閑話: お部屋探し?(トラップ付)
今回、本当にどうでもよい話です。
川畑は帽子の男の前に、領収書と支出明細を並べた。
「という訳で、来月カードの引き落としが多額になるので、俺の口座にお金足しといてくれ」
川畑は金のインゴットを座卓の上に置いた。
「これ、換金できる?」
帽子の男は首をかしげた。
「銀行か金鉱でも襲ったんですか?」
「宇宙の藻屑になりかけてたの拾い集めただけだから合法」
「なら大丈夫ですかね。とりあえず頼んでみます」
帽子の男が開いた穴に、川畑は金やら領収書やらを放り込んだ。
「あとさ、あの世界で校外に1つ拠点持っとくと便利なんだけど、マンションの手配ってできそうかな。のりこが実家に設定している高級マンションみたいなところがいい。あそこ、セキュリティがよくて、地下駐車場からエレベーターで上がれば誰にも会わないでいいってのが良いよな。さすが時空監査局の手配拠点」
帽子の男はさっきと反対側に首をかしげた。
「秘密結社で反政府活動でもするんですか?」
「秘密結社は時空監査局だろう。学校外に家があると、ジャックとか呼べるんだよ。ほら、未成年だとなにかと不自由でさ。飲食店の予約でも、大人が一人いるかどうかでだいぶ違うんだ。そもそも面談日に保護者が寮の部屋から出てくるわけにいかないだろ」
「なるほど」
「そりゃ、貧乏アパートでも足りるんだけどな。壁が薄いところで異世界の話をしている会話聞かれちゃったり、人の出入りの人数が合ってないのバレたりするの嫌だし」
「ああ、それはまずいですね」
「空き巣に入られて、オーパーツ盗まれるとか……」
「セキュリティのいいところを手配します」
「よろしく。原資が必要なら、貴金属でも魔力でも提供するから。そうそう。戸建ては近所付き合いが面倒だから避けてくれ」
「家具つきマンスリーマンションみたいな感じでいいですね」
帽子の男は「任せてください!」と言って胸を叩くジェスチャーをした。
「ちょうどいい物件がありました。この前できたばかりのいいところですよ」
そう言って、帽子の男が自信満々に奨めてきたマンションの下見に来てみれば、なぜか知り合いの魔女がいた。
「なんだ。誰かと思えば坊主か」
ヴァレリアは、川畑をマンションの1室に案内した。
「拠点として都合のいいマンションの設定を世界に割り込みで成立させただけなのに、入居希望者が見学に来るなんておかしいと思った」
「ヴァレさんが創ったんですか?ここ」
「まぁな。大家も他の店子もダミーだ。気楽だぞ」
川畑は室内を見回した。一見、ただのきれいな新築マンションだが、あちこち魔法的にも機械的にもギミックが仕掛けられている。
「気楽にあれこれ仕掛けすぎじゃないですか?」
「知らない世界で女の一人住まいは物騒だろう。住まいの防衛は万全にしておかないと」
「いやいや、それはそうですけれど。住むんですか?ここに?」
「お前が助けてくれって泣きついてきたんだろう」
ヴァレリアは呆れたように川畑を見た。
「明日から、ちゃんとお前の学校で先生をやるぞ」
「はあっ!?」
「本当になにかと緩い世界で、私も驚いたけれど、あっさり採用された」
「マジか……」
川畑は身元不詳も甚だしい魔女がパスする採用基準に愕然とした。
「お前がここに住むならなにかと好都合だ。すぐに越してこい。部屋は用意してやる」
上機嫌なヴァレリアに、川畑はあわてて説明した。
「いや、俺は基本は寮住まいのままの予定だからここで生活する気はないんだ」
「なんだ。つまらない。ああ、でもお前なら同一世界内なんていくらでも転移可能だろう。毎晩来い。どうせ睡眠時間なんていらんのだろ?みっちり魔術の補習をしてやるぞ」
「補習なら今の俺の部屋でも」
「あそこはジャックが寝起きしてるじゃないか。奴は睡眠がいるだろう。それにあの小世界は賢者とお前の影響力が強すぎて、転移がしにくいんだよ。お前が迎えに来てくれるのを待つしかないというのも面倒だし。転移魔法なしでお前に会えるというのは実に楽でいい」
「まぁ、そういうことなら……いっそ、ヴァレさんのここの部屋に直通で俺の部屋との"扉"つけますか?それならジャックも俺なしで来れるから、打ち合わせとかに便利でしょう」
ヴァレリアは微妙に嫌そうな顔をした。
「フリーパスでいつでも自分の家に男が入ってこられるというのは嫌だな」
「ヴァレさん、俺がこっちに越したら夜中でもいつでも行き来する気満々でしたよね?何が違うんですか」
「それは違うだろう。隣家と同棲を一緒にするな。だいたい、お前のあっちの部屋は基本一間じゃないか。あの男やお前がどんな格好で何をしているかわかったもんじゃない部屋に直通で出入口が開くのは、ちょっと……」
川畑は風呂上がりにうろんな格好でいるところにヴァレリアがやって来て、怒られたのを思い出した。
