香は、根本的に違うわかり会えない生き物を見る目で杉を見て、「そうですね」と言った。
「一般生徒から募っても希望者はでないだろうな」
御形は難しい顔で腕を組んだ。
「そもそも、もう来週からだから募集の告知が間に合わない」
「せめて中等部前だけでも増やしたいな。この時期に中等部の奴の顔を見て声がけをしておくのは重要だ」
俺が毎朝出るかと呟く御形を、副会長が止めた。
「毎朝、中坊を怯えさせるのは止めておけ。去年、それで不登校になった奴が出ただろう」
「去年はあの週にたまたま風邪が流行っただけだ」
生徒会長と副会長は去年の大惨事を思い出しつつ、笑顔で御形をなだめた。
「いくら風紀委員長だからといって御形さん一人が負荷を増やす必要はないわ。こういう活動はみんなでやることが大切なのよ」
「だったら、知り合いに声をかけてみるか……」
「きょ、強制はいけませんよ!御形先輩」
「そうだな。御形からの頼みだと断りにくい奴が多いかもしれん」
「むぅ」
御形は額の皺を深くした。
「そうだ。Sプロの奴らに手伝わせるというのはどうだ?」
御形は組んでいた腕を解いて、会議机に手を置いた。
「あいつら、確かクソ女の醜聞に巻き込まれて株を下げているだろう。ここいらでこの手の活動に協力して、教師からの心証を上げておけと言えば手を貸すんじゃないか?あいつらなら、人数も多いし、知らん生徒に大声で挨拶するぐらい朝飯前だ」
イベントで説明や誘導をするSプロのスタッフは、物怖じや人見知りはしないのは確かだった。
「上の奴らは中等部の生徒にも知名度と人気があるしな。スオウとか並べとけば女受けはいいだろう」
イケメンで絶大な人気を誇る海棠スオウに朝から挨拶してもらえるとなったら、中等部前はそれはそれでパニックになるだろうと、生徒会役員達は思った。
「でも、そうねぇ。いい考えかもしれないわね」
生徒会長はおっとりとした口調で逡巡しながら、手を頬に添えて小首を傾げた。
「どう?杉くん。解散や活動停止などの重い処分でことを荒立てるより、こういう生徒会主体の奉仕活動に積極的に参加してもらうことを通じて、Sプロの皆さんにも学校における生徒主体の活動の理念や意義を改めて知っていただく方が、良いと思うのですけれど」
「なるほど!懲罰労働による再教育ですね!」
「……杉くんも実は挨拶運動イヤなんじゃん」
豊野香は思わずそう口に出して、杉から睨まれた。
「生徒会に異存がないなら、Sプロの海棠には俺が頼みに行く。あいつとは付き合いが長いし、向こうも俺が相手だからとびびる奴じゃない。強制する気はないから安心しろ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「まぁ、基本は最初の案で実施するとして、もし協力してもらえたら、参加してもらえる人数に応じて追加人員の配分を考えよう。各HR委員と風紀のメンバーには担当日と場所の連絡を回していいな」
副会長はキーボードをうちながら、実務的な話をまとめた。
「はい。要くん、お願いします」
「議事録には、参加メンバーへの告知は本日完って書いておきますね。宿題事項は……担当、御形先輩で期限は明日でいいですか?」
書記の豊野香に、御形はうなずいた。
「大丈夫だ。結果はわかり次第副会長に連絡すればいいか」
「そうだな。そうしてくれると助かる」
話がまとまったところで、その日の打ち合わせは終了になった。
帰りかけた御形を副会長が呼び止めた。
「ああ、御形。ちょっと待ってくれ。この風紀委員のメンバー表で、2Bが"小柳(川畑)"になっているのは、これはなんだ?」
「その小柳っていう奴は体が弱くて、欠席しがちなんだ。担当振りの連絡は代理の川畑にいれておけばいい。俺からも言っておく」
「ああ、そういう訳ありの委員だからか。ローテーションが不自然にお前と2Bでセットになっていたから何かと思った」
「……まぁな」
御形は一瞬目を泳がせたが、何食わぬ顔で副会長にあとを頼んで、退出していった。




