止めてくれる人のありがたさ
実習室で、川畑は班のメンバーと一緒に、グループ研究で手作りの実験装置を組み立てていた。
「基本原理は単純なんだよな」
100均でかったライトにカバーをつけて、カバーに重ねたプラ板をセットする。プラ板の間には薄い透明なシートにネガ状態で書いた魔方陣が挟んである。
ライトを点けると、机の上に滲んだ光の魔方陣ができた。
「普通の光だとこんな感じか」
「発動させられるほどはっきりした形にはならないね」
佐藤はぼんやりした輪を見て首を傾げた。
「直進して、スリットで回り込みと干渉が起きない魔力光なら、もう少しくっきり形が出るはずだ」
「そのライトの電球の代わりに発光魔法発動させるの?」
「それならもう直接、魔方陣の形に発光するように術式を組み込んだ方が早くない?」
赤松ランと黒木ユリは、川畑の持つ小さなマグライトを、いささか批判的な眼差しで見た。
「それでは汎用性にかける」
川畑はプラ板の間のシートを取り替えた。
「光源は単純なただの発光魔法にして、アタッチメントの切り替えで、出現させる魔方陣を変えたい」
「そっか。同じ単純な発光術式で違う魔法が発動させられるのはいいね」
「それなら私みたいに魔術の発動が下手でもなんとかなりそう」
植木と山桜桃は、さっきとは違う光の図形が机に映るのを見て、基本コンセプトを理解してうなずいた。
「プラ板2枚は多いかな。直接プラ板に印刷すれば良くない?その方が取り替えやすいし」
「むしろカバーごと付け替える方が楽かも」
「真上から真っ直ぐ照らさないと、形が歪むよね」
「そもそも、ただ図形を書いただけだと発動はしないでしょ」
「そうだね。写し出された図形の形に魔力を配置して励起させないといけないんだっけ?」
「照らされて明るくなったところに、魔力を配置する術式を重ねがけしてもいいけれど、日陰かどうかとか、黒いアスファルトか白いコンクリートかどうかで、"明るい"の定義が難しいわね」
「魔方陣の練習用紙を照らせばいいんじゃない?あれなら、図形が書けたら普通に発動させられる」
「なんか手振れして真っ黒になりそう」
「たしかに……」
川畑は、菓子箱を取り出した。
「本当に一番単純なら実はこれでいけるんだよ」
菓子箱にはぐるりと全面に、魔方陣の専用練習用紙の保護シートが貼ってあった。蓋の部分の保護シートだけは切り紙のように魔方陣の形に筋が切り抜かれている。
「これに魔方陣の練習用紙入れて」
「これでいい?」
佐藤は保護シートを剥がして用紙を箱にいれた。
川畑は蓋を閉めると、箱に手をかざした。
「こうやって真上から力をあててやると、切り抜いた部分だけ魔力が透過して、用紙に魔方陣が描かれる」
「あ、本当だ」
佐藤は箱の蓋を開けて中の用紙を皆に見せた。
「この用紙は背面にも保護剤が塗布してあるから無理だけど、単に溶剤を吹き付けた紙なら、重ねて入れれば一発で複数枚に描画できる」
「やってみたの?」
「ああ、あれか!あのときのゼッケン……」
「ゼッケン?」
「佐藤さん、その用紙の魔方陣に力を流して発動させてみて」
「わかった。ええっと……あれ?不発だよ」
紙の表面の魔方陣は一瞬淡く光ったが、何も起きずにそのまま光を失った。佐藤は物問いたげに川畑を見た。
「呼び出す事象を定義した術が効果切れしているから、コールしても発動しないんだよ。マジック部にはあの日の数時間分だけ持てばいいからって言って術式ミニマムにして発動急いでもらったから」
「ダンスパーティーの皆の背中に付けてたアレか」
「あれ、あの精度の幻影をあんなに数多く個別に出すのって、どんな魔力コストかと思ったら……」
「描画内容自体は先に定義術式に組み込んであって、発動陣はそれをコールするだけだったのか」
「蝶々だの、トンボだの種類があったのは?」
「幻影を複数登録しておいて、コールする時に対象を指定する方式らしい。ほら、魔方陣のここの部分だ」
「へー、なるほどぉ」
「待って、それ使えない?」
ユリは箱の蓋の魔方陣を指差した。
