白夜の騎士
「みんなー!聞こえるー?」
運動場に女の子の黄色い悲鳴と、一部の野郎の野太い歓声が響いた。
植木が着ている水色の上着は後ろだけ裾が長くて、腰の後ろからふんわり広がっていてスカートのようだった。シルエットは女の子なのに、ショートパンツ×ニーハイの脚が見えているところに、単なる女装にしなかった衣装担当者のこだわりが見えた。
「ボクはエルドラクドの王のいいなりになんてなりたくない。無理やり捕まえられたり、こそこそ隠れたりもしたくない。賞品みたいに扱われたくない。誰といて何をするかぐらい自分で決めたい」
植木はマイクを握っていない方の手で、第1ステージの方を指差した。
「ボクはエルドラクドの王の下には行かない!」
彼は手を大きく広げて、運動場で自分の方を見ている人達を見回した。
「ボクはここが、この学校が好きだ。ここでこの学校のいろいろな人とお友達になって一緒に楽しく過ごしたい。ボクは楽園なんかに囚われない。地上で地上にいる人達と共に暮らすんだ。ねぇ、みんな。いいよね!」
再びアイドルのコンサートのような歓声が上がった。
植木は第1ステージ前にいるフェアリー達の方に向き直った。
「フェアリーのみんな!もしボクと似たような気持ちがあったら、一緒に声をあげよう。手を取り合って立ち上がろう。ボクらの一人一人はとても弱くて声も小さいけれど、だからと言って黙っていいようにされている必用なんかない!」
熱く訴えた植木は、ふと聴衆の視線が自分の後ろにそれたのに気づいた。
「後ろ!」という悲鳴が上がる。
振り向こうとしたが時すでに遅く、植木は背後から襲われ、マイクを奪われてしまった。
「そこまでだ」
「あ、やだ。離して……」
モンスター姿の茅間ヨウは、もがく植木を取り押さえて、指令台から下ろそうとした。
「おとなしくしろ。お前はもう俺の捕虜だ」
「嫌だー!助けてー」
隠れて出番を待っていた演劇部の騎士役は、植木がモンスターに襲われるのを見て、段取りとは違うけれどここが出番かも知れないと、馬の頭がついた棒をぎゅっと握った。
しかし演劇部の騎士役が飛び出すより早く、とんでもないものが運動場の反対側に現れた。
「今、行くぞ!」
運動場に居たもの達は、馬の蹄の音に耳を疑い、振り返って目を疑った。中継画像を見ていたもの達は、CGだと思った。
運動場の向こう側から走ってくるのは真っ黒い馬に乗った白騎士だった。黒馬は豪奢な金色の馬具で飾り立てられており、白騎士もまた、これでもか!という華麗な装飾で飾られたファンタジー甲冑だった。
ダンスパーティーのために待機していたオケ部のトランペットが、何を思ったのか突然、徳川吉宗のテーマ曲を演奏し始め、周囲がそれに続いた。
「(この状況でコレ!?)」
「(明らかに間違った選曲なのに、なぜかジャストフィットしている)」
「(なぜスコア知ってるんだ……)」
運動場に居たもの達は「正義のヒーロー来た」と妙に納得してしまった。
あまりに突拍子もない代物の登場に、思わず呆然としたヨウの隙をついて、植木は捕まれていた手を振りほどきマイクを奪い返した。
運動場の端を半周して、曲の終わりジャストで指令台の手前まで来た白騎士は、馬上で大きく手を広げた。
「来い!」
「はい!」
植木は指令台の上から白騎士に向かって飛んだ。
植木が飛んだ瞬間に下から暖かい風が吹き上がった。
「(あ、これ、川畑くんのドライヤー魔法の風だ)」
白と水色の衣装が風に舞い上がり、植木はふわりと白騎士に抱き止められた。
「そいつは俺が捕まえ……」
「だが、俺が助ける!」
白夜の騎士は馬上でしっかりと植木を抱え直した。
「行くぞ」
「はい!小川を飛び越えよう」
二人が乗った黒馬は、颯爽とトラックを走り始めた。黒馬が飛び越えるとトラックを横切るように引かれた白線が輝いた。白線は放射状に何本も書かれていて、それぞれがトラック内に書かれた小円に繋がっていた。飛び越えられた白線の光は小円に伝わり、小円から光が立ち上った。
白騎士はトラックを1周してすべての小円を輝かせると、それらの真ん中にある大円の中央に植木を下ろした。
黒い上っ張りを羽織った女子生徒は、待機していたマジック部の仲間と共に、校庭に仕掛けた魔方陣を発動させた。トラック内のすべての魔方陣が輝き、魔術部員総出の大規模魔法が発動した。
白騎士はトラックの中央手前に進み出て、馬上で剣を抜き高く掲げた。剣先から光条が天に放たれ、空中で弾けて無数の煌めきとなり、薔薇の花びらが開くように広がった。
煌めくダイアモンドダストがゆっくり舞い落ちて消えた後で、校庭に視線を戻した生徒達は息を飲んだ。
いつの間にかトラック内は白い花が咲き乱れる緑の野になっており、その中央に真っ白い衣装に着替えた植木が立っていた。
「(早着替え成功っ!)」
脱がせた水色の衣装を抱えて運動場の端にはけた演劇部員の黒子は、会心の出来の衣装チェンジに小さくガッツポーズをした。
「緑の野に来たれ」
ドレスのようなシルエットの上着とレースのマントの裾を長く引いた植木がそう言ったとき、聴衆の中に居た自由妖精同盟側の仕掛人達が一斉に動いた。
「行こうぜ」
「行こう」
「私たちも」
近くの生徒に声をかけながら、白い妖精王子がいる方へ駆け寄っていく。ダンスパーティーに来ただけで事情を聞かされていない一般生徒も、その場のノリで次々とそれに続いた。
「わあっ」
「羽根が?」
魔法が発動しているトラック内に入ると、彼らの背中に貼られたダンスパーティーのゼッケンから、半透明な妖精の羽根の幻影が生えた。
「さぁ、君らも」
第1ステージ前にやって来た白騎士は囚われのフェアリー達に声をかけた。
「楽園の門からリタイアしても、ここに残ってもいい。だがあそこに行きたい奴は手を伸ばせ」
白騎士は、馬上で大きく体を傾けて彼らに向かって手を差し出した。
「"フリーフェアリーの仲間にタッチすれば、捕まっているベースから脱出してよい"。俺は自由な妖精だ」
その言葉に白騎士に近い位置にいた数人のフェアリーが手を差し出した。白騎士はその手を順に叩いた。
白騎士とタッチすると鈴かタンバリンのような涼やかな音が鳴って、銀色の魔力光が粉雪のように散った。
「わっ」
「綺麗!」
次々に差し出される手に、白騎士はどんどんタッチしていった。
「さぁ、行って」
自由になったフェアリーは駆け出していった。幻影魔法で緑の野になっているトラック内に入ると、その背のゼッケン裏に書かれた魔方陣が反応し、幻想的な羽根が現れる。
妖精王子と笑顔でハイタッチするまでの流れは、明らかに楽しそうだった。
「いかん。逃がすな!」
「捕まえろ!」
捕まえたフェアリーが一斉に逃げ始めたのに気づいて、Sプロスタッフとモンスター達は我に帰った。あわてて、脱走を阻止しようと動き出したが、妖精達の勢いはとまらなかった。




