今はこの学舎が我が家
「気になってたんだけど……彼は誰?」
社交ダンス部のお姉さんは、恥ずか死にかけの川畑を介抱しながら、店の奥のボックスシートを指して、こっそり尋ねた。
そこには20代半ばの浅黒い肌のイケメンが女の子に群がられていた。来ている服はシンプルだが、ちょっと引くようなゴールドのアクセサリーをつけており、またそれがさまになっている。
「あー、あれは、馬……とか馬具とか用意してくれた俺の知り合い」
「アラブの王族か何か?」
「うーん、似たようなもんだけど、王族ではないよ」
帝国の皇子だから。
川畑は"いい馬をやったご褒美"を要求して、人化して無理やり打ち上げについてきた皇子を見て顔をしかめた。元のファンタジー世界でも飛び抜けた美形の皇子は、この世界で学生に囲まれていると目立ちまくっていた。
川畑が自分を見ているのに気づいた皇子は、ぱあっと顔を明るくして両手を上げた。
『我が君~!』
「(周囲に言葉が通じてないのが不幸中の幸いだな)」
奇行に走られると困るので、川畑は皇子の席に向かった。
『お楽しみいただいていますか』
『大衆的だが、飲み物も食べ物も風変わりで刺激的だ」
皇子の前にはピザとコーラがある。食に関しては素朴な世界の人間には確かに刺激的だろう。
「接待係の女の子達は親切だが、貞淑で恥ずかしがりやさんが多いな』
隣の女の子を抱きよせてキスしようとした皇子の頭を川畑はひっぱたいた。
『駄アホ!女子高生に手を出すな!!彼女達はお前のハーレム要員じゃない!』
『すまん。我が君。でも嫉妬してくれるなんて嬉しい』
『嫉妬なんてしてねー』
『でも他の子に手を出して怒るのは嫉妬だろう?』
『ただ単に女癖が悪いと心証悪くしているだけだとなぜ気づかん』
「(それが嫉妬なら、俺なんてのりこから嫉妬されまくってるよ!)」
そんなわきゃねーだろと、自虐突っ込みを内心で入れながら、川畑は皇子に教育的制裁を加えた。
「すまんな、みんな。変なことされなかったか」
女の子達は揃って問題ないと答えた。このレベルのイケメンの場合、少々のことはセクハラにならないらしい。
「何かされそうになったらすぐに逃げて俺を呼べよ。こいつガチのハーレム持ちだから、そういう節操が皆無なんだ」
「どういう関係なの?」
「えーっと、以前ちょっと、こいつのところで働いたことがある。なんだろう……世話係的な使用人兼秘書?」
「はわわ。執事ですか?カッコいいですぅ」
「多分君が想像してるのとは違うと思う」
『我が君、ご褒美!私はまだご褒美を貰ってないぞ』
復活して抱きついてきた皇子を、川畑は邪険に振り払った。
『俺はこの宴会の幹事で、今はここの全員を労わなきゃいけないんだから、お前だけにかまっていられないんだよ』
皇子はしゅんとして、恨みがましい目で川畑を見た。
『ああもう。後でちゃんと相手してやるから!大人しくしててくれ』
『お茶が飲みたい。お前のいれたやつがいい』
『仕方ねーな。待ってろ』
川畑はつい習慣で丁寧に一礼してその場を下がり、店員に茶器を借りに行った。
「あれはなんなの?」
「今回の馬とか鎧とかの持ち主だってさ。なんかあの人アラブ系の超セレブで、川畑くんって彼のハーレムで働いていたらしいよ」
「私は、俺様系執事で旦那様の飼い主だった説の方に1票」
速効で尾ひれがついて歪んでいる噂に、演劇部の副部長は苦笑した。
「さすがにそれはないんじゃない?」
よく分からない言語でやり取りして、イケメンを適当にあしらいながら、それでも丁寧に紅茶を煎れている川畑は生真面目な仏頂面だ。華もかわいげも色気もない。
「変な人だなぁ」
彼女は講堂での壁ドンのときのことを、ちらりと思い出した。
"逃げんな。誘ったのはお前だぞ"
思い出しただけで膝が震えて、全身から変な汗が出た。
「(実はあっちが素だったら、俺様どS執事説はありかも)」
川畑が聞いたら倒れそうな感想を思い浮かべながら、演劇部の副部長はオケ部の子達と、今日の突発コラボ企画の話で盛り上がった。
「魔術部のあの大規模魔法はいつから準備してたの?」
「最初に話をもらったのは昼頃だよ。協力してもいいっていったら、術式の原案と石灰に混ぜる魔法触媒をあの騎士様が持ってきてさ」