「その節はどうもすみませんでした」
「貴様らは乙女に対する配慮が足りん」
「乙女?」
ヴァレリアはうっすら赤くなって顔をしかめた。
「悪かったな。色恋に人生の時間を配分してなくて」
今日の彼女は、こちらの世界風のいたってベーシックな装いで、化粧っけもなかった。それでも基本の造形が成熟した大人の女性なので、照れながら子供っぽく拗ねた様子がなぜかとても色っぽく見えた。
薄い水色のストライプが入った白いブラウスの胸元が、相変わらずボタン2つ分ほど余計に開いているせいで、白い胸の谷間がお腹辺りまで見えている。ブラウスの下にシャツも下着もなさそうなことに気づいて、川畑は嫌な可能性に思い当たった。
「……ヴァレさん。まさかいつもそうやって前が開いた格好でいるのは、服飾センス云々ではなく、単に楽だからですか?」
「ん?胸の間に汗が溜まるの嫌いなんだよ。前を留める服は胸が締め付けられて苦しいから嫌いだし。……気になるか?」
ヴァレリアはブラウスの前を引っ張った。確かに彼女の体型で今の服の前ボタンを全部留めたら、パツンパツンになるだろう。
「いつものローブが一番楽なんだが、この世界であの格好はいかんのだろう?その程度はわきまえているぞ」
どうやらこの魔女は、こんな見た目にもかかわらず、中身はかなり色気からは程遠く、自分が色っぽい自覚も希薄らしい。こんなものが男子高校生だらけの学校に来るのは大問題だった。
「せめて学校に来るときはもう少しちゃんとした服装でお願いします」
「わかってるよ。支給された制服を着るから心配するな」
「制服?」
「着て見せてやろうか」
まさか学生の制服じゃないだろうな?と、戦々恐々として待っていた川畑の前に、着替え終わったヴァレリアが戻ってきた。
「どうだ。これならいいだろう?」
ヴァレリアが着てきたのは白衣だった。
「いささか頼りないが、ローブみたいな感じで1枚着ればいいだけというのは、楽でいい」
ヴァレリアは白衣以外は着ていなかった。
川畑は片手で顔を覆って唸った。
「モルル!こいつにこの過剰兵装の格納の仕方を教えてやれ」
「知るか!賢者が何でも知っていると思うなよ」
川畑は小さな大賢者のまっ平らな胸を見た。
「すまん。他をあたる」
「真顔で謝るな!ど失礼な奴だな」
賢者モルはクッションを投げつけた。
「それでなぜ俺の所に来る」
執務室のダーリングはこめかみを揉んだ。
「あんたが俺の知っている中では、一番理性と常識と経験がありそうだから」
「知らん!女性用下着の選び方と正しい着け方なら、下着屋にアクセスしてガイダンスを参照しろ」
「なるほど」
「俺の執務用端末でレディースランジェリーショップを調べるな!」
ダーリングは川畑を締め上げた。
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけしてしまって」
いかにもお堅い軍人さんという雰囲気の銀河連邦宇宙軍上級将校に、ヴァレリアは謝った。
ダーリングはヴァレリアの胸元をちらりと見て、咳払いをした。
「いや、確かに貴女の服装は多少改めた方がいいのは確かだな。異世界というのがどういうところかは知らないが、少なくともここの基準では、性分化したばかりの若人のたくさんいる所に、その格好はいささか刺激的過ぎる」
ヴァレリアはため息をついた。
「コルセットは痛いし苦しいから嫌いだが諦めるしかないか」
ダーリングと川畑は顔を見合わせた。
「詳しくはないが、ハイテクノロジー世界の下着は、中世世界のコルセットより高性能で着心地はいいぞ」
「そうなの?」
「そうだよな?」
「俺に聞くな!高性能な機能性下着が必要なら装備課に行け。婦人物の担当に相談しろ」
「こちら特殊環境対応で極寒も酷暑も行けますよ。耐G性能も市販品よりいいです。このボディスーツタイプは専用の装備とセットで使用すると光学迷彩に対応しています。あ、ひょっとして潜入捜査でハニートラップ仕掛けるなら、こちらなんてスッゴいですよー」
ヴァレリアは勧められたあれこれを手に、振り返った。
「ごついのと可愛いのとよく分からないのとスッゴいのがあるけれど、"着たいか"と"似合うか"とどちらで選べばいい?」
川畑はそっぽを向いたまま、そっけなく答えた。
「"着ていいか"で選んでくれ」
「わからん基準を要求するな」
「……うっかり見られても、恥ずかしくないものを」
「それなら、このレースが付いた、いかにも清純派っぽい白いのは、恥ずかしいからパスだな……」
「そういうのでいいんだよ!」
川畑は思わず振り返って突っ込んだ。
担当のお姉さんは、笑顔でヴァレリアに白いのを渡した。
「ねー、このスッゴいの、面白いほど男受けいいでしょう?」
川畑は床に崩れ落ちた。
お休み中のオマケ話なのでいつものフレーズはなし。もちろん、川畑はまだまだ帰れません。




