燃え上がる正義感
生徒会室で杉蓮太郎は正義感に満ちた熱弁を振るっていた。
「……かかる理由により、Sプロの解散を要求する次第です!」
生徒会役員の面々はちょっと困った様子で顔を見合わせた。
「杉くん、あなたの主張は筋が通っているし、明確で規範に沿っているとは思うわ」
生徒会長の神納木静は優しく微笑みながら、やんわりと「でもね……」と続けた。
「生徒会にはね。そういう権限はないのよ」
「そんな!」
「ないの」
沈丁花さんと渾名される彼女は、おっとりと、だが反抗するのをためらわせる笑顔で繰り返した。
「それでも意見書を提出することはできるはずです!」
正義感に燃える杉は食い下がった。彼にしてみれば、淫行の温床となったSプロは断罪されるべき悪であり、粛清が必要な腐敗した組織だった。
「そうだよな!豊野香くん」
「はわわ…すみません。私、お手洗いに……」
ややこしい話をふられたくない書記の豊野香はそそくさと退出した。
シズカは、隣で黙々と来週の挨拶運動週間の資料を作っている副会長に、声をかけた。
「要くん、どう思う?」
「確かに、公にすれば刑事だか民事だかはともかく、裁判沙汰になってもおかしくない不祥事だが、逆に生徒会で処分をどうこうできる範疇を越えているとも言える。それに主犯はSプロに出入りはしていたが、正規のメンバーではないそうじゃないか」
キーボードを打つ手を止めないまま、そう答えた副会長に杉は噛みついた。
「でも、Sプロの幹部が目をかけて優遇していたっていうじゃないですか。どこまでグルだかわからないですよ」
「推測で有罪にするのは良くない」
「かばうんですか!?一般生徒が何人も被害にあっているんですよ!生徒会として皆を守るために、断固として強い手段に出るべきです」
「杉くん……忘れないで」
シズカは少し悲しそうな目をした。
「Sプロのメンバーの方達も、私達が守るべき生徒なのよ」
「奴ら徒党をくんでやりたい放題じゃないですか!我々は強者におもねるのではなく、弱者の味方となるべきです」
「今はもう少し様子を見た方がいい。先生方もおとしどころは考えていらっしゃるだろう」
「とにかく、杉くんのこの提言書は次回の生徒会で審議にかける訳にはいかないわ。デリケートな問題に触れすぎているもの」
そっと返された書面を、杉は腹立たしそうにゴミ箱に叩き込んだ。
「俺はそういうことなかれ主義は嫌いです!」
杉は「絶対にSプロは処分するぞ」と息巻いて生徒会室から出ていった。
「杉くんの熱血も、困ったものね」
「もう少し視野を広く持てると良いんだが……」
副会長はできあがった資料をプリントアウトして、クリップで止めた。
「今時、紙で提出というのはなんとかならないのかな」
生徒会長は受け取った資料に目を通しながら微笑んだ。
「全員が要くんみたいにデジタルデバイスが得意なわけではないのよ。……ここ文字切れしてるわ。それに総ページ数が入っていない」
「あー、修正して出し直す」
副会長は没書類をシュレッダーに突っ込むと、修正版のプリントアウトを入れて資料をホッチキスで綴じた。
「ありがとう。要くんがこういうのしっかりやってくれて助かるわ」
安定感のある体型で高校生にしてはおっさんくさい副会長は、黙って美人の幼馴染みに資料を差し出した。
「今日はこれで上がろう」
「そうね」
「豊野香さん、帰ってこないな。鍵どうしようか」
「カバンはあるし、お手洗いならじきに戻るのではないかしら。いつものところに置いて、メモを残しておきましょう」
挨拶運動の資料をその他の提出物と一緒にフォルダに挟んで、二人は生徒会室を出た。
「ではこの清書版は先生に提出しておくわね」
「ああ、頼む」
職員室に向かった生徒会長も、そのまま下校した副会長も、二人の会話を立ち聞きしていた何者かが、生徒会室に向かったのには気付かなかった。