魔術師のローブのつもりの黒い上っ張りから、普通の私服に着替えたマジック部の女の子は、おかわりで注いできたオレンジジュースを飲んだ。魔方陣の原図の出所や、運用時の謎の高出力は気になるが、ここで話題に出すより、マジック部が凄い!という噂にしておいた方が得だろうと判断して、そこは黙っておく。
「ゼッケンのあれは?」
「始めに頼まれていたのはあっちの作図。妖精の羽っぽいのが出るイリュージョン魔法。いいデキだったでしょ。でも大量に複製作ったのはうちじゃないよ。元々は植木君一人の予定だったから」
店員さんが各テーブルにパスタを運んできたので、取り分けて配る。
「ゼッケン表の連番の数字印刷は資料室でやったぞ」
黐木がパスタに粉チーズをふりながら言った。
「資料室ってどこ?」
「図書の収蔵書庫の隣。普通生徒は行かないから知らないと思う」
「あんなん気づかへんわ。Sプロのんも相当うちらを探したみたいやけど、来んかったもんなぁ」
橘がパスタを受け取りながら相づちをうった。
「裏実況ってそんなところでやってたの!?」
「そうそう。ドジソンはんと帽子屋はんとうちの3人でおこもり。差し入れで貰ったランチのバケットサンドが美味しなかったら、拉致監禁の強制労働で訴えてるところやで」
「なんか今回は機材が万全に揃ってたけど、普段はそこまで置いてないよな?あの部屋」
「あそこの設営は楽しかった。1日で撤収はもったいないけど、秘密基地の美学ではある」
「数学部は今回最初からグルか」
「まぁね。でも俺はネットワークの物理配線はいじってないぞ。それはまた別のやつが噛んでるんじゃないかな?」
数学部のドジソンは笑顔で黐木にタバスコを差し出した。
「なんにしてもレックスさんが入ってくれて助かったよ。うちの部員が帽子屋じゃこの三月ウサギのキャラに負けてただろうからな」
仕込み、アドリブあわせて、すごい人数が動いたなと、黐木はタバスコをかけながら、ちらりと打ち上げ会場を見回した。
会場のモニターには、ダンスパーティーの後半でマイムマイムをやったときの映像が流れている。
全身甲冑でマイムマイムに参加する白騎士の姿が映り、笑いが起きる。
「シュール過ぎる」、「無茶にも程がある」、「魔力と体力の無駄遣い」と囃されて、川畑が涙目で「そう思うならあの時点で止めてくれよ!」と文句を言っている。
黐木は、ハンターもフェアリーも関係なく手を繋いで踊っている映像と、賑やかに盛り上がっている会場内を見ながらパスタを食べた。
「(あいつ、ダンスだの小芝居だので冷やかされているが、本当に凄いのはそこではないな)」
これだけの人数が、バラバラに声をかけられて、互いの状況を知らずに動き、なおかつ連携が成立している。黐木自身も手を貸したが、動きやすいプラットフォームに置かれてうまく"使われた"感がある。
しかも個々の話を聞くと微妙に各人の果たした役と成立した事象の間でパーツが足りていない。
「(この場にいない伏兵がもっといたか、あるいは……)」
あいつが一人で何もかも手配したなら驚異的だろう。
あくまでSプロの立てた設定に乗っかって、ギリギリフィクションを壊さないバランスで、部活非所属者の奪い合いというゲームを換骨奪胎して、全員仲良しのお楽しみ会に変換してしまったのだ。表であれだけ目立つ動きをしながら裏でこれとは、単なるイベントのプロデュースよりよほど難易度が高い。
黐木は眉を寄せた。
「帽子屋はん、どないしたん」
「タバスコかけすぎた」
「アホやなぁ」
「お水要りますか?」
「大丈夫。ありがとう」
パスタの残りをさらえた黐木に、参加者の一人が尋ねた。
「そういえば、寮生のみんなの外出許可とかまとめてとってくれたの黐木さんですか?」
「いや、俺はなにもしていないぞ」
「それなら幹事がやっといたっていってたよ。店押さえるのに人数把握するついでにって」
「マメな男やなぁ」
それはもはやマメとかどうとかいうレベルではないだろうと黐木は舌を巻いた。
「あ!エンディングだ」
「ここのスオウとのやり取り好き」
大画面ではエルドラクドの王の扮装をしたスオウが、妖精の独立を祝福し、地上と楽園の門を永遠に解放して共栄を目指すとの宣言をしていた。
「実質は敗北宣言も同然なんだが、海棠スオウも、こういうところで流れに乗っかって、うまく自分陣営を盛り立てる落としどころを即興で見つけるの上手いよな」
「この後、金貨撒くんだろ」
