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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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地上の楽園

川畑は少し困っていた。

借りてきた白い鎧は、着用者の魔力運用効率を上げる効果が付与されているようだった。川畑の場合、物凄く放出量を絞ったつもりでも、いつもより過剰に展開されてしまうのだ。しかもこの世界では魔法がわりとお手軽に視覚化されるようだった。全身鎧の重量軽減を重力定数などの物理概念を用いずになんとかするために、軽く飛行魔法を展開しただけで、余剰魔力が銀色の魔力光になって辺りに飛び散る有り様で、川畑は困惑していた。

ちゃんと確認してはいないが、どうも様子を確認するために魔力認識範囲を拡大しただけで、運動場やみんなの背中の魔方陣にも、自分の余剰魔力が供給されてしまっている感じもする。魔方陣関係はまだ学習途中でよくわかっていないので、魔力の過剰供給で誤動作したりしないかと、川畑は心配だった。


心配なことはもう1つあった。

「(そろそろハケたいんだけどな)」

この人混みで馬は危険だ。

馬の前で転びかけた小柄な1年生をよけて、馬上に引き上げてやる。

「大丈夫か」

「は…はい」

普通に制服で参加しているそのフェアリーは運動は苦手そうな感じだった。混戦のなかに降ろすとまた転びそうである。

この子を連れていくついでにここを抜けようと、川畑は考えた。

「どこに行きたい?ステージ?それとも俺と来るか」

「はわわ……ご一緒させてくださいぃ」

「よし」

川畑は馬首をめぐらせて、混戦を抜けようとした。


「あいつを落とせ!全身甲冑では起き上がれないはずだ」

「まず馬を!」

川畑は焦った。

「(確かに"将を射んと欲すれば"とはいうけれど、あれは殺し合いレベルの戦闘行為中の話だから)」

こんなに人の居るところで馬に攻撃なんて正気の沙汰ではない。しかも、角材や鉄パイプを持ち出してきている奴がいた。ステージ造成時の資材の余りか何からしいが、危険すぎる。

『絶対に人に怪我をさせるなよ』

川畑は黒馬に言い聞かせた。

興奮している馬は、不服そうにいなないた。

『大人しくいい子にしていたら、後でご褒美をやる』

馬は急に大人しくなって、自分から人の少ない方を選んで、モンスター達を避けて空いた場所に逃げた。

川畑は保護したフェアリーの子を抱えたまま、ひらりと馬から飛び降りた。飛行魔法の余剰魔力が銀光になって散る。

「さぁ、君は行くんだ」

声もでない様子のフェアリーの子をそっと立たせて、川畑はすぐそこの緑の野を指差した。フェアリーはガクガクとうなずいて、本人は走っているつもりの足取りでそちらに向かった。


「おっりゃあーっ!」

なにも考えずに打ちかかってくる奴の棒先をいなす。かわした先で別の人に当たったり、自爆しないように気をつかわなくてはならないのが、面倒くさい。

相手がたたらを踏んだところで距離を詰め、角材を取り上げたついでに本人も転がす。

左右から打ち下ろしてきたのを、さっき没収した角材で受け、まとめて絡ませて地面に落として脚で踏みつける。

「長物はよせ。怪我するぞ」

警告するが、頭に血が上っているのか、モンスター達は話を聴かなかった。

「こいつ!」

「意外と素早く動くぞ」

「身体強化魔法を使ってる」

「行けー!モンスター軍団!!奴を打ち倒せ」

茅間の双子の片割れが鉄パイプ片手にモンスター役のスタッフをけしかける。

「囲め。囲んで一斉に打ちかかれ!」

囲んで打ちかかると、味方同士で自爆するからよそうよ……と思いつつ、川畑は全員が打ち下ろすタイミングで、すべての棒を避けてジャンプした。

「(バンブーダンスの方がタイミングはシビアだったな)」

うっかり当たって、角材が折れると後で困るかもしれないので、とにかく無駄な勢いは削いでやりながら、ソフトにかわす。


派手に打ちかかってはいるものの、どれも当たらないし、外れて地面に当たってもたいして勢いはないし、特に投げられたようには見えないのに気がつけば囲み手が武器を取り落として地面に転がっているので、端からは芝居の殺陣のように見えた。

さっきからオケ部と吹奏楽部の有志が景気よく"大騒動の時に流れる曲"を演奏しているので、余計にショーっぽさがある。

川畑の心労はさておき、見た目は完全にエンタメなヒーローショーに、聴衆は沸いた。


「(面倒だし、きりがないな。ハンターみたいに腕章剥いだら終わりとかないかな……そうだ)」

川畑はモンスターの中から、一番、腰が引けている女の子に目を着けた。明らかに気が進まないのにやらされているその子の前に一瞬で踏み込むと、抱えあげて、そのまま近くにあった指令台に飛び上がった。

「ひやぁああ」

慌てる彼女を指令台に立たせて、両肩に手を置いて正面から見つめる。

……といってもフルフェイスの兜を被ったままなので、顔を正面から覗き込むだけだが、全身鎧の大男にそんなことをされて、モンスター役の女の子は完全にフリーズした。

「目を覚ませ!君には俺と戦う理由がないし、俺は君と戦いたくない」

「あ、え?……はい?」

「思い出せ!君はモンスターなんかじゃない。君は人間だ!」

「は、はい」

女の子は完全になにがなんだか頭がついていけない状態だったが、自分が人間だということには同意した。

「君は呪われてモンスターの姿に変えられているだけなんだ。今、君にかけられた呪いを解こう」

川畑はちょっと余剰魔力量の調整をしてから、彼女の目の前で派手に両手を打ち合わせた。銀色に輝く光の粉が大量に彼女に降りかかった。

急に大量の他人の魔力にあてられて、棒立ちになった彼女から、川畑は素早く角と尻尾の飾りを外して、指令台の下に投げ捨てた。


「さぁ、君は人間だ」

「……はい」

白騎士は顔をあげて正面に向き直ると壇上からモンスター役のスタッフ達に芝居がかった口調で訴えた。

「呪われし者共よ!人の心に輝く真夜中の太陽が、その異形を焼くとき、汝らの魂を闇より解放せよ」

それから彼は聴衆とドローンに向かって、よく通る声で叫んだ

「みんな、モンスターの呪いを解いてくれ!角と尻尾がなくなれば彼らは人間に戻れる。俺達は争わなくていいんだ!」

白騎士が口笛で呼ぶと黒い馬が指令台の前にやって来た。白騎士は元モンスター役だった女の子を抱えて馬に飛び乗ると、トラック内で彼女を下ろした。

そのままトラックの中央に馬を進めた白騎士は、植木の脇で馬を降りてやや後ろに控えた。


植木はちょっとなにか言いたげな顔で、帰って来た白騎士を見たが、前を向いて、マイクを握り直し、その場の全員に告げた。

「妖精も英雄もモンスターもみんな今は争いを忘れて、地上の人々と踊ろう!ここが我らの楽園だ」

ドレス姿の社交ダンス部がずらりとならび、植木からマイクを受け取った部長が、ダンスパーティーの開始を宣言した。


「白く輝く真夏の真夜中(ミッドサマーナイト)を踊り明かせ!」


結局、ほぼ全部のイベント参加者が運動場に集まって敵味方なく踊り、ダンスパーティーは大いに盛り上がった。

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