「生徒会が、俺達を潰そうとしているだと?」
「はい。会計の2年生が随分いきっていました」
Sプロ実行委員用の部屋で、ソファーにかけてコーヒーを飲んでいた海棠スオウは、スタッフの一人からの報告に、眉を寄せた。
「確かなのか」
冬青シュウは、開いていた英字ニュースから目を上げて、銀縁の眼鏡を押し上げた。
「はい、これが生徒会室のゴミ箱に捨ててありました」
差し出されたのは意見書の下書きと思われる書面だった。
カレンの一件を糾弾し、Sプロの予算の停止と活動室の明け渡しを要請する内容である。事実上のSプロの解散命令と言ってよかった。
「生徒会長が清書版を先生に提出すると言って、書面の入ったファイルを持って職員室に行きました」
「くそっ、本気か?こんな横暴」
「今期の生徒会はかなり穏当だという話じゃなかったのか」
「逆に真面目すぎてこういうのが許せなかったんじゃないか?」
Sプロのメンバー達は、書面の内容を見ながら口々に不安を訴えた。
「どうするんだ」
「解散なんて冗談じゃないぞ」
「リーダー、こんなのにおとなしく従わなきゃいけないんですか!?」
「待て。まだ、処分が決定したわけではない」
「スオウ、処分が決定してからでは遅いぞ」
スオウは、Sプロのリーダーとしてメンバーの顔を見回した。皆もスオウを見返して室内は緊張した沈黙に満たされた。
「……カレンちゃんが可哀想」
ポツリと小さな呟きが漏れた。
スオウは声の方に目を向けた。声の主は隅に座っていた女生徒だった。人形のように整った顔をした大人しそうな彼女は、回された生徒会の書面を見ながら、悲しそうにうつむいていた。
「こんなに悪く書かれて……本当にカレンちゃんがこんなことをしたなんて信じられない。彼女がそんなことをしているの見たことないもの」
彼女の伏せられた目に涙が浮かび、長いまつげを濡らしてポロリと一粒こぼれた。
「こんなの……ひどいわ」
儚げな美少女の嘆きは、その場にいたもの達の心を揺さぶった。
「そ、そうだよな!そもそもカレンが悪いってこと自体がでっち上げじゃないのか」
「カレンちゃんは、誤解されやすいけれど、優しいいい子なの。……でも人気があるからやっかまれたり逆恨みされることも多いって悩んでいたわ」
「そうだったのか。あいつ、そんな風には見えなかったけど、色々つらいこともあったんだな」
「なぁ。これ、被害者って言っている奴ら、カレンの取り巻きだった奴らだろ。その逆恨みってやつじゃないのか?」
スオウはカレンという2年生を思い出そうとした。たしか頭がピンク色のキャンキャン騒がしい女子で、去年の終わり辺りから、ちょくちょくSプロの部屋に顔を出していたように思う。スオウにもひどく親しげに声をかけてくることが度々あって、小型犬みたいな女だなと思った覚えがある。
「ミキ、ヨウ。お前達、先日のイベントはこのカレンって子にそそのかされて悪い意図で企画したのか?」
「そんなわけないよ!」
「カレンとは同じクラスだから、一緒に話はしたけれど、別にあいつの言いなりになんかなってないし、なるわけない!」
「僕らがそんなことしないのは、リーダーが一番良く知ってるだろ」
「ああ、そうだ」
スオウは力強く頷いた。
「俺はSプロのメンバーの皆を信じている」
「ありがとうございます。カレンちゃんを見捨てないでくださって」
人形のように青ざめていた女の子は、わずかに微笑みを取り戻した。
自分達のリーダーへの信頼感と、根拠のない非難への憤りが、その場にいた面々に広がった。
「こうなったら徹底抗戦だ!」
「Sプロは不滅だ」
「生徒会なんかには負けないぞ」
熱に浮かされたように口々に叫ぶメンバーの間で、黒髪の女の子は嬉しそうに静かに微笑んだ。