「こういうコール式の魔方陣をライトにセットして、ポイントした場所に事前に登録した魔方陣の形を幻影として描画するの。コール対象を複数切り替えられるようにしておけばある程度の自由度は作れるわよ」
「そうか。幻影光なら自然光の反射より特定は簡単だ。その光がある場所だけに魔力を配置して励起させる術式を同時に発動させられる」
「もう手元の筒内で、発光魔法じゃなくて、コール魔方陣を発動するので良くない?」
「幻影を出現させる場所も筒先から一定距離の空中とかにしてもいいんじゃないのかな」
「それでもいいけど、なんだかちょっとつまらないかも」
「測量で使うようなレーザーポインターとセットにして、出現場所の方向と距離を定義したら面白そうだ」
「1点指定だとそこを中心点にして面は水平?3点指定したら面が特定できるわね」
議論百出のグループメンバーを見回して、植木は「はい」と手を上げた。
「まずは単純な方式の試作品を完成させようよ」
「それもそうだ」
次回の授業までに実現できそうなおとしどころを整理し直して、役割を分担するところまで終わらせて、後は各自でということになった。
「結局、授業の実習でやるにはあまり複雑なものは作れそうにないな」
寮の部屋で担当分のレポートを見ながら残業そうに言う川畑に、植木はマグカップを渡した。
「お疲れさま。高校の授業なんだからそんなものだよ。個人の趣味や企業の開発とは違うもの」
「それでも、みんなとアイディアを出しあうのは面白いな。そういう意味では十分に意義があるし、ここに来たかいはあった」
「良かったね」
川畑はレポートを閉じて、受け取ったマグカップのお茶で一息ついた。
川畑はマグカップに視線を落としたまま、ポツリと言った。
「俺が先走ったり、暴走しそうになると、ちゃんと止めてサポートしてくれてありがとう。すごく助かる」
「いや、そんなことしてないよ!」
「してくれているよ。おかげで今日も、議論が対立しすぎも、発散しすぎもせずにちゃんとまとまったし」
「それはみんなのおかげだよ。僕はあんまり役に立っていないって」
川畑はマグカップ越しに、傍らに立つ植木を見上げた。
『でも俺はのりこがいてくれて助かっている』
『ちょっ、川畑くん!いきなり本名で呼ぶのは反則!』
『いいじゃないか。声には出してないし』
『声じゃなくてダイレクトに届く分、インパクト強いんだってば』
あわてる植木を川畑は引き寄せた。
『消灯時間には早いけど、少し女の子に戻ってくれないか?』
『えっ!?ええっ!』
『俺の側にいま一緒にいてくれているのは、"植木くん"じゃなくて、"のりこ"だって実感したい』
川畑は椅子から立ち上がって、ノリコを見下ろした。
『ダメかな』
「あ…ええと……ううう」
ためらって背を向けたノリコの背後から手を回して、その男性型偽体の平らな胸元の中央に、そっと触れる。
『女の子に戻るためには、ここを押すんだっけ』
ノリコは彼の手の上に自分の手を重ねて、恥ずかしそうにうつむいた。
「そこだけじゃ駄目。その……一緒に後ろも……」
「いい?」
川畑が手を伸ばしかけたところで、部屋の戸が急に開けられた。
「おーい、邪魔するぞ」
「邪魔です、伊吹先輩。お帰りください」
「ひどい言われようだな、おい」
あわてて自分の机の方に逃げ帰った植木を横目で見ながら、川畑は不機嫌に御形を出迎えた。
「こんな遅い時間になんですか。もうすぐ消灯ですよ」
「消灯前の見回りついでによったんだ」
寮長でもある御形は、機嫌良く応えた。
「何の用ですか」
「今度の挨拶運動の打ち合わせを、明日、生徒会とやるんだけど、お前一緒に来るか?」
「むしろなぜ俺が行く可能性があると思ったのか知りたいです。俺、図書委員ですからね!」
「いいじゃないか。これも後学のためだ」
「要りません」
「じゃぁ、明日、授業後にお前のクラスまで迎えに行くから」
「聞けよ!人の話を!」
「消灯時間には寝ろよ」
カラカラと笑いながら、上機嫌で去っていった御形を見送って、川畑は大きなため息をついた。