「そう。プリカも混ぜて」
「さすがに財閥の御曹司。自分の見せ方と人の欲ってもんをよくわかってるよ」
撒かれたコインを拾う人々は画面のなかでスオウに拝礼して従属しているようにも見えた。
最後にスオウは、王冠と王の上着を脱ぎ、妖精と同じ花冠を被った。
"「そして私もまた一人の妖精に戻り地上の人々と共に楽しもう」"
ステージを降りたスオウを、植木が両手を広げて出迎えた。
"「ようこそ、地上へ!」"
モニターに植木の鮮やかな笑顔がアップになった。
"「仰ぎ見られる高みからではなく、同じ目線で人々と歩もう。命じるのではなく、共に語らい、共に学び、共に歌おう」"
妖精王子は左右の仲間達を見た。
"「小さな声を聞き、大きな力で皆の明日を創ろう」"
地上に降りたスオウは小さく、だが確かにうなずいた。
「これ、2カメ誰?」
「Sプロの第1移動カメラの人。ずーっとスオウさん撮ってた」
「へー」
妖精王子はみんなの方に向き直って叫んだ。
"「我らが楽園に栄えあれ!」"
それを合図にオケ部が校歌の演奏を始めた。
「ここのシナリオはアドリブ?」
「とんでもない!演劇部長さん作です。僕、こんなこと即興で言えません」
植木がプルプル首を振った。
「それでもスオウさんの対応とかでアレンジは必要だったでしょ。暗記だけでも大変だとは思うけど」
「それは実はズルしてるんだ。斜めすぐ後ろに川畑くんがいるでしょ。彼がこっそり教えてくれてたんだよ。兜があると口の動きでばれないし便利だよね」
「ああ、なるほど?」
その川畑氏は暗記したってことでは?と聞き手が気付くより先に、幹事である当人が「宴もたけなわではありますがそろそろお時間に……」とアナウンスし始めた。
「お疲れさまでしたー」
「ここの払いってホントに出さなくていいの?」
「なんかあのイケメン外国人が全員分奢ってくれるんだって」
「ひゃー、流石」
店のカウンターで領収書を貰っている川畑に、黐木は声をかけた。
「おつかれ」
「ありがとうございました」
「これからどうするんだ?」
「俺はあの人を送らないといけないので……」
女の子達と写真を撮っているイケメン外国人を指す川畑に、黐木は首を振った。
「いや、部活の話だよ。結局、どこに入ることにするんだ」
バンブーダンス部かと聞かれて、川畑は微かに笑った。
「実はバンブーダンス部の部長の古竹さんが、今回のダンスパーティーで、女の子と踊るのにはまっちゃったらしくて」
バンブーダンス部は、発展的再編をしてミュージカルダンス部になるという話だと川畑は語った。
「秋の公演の演目が"略奪された7人の花嫁"予定ってあたりがぶれないなぁというかなんというか」
「出るのか?」
「山男が町娘を略奪婚する話ですよ?めちゃくちゃ大変な体力系ダンスなんでやりません」
むしろはまり役では?と思ったが、黐木は話題を元に戻した。
「ならどうするんだ」
実のところ黐木は、この男と一緒なら"電子情報部"も片足と言わず両足突っ込んで遊んでみてもいい気がしていた。
「いやあ、俺と植木はこれだけ大騒動すると今さらどこも入りにくくて……」
川畑は店の前にやって来た黒塗りのリムジンにイケメンを詰め込みながら、ちょっと口の端を引き上げた。
「俺達は、帰宅部です」
「はあっ!?帰宅って、お前、寮生だろう!?」
「すみません。この人が家まで送れとうるさいので、行ってきます。ここんちは送ってくと結構面倒なとこなので、本日、外出から外泊に切り替えます。はい、申請書。寮母さんに出しておいてください」
川畑は車に乗りながら、記入済みの外泊申請用紙を黐木に押し付けた。
「植木、お前今日は実家に帰る予定だったよな。ついでに送っていくから乗っていけ」
「ええっ、この車!?」
「さぁ、順番に行くから乗って乗って。じゃあ、先輩。お先に失礼します」
黒塗りの高級車は日の暮れた街に走り去った。
「……あれ?あいつはそれで今日どこに帰る気なんだ?というか、あいつの家はどこなんだ」
それを川畑自身も探しているとは、さすがに黐木も思わなかった。
川畑が自分の部屋に戻るまでには、まだまだかかるようだった。
本章が想定外に長くなったのでいったん切ります。(妖精狩りの話がこんなにのびるとは思わなかった。見切り発車の自転車操業は構成が見えなくて怖いですね)
学園編はまだまだ続きます。




