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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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閑話: 人の噂も75時間

週明けは案の定、朝から挨拶代わりに冷やかされた。

「おはよう」

「見たよ。バンブーダンス」

川畑は教室の机に沈んだ。

「佐藤、お前もか」

「そんな、ブルータス呼ばわりは止めてよ」

佐藤は笑いながら、自分の席に付いた。

「あーあ、この休みは実家に戻らないで、イベント出ればよかった」

「お前、絶対出たくないって言ってたろ。他薦票が集まるほど知名度なくて良かったって嬉々としてさっさと帰ったじゃないか」

「そりゃ、まあね。こんなに面白いことになるとは思わないじゃないか。戻ってきたら、もうみんなその話題だもの。報道部のタヌキ通信の号外の閲覧数が凄いことになってるよ」

「タヌキ通信?報道部のネットニュースはワタヌキ通信だろう」

「そうだっけ?タヌキの絵がついてるからタヌキ通信だと思ってた。あのマーク、丸にタヌキで"輪タヌキ"だったのか」

四月一日(ワタヌキ)でエープリルフールの意味だろうな、と川畑は思った。橘が付けたのか代々そうなのかは知らないが、事実を掲載する気がないタイトルである。

今回の号外もなかなかに誇張と歪曲に満ち満ちていて、佐藤のように当日いなかった生徒が見たら誤解しかしない記事だらけだった。

「ところであの白騎士やってた色黒のイケメンって誰?号外のすっぱ抜きで、"これが謎の白騎士の正体!?"って写真が載ってたけど、どう見ても学外の人だよね」

「知らん」

「君と声質ちょっと似てるよな。あっちのがイケボだけど」

「……知らん」

「ダイジェスト映像観たけどさ、あのキザな言動は、きっとあれくらいイケメンだからできるんだよね。自分達みたいな凡人では恥ずかしくてとても無理だよ」

「……」

白騎士をやっていたときに、兜をとらなくて本当に良かったと、川畑は思った。




話題がダンスパーティーからエンディングの妖精王子と謎のイケメン白騎士に集中したお陰で、川畑は比較的早く噂から解放された。

「川畑くん、ずるい。白騎士の中身は川畑くんだっていうの、打ち上げに来てた子達に口止めしたでしょ」

注目が集まってしまった側の植木は川畑には少々文句を言った。が、そこは対人猫かぶりスキルは高いノリコである。"僕はシナリオにしたがっただけ"で無難に押し通した。何より普通の男子なら怯むほど女の子に囲まれても、中身が女子なので全く苦にならず、女子トークに混ざってニコニコしていられたのは、強かった。

「薄情だよ。僕が学校で女の子に囲まれていても、助けに来てくれないんだもの」

「俺はあの女子の団体に入っていく勇気はない。あの人数から恨みを買う勇気もない」

川畑は寮の部屋で、いつも通り植木の髪を乾かしながら、そっけなく答えた。

「白騎士の正体ばらしちゃおうかな」

「止めろ。女子の皆さんの夢を壊すな」

「もう」

川畑はカッコいいと心の底から信じているノリコだったが、川畑の人気が女子の間で上がっても嫌だったので、口をつぐんだ。

「大丈夫。この手の噂は3日も持たないから」

確かに、テスト週間に入り、部活もなくて、いつまでもそんな話をしている雰囲気ではなくなったので、週の半ばにはすっかりイベントの噂は終息した。




「川畑くん、勉強教えて!今回の試験範囲ピンチ」

「佐藤、勉強の質問は教師にした方がいいぞ。彼らは教えるプロだ」

「そのプロの授業を受けてわかんないから困ってるの!な、頼むよ」

「……数学だけな。他の教科は俺も散々だ」

「やった」

放課後、教室に残って勉強会をしようと相談していると、当たり前のように植木が「僕も」と入り、植木に釣られてクラスの女子が入り、女子に釣られて男子が来た。


「お前ら、勉強する気ないだろ」

「何を言っているんだ。俺達はこんなに勉学に前向きなのに」

「だいたいお前一人ハーレム状態で勉強会しようってずるいだろ。このむっつりスケベ」

「ハーレムじゃない。植木は男だし、他の女子は植木目当てだ」

「ごまかしても無駄だぞ。ちゃっかり山桜桃(本命の彼女)混ぜる気だろう」

「そんな気なら学校じゃなくて、彼女の家でやるよ」

「うらやまけしからん」

「そんなことは許さんぞ。これからテストまで毎日ここで勉強会だ」

「かまわないけど、俺の苦手な教科はそっちが教えてくれよ」

そういうことになった。




「そういえば、新しく赴任してきた養護教諭の(さかき)先生、ヤバいよね」

「佐藤、勉強しろ」

「ユカリちゃんな。あれはヤバい」

「竹本、大問2解けたのか?」

「ユカリ"ちゃん"って、歳じゃないだろ?30近くない?」

「三十路はないだろ。でも、だったとしてもアレならアリだわ」

多分君らが思っている年齢と実年齢は桁が違います。と、川畑は心の中でそっとみんなに謝った。


榊ユカリの名で、学校に赴任してきた魔女ヴァレリアは、川畑の厳正な審査をクリアした服装だった。無難でややクラシカルなほど禁欲的なブラウスと膝下丈の黒タイトスカートに白衣で、眼光隠しの伊達眼鏡という組み合わせは、アイテム単独では確かに地味だった。

しかし、ヴァレリアの体型でそれを着ると、結果はかなり逆効果で、それはもうマンガに出てきそうな"女教師"っぷりだった。

近寄り難い妖気が薄れ、妖艶さが和らいだ結果、禁じられているけれど手を出したくなる程度のエロさ、という一番まずい匙加減となり、大量の男子生徒を悩殺することになっていたのだ。



「あの胸で癒されたい」

「……俺、腹が痛くなったから保健室いってこようかな。ユカリ先生にお腹ナデナデしてもらおう」

「俺もちょっと熱っぽいような気がしてきた。おでこコツンとかしてくれないかな」

「添い寝してもらえたら最高」

「……お前ら、よくそんな妄想できるな」

「うん。実際にやったら呆れ果てた顔されて邪険に処方される所まで想定した上で妄想がたぎる」

川畑は呆れ果てた顔をした。


「魔術演習の補佐って養護の先生が入るじゃん。今度の実習ってユカリちゃんが来るのかな」

「だったらちょっと危険な実験してもいいな」

「"ああっ、先生、苦しいです。助けてくださいっ"て胸にすがり付いてみたり……」

「俺は膝枕希望。あの太ももに顔を埋めたい」

「わかる。白衣の間から見えるタイトスカートが色っぽいんだよな」

当初は、あの人、そのタイトスカートすら履かないで勤務しようとしてました。とはとても口に出せず、川畑は目の前の問題集に集中して、あのときの衝撃映像を記憶の奥に封印した。


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