飛び火
新章開幕……といいつつ、普通に前章の続きです。
「終わったぁ~」
試験の最終日、最後の2科目を終えて解放された生徒達は、安堵の声や絶望の叫びをあげていた。
「この後、なんか予定あるか?」
クラスの竹本と梅田が、一緒に遊びに行こうかと川畑に声をかけた。
「お前のお陰でわりと数学解けたからな。ジュースの1本ぐらい奢るぞ」
「悪い。今日は実は先約があってな」
川畑は、植木がファンの女子達と、最近できたお洒落なカフェにケーキを食べに行く約束に付き合うことになっていると説明した。
「お前らも一緒に来るか?女子がいっぱいだぞ」
「いやぁ、それは遠慮する」
「最近できたお洒落なカフェって、あそこだろ?あのパステルでファンシーな店。ちょっと入りにくいわ」
竹本と梅田は笑顔で、川畑の健闘を祈った。
「まいったな。紅茶が旨いと言うから付き合うことにしたんだが……」
川畑は道連れにする犠牲者を検討した。女顔の植木や佐藤がその他の女子の間に紛れて女子トークを始めてしまうと、自分の居場所がなくなるのは、ここしばらくの経験で重々承知していた。
ファンシーな店内でそれが発生すると、完全に自分の巨体が悪目立ちするのは想像に易かった。
「確かに俺らだけじゃ入れん店だな」
「そうでしょう、伊吹先輩。こんな機会に女子と来ないと」
川畑は言いくるめて連れてきた御形伊吹を逃すまいと、がっしり腕を捕まえた。
「申し訳ありません。こちらテーブル別れてのご案内でもよろしいでしょうか」
「良いですよ。大人数ですし」
グループテーブルとは別に、4人がけのテーブルに別れて座ったのは、川畑と御形と女子二人だった。
「すまんな。こっちで」
「良いわよ。植木くんがこっちに来たら、みんながっかりしちゃうでしょ」
「彼はこっちが良さそうだったけどね」
社交ダンス部のお姉さんと、演劇部の副部長は、グループテーブルの植木を見てくすりと笑った。
「まぁ、少なくとも俺とお前はあの女子の集団と別れて座って正解じゃないか」
御形はメニューに目を通しながら言った。
「向こうも、なんで俺がいるのかわからないって顔してたしな」
「私も御形くんがいるのは意外だったけど、嫌ではないわよ。こんな機会なかなかないから嬉しいわ」
「御形先輩、甘いものお好きなんですか?」
「特に好きでもなかったんだが、最近、こいつんとこで食って旨いなと思って。ケーキなんか誕生日ぐらいにしか食うことなかったし、寮に入ってからはそれもなくなったから全然食べてなかったんだが……」
「あら、お祝いしてないの?それじゃ、今年のお誕生日は一緒にケーキ食べに行きましょう。何日なの?」
社交ダンス部のお姉さんは、流れるように御形から誕生日を聞き出し、あれよあれよという間に、御形と自分の予定表の二人の誕生日にそれぞれ予定を入れ、連絡先を交換した。
御形は予定表に表示された彼女の名前を見ながら、首を傾げた。
「はっせん……?」
「八千草鈴菜よ。中等部の頃から何回か同じクラスになったことあるでしょう」
「すまんな。クラスの女子とか風紀に関係ないとあまり覚えていなくて」
「呼びにくいなら、スズナで良いわ。私もイブキくんって呼ばせてもらうから」
「お…おう」
「(怖えぇ。あの伊吹先輩が赤子のように)」
川畑が八千草の手際に愕然としていると、隣の演劇部副部長が身を乗り出した。
「先輩、スズナってお名前なんですね。私、名字が鈴城なんです」
「あら、スズちゃん仲間ね」
「でも、演劇部としてはこの名字微妙なんですよねー」
「あー、なるほど」
確かスズシロは大根の異名だ。大根役者は"あたらない"ので売れないヘボ役者を指すから、確かにありがたくないだろう。
「だから私も柚って呼んでもらえると嬉しいな」
こっちを向いてにっこり笑った演劇部副部長に川畑は何か嫌な予感を感じた。
「川畑くん、下の名前は……」
「俺は川畑でいい。みんなにそう呼ばれているから今さら別の呼ばれ方は気持ち悪い」
「そお?」
