妖精女王
妖精女王は蠱惑的な美女だった。
烏珠の肌に、流れ落ちる銀河のような髪、月光色の瞳を揺らして微笑む姿はエキゾチックだ。
女王の全身を飾る黄金の装身具がシャラシャラと鳴り、申し訳程度の薄物の間から肉感的な腰と太腿が覗いた。
思ってたイメージではないなと、川畑は内心で苦笑した。昔、本の挿し絵で見た妖精の女王は、昆虫の羽のはえた英国女王という感じだった。
「また厄介な男を連れてきたものよな、兵どもが大騒ぎしておったぞ。デンデラリュウバ」
「どうぞデンちゃんと親しみを込めて呼んでください。タニア様におかれましては、何卒先来よりの申し出、お聞き届け頂きたく」
帽子の男が意外に堂にいった様子で恭しく礼をした。
「愛称呼びなどで誤魔化されんぞ」
帽子の男はここでも名乗りはいい加減だったようだが、それなりに女王とは親交があるようだった。
女王は不快そうな様子は見せず、花を象った玉座で優雅に足を組み替えた。
「まあ良い。その男が我の出した条件を果たしてくれるのなら、約束通りあの娘は帰してやろう」
「ありがたき幸せ。このものならば必ずやお心にかなう結果を示しましょう」
何やら自分には説明されていない経緯があるらしい。
川畑は隣で安請け合いした男を睨んだ。男はわずかに目をそらせた。どうやら女王の条件とやらは軽いものではないようだった。
条件が何なのか詳細を聞こうとしたところで、妖精女王が「その前に」と切り出した。
「そなた、氷蔦の檻を砕き、わが試練の炎にも焼かれなかったそうだが、精霊力はどれ程使える?耐性は強くとも、精霊魔法がまるで使えないようでは話にならぬぞ」
川畑は眉を寄せた。魔法なんてまるっきり使えない。そもそも精霊力だのなんだのフィクションな力の話をされても、まったく実感できなかった。正直にできないと答えかけたところを帽子の男に遮られた。
「それはもちろん大丈夫です。ただし、彼は異界の出身なのでこちら流の力の使い方は存じません。ぜひどなたかにご教示いただきたく……」
「おい」
「本人もぜひお願いしたいと言っています!ただ生来の武骨ものゆえ、こちらで礼儀を言って含めますので、少々お時間をいただけますか」
女王タニアは面白そうに含み笑いを漏らした。
「よかろう。好きにせい」
「ありがとうございます!」
帽子の男は女王に礼を言うやいなや、あわてて川畑に耳打ちした。
「ここは合わせてください」
「だが精霊力とか言われても何がなんだかわからんぞ」
「あなたの世界では実装されてないですが、ここでは実在する力だと思ってください。あなた自身を形成する構成が縦横高さの3次元断面だけの特性では表現できないのは、わかるでしょう?あなたを形作る高次元存在の1面が、精霊力というパラメーターとしてこの世界では現象に相互作用を及ぼすんです」
「といわれても、どっち方面の力だ」
「魔力や理力と同類です。あるでしょう」
「あるのか、理力!?」
「あなたの世界で20世紀後半に爆発的に信者が増えたので派生世界で実装されました」
「信じる力凄いな……」
「ですからあなたも信じてください。あのスピードで転移を習得できたなら、絶対いけます」
「話は終わったかや」
女王タニアは玉座から立ち上がると、川畑の目の前にやって来た。
「陛下?」
「無愛想で面白味のない面をした男じゃな。好みとは言えぬが、まぁ良い。図体ばかりでかくて、まるっきり何も知らぬ童に手取り足取り教えてやるのも面白そうじゃ。我が直々に精霊力とは何か伝授してやろう」
女王の言葉に、周りにいた妖精達は大騒ぎを始めたが、女王が諫めるとたちまち大人しくなった。
「お前から我の姿はどう見える?」
ラメ入りのアイシャドウと蛍光黄緑の口紅はやりすぎだと思います。
川畑は出かかった本音を飲み込んだ。
「陛下のお姿は大変麗しく存じます」
「ふふん、いいなれぬ口で無理をするな」
女王は大きく突き出した乳房と括れた腰を強調するように、川畑に体をすり寄せた。
「どうじゃ、魅力的であろう。だがこの姿は我の本質ではない。我は炎。燃え上がる精霊力そのもの、それが我じゃ。わかるか?」
女王が差し出した手に触れようとすると、手は緑色の炎となって散り、触れることができなかった。
女王は細い眉をひそめた。
「そのように我を拒むな。全身で我を感じ、この力の偉大さに身の内から歓喜に震えるが良い。まずは精霊の魂がいかなるものか歌って聞かせてやろう」
これはダメな指導者だな。
女王が歌い出したところで見切りを付けた川畑は、有能な翻訳さんに黙って指示を出した。
「(女王の擬人化表示を変更。周辺を含むエネルギーの流れを矢印で、濃度を色分けで表示。俺の従来の意識的知覚に含まれていない要素がある場合は注釈付きで頼む。女王の言葉は装飾語句をすべて排除して、要点のみ技術解説文形式に翻訳後、視野外縁にテキスト表示。俺の出力は……まぁ、基本黙ってるけど、怒らせない程度に適当に調整して相槌入れておいてくれ)」
川畑はサーモグラフィか、天気予報の雨雲レーダーのような表示になった妖精女王と自分自身の感覚を冷静に分析し始めた。
「さすがにやりすぎでは」
「う。途中からちょっと解ってきて面白くなったんだよ。ほら、ここをこうすると反応するんだなってコツがが掴めてきたら、ついついリピートしちゃうのわかるだろう」
「だからってあれは……」
玉座にぐったりと沈んだ女王を残して、広間を退出してきた川畑は、ばつが悪そうに言い訳した。
「だから、最初に吸収しすぎて、後半になんか火の勢いがなくなったら、その度にちゃんと俺の方から力を注いで、元通りになるまで煽って戻しただろう」
「あー、あれ、そんな事してたんですか。タニア様、白目剥いて痙攣してましたよ」
「まじか。やべぇ。……お前も見てないで止めろよ」
「嫌ですよ。止めに入った妖精も一緒くたにひどい目に遇わせてたじゃないですか」
「え、いたっけ?擬人化してなかったから個体として見てなかった。あのちょっと反応が違って面白かったから弄り倒した部分、それか」
「控えめに言って鬼畜の所業でした」
「ええー、嫌な感じがしたら、嫌だっていってくれたら、すぐに止めるって、ちゃんと言っておいたのに」
「……。主観ではそういう趣旨の発言だったんですか」
「ひょっとして翻訳さんのアレンジ効いてた?」
「控えめに言って鬼畜の所業でした」
「まじかぁ……」
川畑は翻訳さんの運用方法を要改善課題とした。