社交ダンス部のスズナは、面白そうに目を細めた。
「ふーん。名前呼びは彼女用にとってあるの?」
「そういう訳じゃない。……俺はどっちかって言うと嫁には"あなた"って呼ばれたい」
テーブルの3人は同時に噴いた。
イケメンのウエイターさんが、ケーキセットを4人分運んで来た。
「はい、あなた、ケーキどうぞ」
「あなた、紅茶にお砂糖は?」
「すみません。許してください」
バカみたいにニヤニヤしている御形と女子二人に、川畑は涙目で謝った。
「ホント、川畑くんって、弱っているところつつくと可愛いわね」
「ふてぶてしいときは、くっそ可愛いげないけどなこいつ」
「俺様を気取ってるときは、めちゃくちゃ悪人っぽいですよね」
このテーブルの組合せ、最悪だ、と川畑は頭を抱えた。
「俺様を気取ってる訳じゃないんだろうが、時々ふとした拍子に悪人の地が透ける感じはあるよな、お前」
川畑にポットの紅茶を注いでもらいながら、御形はぼそりとそう口にした。
「俺はいたって小心な善人です」
「小心な善人はああいう敵の追い詰め方はしないんだよ」
「川畑くん、何をしたの?」
「ちょっとな」
詳細を語ろうとしない御形の耳元に、八千草スズナは口を寄せた。
「御形くんが見てないところで、イベントのときに彼がやってたアレコレ教えてあげましょうか」
「なに?」
「やっ、八千草先輩!」
「川畑くん、私は口が固いから、演劇部でのあなたのことは言わないからね」
「やめろ、鈴城」
「柚って呼んで」
「演劇部でも何かやったのか?」
「なんでもないよな、ユズ」
「そうそうたいしたことじゃないですよ、御形先輩。スズナ先輩の話の方が凄いです」
「このフロフキ大根め……」
「愉快なあだ名つけるの止めてもらえます?」
川畑と鈴城ユズがごちゃごちゃ言っている間に、御形とスズナの間でなにやら取引が成立したらしい。
御形は「ここだけの話だが」と前置きして、イベントの時のカレンの一件の話をした。
「不審な言動があったので、あの後、先生の方で諸々聞き取り調査をしてもらったんだがな」
どうもカレンにはめられて、弱味を握られ、無理やり言うことをきかされていた男子が何人もいたらしい。
「中には無理やり裸に剥かれて、写真撮られて、脅されていた奴もいたらしいぞ」
川畑は眉をひそめた。
「川畑くん、そんな目に逢わずにすんで良かったわね」
スズナの言葉でユズが、やや赤面してうつむいた。
「想像すんな」
川畑は彼女の後頭部を掴んで顔を上げさせた。
「あたた……でも、A組のカレンさんが最近休んでたのってそういう理由だったんですね」
「口外するなよ。俺も全部は教えられていないが、色々と悪質なこともあったらしく自主退学か転校になる可能性が高いらしい」
「それは……仕方ないかも」
御形は険しい顔をした。
「それにこの1件、どうやらSプロにも飛び火しそうだ」
「なぜ?」
「あの女、最近イケメン目当てで、Sプロに出入りしていたらしくてな。悪事の現場としてSプロ用の部屋を使用したことがあったらしい」
「あー、それはまずい」
「今回のイベントも、元はあの女が植木を手に入れようと仕組んだ節があってな。その想定でイベントの構成を考えると、実際に植木が捕まっていたら、かなりろくでもないことになっていたはずなんだ」
ユズは隣の川畑の手元で、ケーキのフォークがグニャリと曲がったのに気づいて息を飲んだ。
「か…川畑くん、何事もなくて良かったね」
「何事も起こさせる気はなかったからな」
低いドスのきいた声で応えると、川畑は手の中でフォークを真っ直ぐに整え直した。
「(うん。やっぱり根は怖い人なんではなかろうか)」
ユズは、なぜかきれいに真っ直ぐに戻ったフォークと川畑の横顔を見ながら、少し背筋が寒くなった気がして、暖かい紅茶を一口飲んだ。
名前の予定のなかった女の子に名前をつけてしまいました。
結局、見きり発車のため、どうなるかわかりませんが、本章もよろしくお願いします。
しばらくは隔日投稿予定です。




